(一)
「すごい人だかりでして、茂作さんに声を掛けるのも一苦労しました。」
助役の前で、守と呼ばれた男が、身振り手振りで報告する、
「それにしても、茂作さん、けんもほろろでして。
話を聞けませんでした。
顔色が悪かったところを見ると、どうも借金取りではないかと…」
「馬鹿を言っちゃいかん。
借金取りが、何で寄付を申し出るのかね。
茂作と竹田本家の名前で、こんな大金をだ。
縁戚かなにかなら分かるけれども…
うん? 待った……。
ひょっとして、娘の小夜子の?
そうか、そうか、そういうことか。」
一人、合点する助役。
すぐさま村長の部屋に駆け込んだ。
「だめです、村長。
事情を聞けなかったようですわ。
夜にでも、私が行ってきます。」
「そうか…話を聞くことはできなんだか。
これだけの大金だ、どうしたものか。」
思案顔を見せる村長に、勝ち誇ったように告げる助役。
「問題ありませんわ、村長。
小夜子ですよ、小夜子。」
「小夜子? 小夜子がどうした。
あの娘は東京へ出て行って……、
あゝ、そうか! そういうことか。」
(二)
「村長も聞き及びでしょう。
茂作が、佐伯のご本家に対して大した口を利いたという話。
決まっておったんでしょう、もう。
だから佐伯のご本家にあのような大口を。」
「うんうん、正三坊ちゃんが入れ揚げとった小夜子じや。
どこかのお大尽を捕まえたということか。」
二人して頷きあう。
そして部屋から高笑いが響いてきた。
ほんの数時間前、テーブルに置かれた金員を睨みつけていた二人。
「大金じゃ、これは。
素性のはっきりするまでは、このままにしておかなきゃの。
まさかの時にはこのまま返すでの。」
「村長さんにお会いしたい、取り次いで頂きたい。」
山高帽に蝶ネクタイの男が、役場の受付で申し出た。
胸を反らせるその男、慇懃無礼な態度をあからさまにとる。
「あのぉ、どちらさまで?」
恐る恐る尋ねる受付嬢に、
「加藤と申す者ですが。」
と、答える。
“さっさと取り次げはいいんだ!”
とばかりに、身を乗り出して睨みつける。
「お、お待ちください。」
その気迫に気圧されて、慌てて席を立ち奥に駈けて行った。
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