昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~地獄変~ (二十)陵辱

2024-07-10 08:00:14 | 物語り

その翌日、もちろん娘をまともに見られるわけがありません。
その翌日も、そしてまたその次の日も……、わたくしは娘を避けました。
しかし、そんなわたくしの気持ちも知らず、娘はなにくれと世話をやいてくれます。
そしてそうこうしている内に、結納もすみ、式のひどりも一ヶ月後と近づきました。
娘としては、嫁ぐまえのさいごの親孝行のつもりの、世話やきなのでございましょう。
私の布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。
妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。
なにも知らぬ妻も、哀れではあります。

しかしわたくしにとっては、感謝のこころどころか苦痛なのでございます。
耐えられない事でございました。
いちじは、本気になって自殺も考えました。
が、娘の
「お父さん、長生きしてね!」のことばに、鈍ってしまうのでございます。
本当でございますよ、ほんとうでございますとも。
娘にお聞きください、妻におききください。
じっさいに包丁を手首にあてたのでございますから。
台所でございます。
流しに手をいれて、必死のおもいで包丁を当てたのでございます。

なにゆえと言われますか?
ふき出す血を流すのに、一番の場所ではありませんか。
お風呂場?
ああ、お風呂場でございますか。
なる程、それは思いつきませんでした。
そうですな、お風呂場が良かったかもしれません。
さすればふたりに気づかれずに、成就したかもしれません。
お恥ずかしいことに、使いなれない包丁でございます。
背の方を手首にあてがっておりました。
ですので、切れないのでございます。
まったくお恥ずかしいことです。
そうこうしている内に、わたしめのうなり声を耳にしたふたりが……。



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