昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

ボク、みつけたよ! (三十四)

2022-01-23 08:00:34 | 物語り

 そんなある日のことです。降りる段になって、定期券を忘れてきたことに気が付きました。
もう、ドキドキですよ。
「ていきけん、わすれました。ごめんなさい」。ひと言そう言えば、大目に見てくれると思います。
でも、言えないんですね。そのまま顔パスしちゃったんです。
ひょっとしたら、顔を真っ赤にしていたかもしれません。案外、車掌さんはお見通しだったかも? です。
ところで不思議なのが、バスの顔パスは覚えているのですが、汽車はどうしたのか……。
当然のことに、汽車も定期券です。どうやって降りたのでしょうか? 誰か、教えて下さいな。

 問題は、帰りです。もう顔パスは通用しません。
学校から駅まで、どのくらいの距離だったか。歩いて駅まで行ったと思います。
駅まで行かなければ、家まで帰るルートが分からないのです。
現代のようなスマホによる地図検索なんてできません。
道を尋ねるにしても、住所なんか知りませんし。
ともかくも駅まで行き、線路伝いに帰るしかないんです。

線路は道路沿いばかりではありません。
鉄橋を渡ることもあったろうと思いますし、田んぼやら畑の真ん中を横切ったりもしたでしょう。
鉄橋? どうやってわたったのでしょうか。記憶が……。
ちょっと待ってくださいね。いまむりやりに記憶の引き出しをこじあけていますから。
そう、そうでした。すこし離れたところに、ひとだけが通れるほどのちいっちゃな橋がありました。
「つごうよく記憶がよみがえったもんだね」。そんなこと、おっしゃらないでくださいな。

堤防というりっぱなものではなく、土手ですわ。土を盛りあげてつくった、つつみとも呼ばれるものですよ。
道路ではなく、ひとだけが歩ける道みたいなところを歩いたはずです。いえ、歩きました。
それで橋をわたって、また線路に戻って、ということて゜す。
芥川龍之介作の「トロッコ」という作品、覚えてらっしゃいますか?
あの作品の地を行きました。レールの上を一人でトボトボと歩いたのです。
棒かなにかをを振り回しながら、大声で歌ったりしたと思います。

「シュッシュッポッポッ、シュッシュッポッポッ」。「なんださかこんなさか、なんださかこんなさか」とばかりに、後ろから汽車が走ってきます。
黒煙を吐いて「ボーッ、ボーッ」と汽笛を鳴らしながら、時折白い水蒸気をあげながら走ってきます。
そして無情にも、わたしを追い抜いていきます。
毎日毎日ランドセルを背負って通っているというのに、わたしに対して知らん顔をして過ぎ去ります。
そしてそして、ボロボロと大粒の涙を流して、誰も助けてくれないという現実と戦ったのです。
助けを求めない――求められない自分を呪いながらも、そんな自分を愛おしく思いながら、ひとりトボトボと歩いたのです。

 でもでも、こんな素敵なことがありました。
普段は何気なく見ていた田園風景を、この日ばかりはゆっくりと眺めることができました。
いえ、いやでも目に入ってきます。
一面が田んぼで、レンゲ草が一面に咲き誇っていました。
ピンク色の華が競い合うように美しく咲き誇っています。
そしてそのレンゲ畑に、蝶々がたくさんひらひらと飛んでいました。
たくさんのモンシロチョウの中にアゲハチョウも飛び交っています。
まるでダンスをしているかのごとくに、軽やかに舞っています。
思わず線路から駆け下りて、その蝶々たちの中に飛び込みました。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿