昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百三十四)

2024-07-30 08:00:31 | 物語り

 翌朝、けたたましく電話が鳴った。
その音に武士が敏感に反応して、大泣きしはじめた。
小夜子の与えるおっぱいを、イヤイヤと拒否をする。
おかしい、こんなことはいままでに一度もない。
ひょっとして、武士には電話がどこからなのか、そしてなにを伝えようとしているのかわかるのか、千勢が出ようとする電話をひったくるようにして、武士を抱えたまま出た。

 病院からだった。容態の急変が告げられ、すぐに来るように告げられた。
タクシーを飛ばして病室に入ると、五平が小夜子に深々と頭を下げた。
「どうしてあなたが先にいるの!」
 妻である小夜子より先に連絡を入れるとはどういう病院かと、その場にいた婦長に怒鳴った。
「いや、小夜子奥さま。そうじゃないんです、ちがうんです」
 あわてて五平が、いきり立つ小夜子を抑えるべく説明をはじめた。
五平によると、武蔵から「出社前に来てくれ」と、伝言があったという。

「で今朝の七時に病院に着きまして、」と言ったところで、小夜子の怒りは頂点に立った。
「それでどうして武蔵の容態が悪化するの!」
 あまりの剣幕に、これ以上武蔵の病状を隠せないと、医師があとを継いだ。
「奥さん。御手洗さんの指示で、病状についてお話しておりませんでした。
回復したかに見られる御手洗さんでしたが、実のところは」
「わかってます、わかってました。きのう、武蔵が……お別れをしてくれたのよ」 
 医師の説明を聞き終わるまえに、叫ぶように金切り声をあげた。
「武蔵のことは、わたしがいちばんよ。
あたしが武蔵にとって一番なように、武蔵もわたしにとっていちばんなの!」

 立ちすくむ医師を押しのけるようにして、
「どうなの? 意識はあるの? あたしの声は聞こえてるの」と、武蔵の枕元に寄った。
「ほら、ほら。武蔵のいちばんの、ひまわりのワンピースよ。
いつも言ってたじゃない。太陽を追いかけるひまわりが好きだって。
『小夜子はひまわり娘だ。太陽みたいに輝く娘だ』
ねえねえ、目を開けて。狸寝入りはいやよ。
約束したじゃない、アメリカにつれてってくれるって。
アーシアのお墓参りをして、そしてそして、ビッグバンドのコンサートに行くって。
武蔵。約束はキチンと守ってくれたじゃない。
どんなに時間がかかっても」
 
 突然にことばを切って、立ち上がった。そしていきなり、ワンピースを脱いだ。
「ほらっほらっ。武蔵の好きな、おっぱいよ。
小っちゃいけどおわん型が好きだって言ってくれたじゃない。
まいばんまいばん、吸ってくれたじゃない。
ほらっ、吸って、すってよ。痛いの、いたいのよ、いま。
武士のかわりにすってよ」
 母乳があふれ出している乳首を武蔵の口にあてがった、押しつけた。
武蔵の口から母乳があふれだし、顔と言わず首といわず、寝間着までもびしょびしょになってもやめなかった。
「もうしばらく、このままで」と、五平が止めようとする看護婦を押しとどめた。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿