昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百二十五)

2022-04-27 08:00:17 | 物語り

 杉田の先導で、きらびやかなネオンサインの下を歩いた。
キョロキョロと辺りを見回す正三に、
「坊ちゃん、まるでお上りさんですよ。恥ずかしいからやめてくださいよ」と、上本が正三の袖を引っ張った。
「だって、初めていや二度目なんだぜ。ここが夜の銀座という所かい? 
いゃあ、凄いねえ。まったく別天地だ。日本復興のすさまじさを、確かに感じるね」
上本の言などまるで意に介せずに、立ち止まってぐるりと見渡したりしている。

「坊ちゃん、坊ちゃん。ほら、あそこで婦女子が笑っていますよ。
あれれ、手なんか振り出した。ひょっとして知り合いですか?」
 小山の指差す先を見ると、正三たちに確かに手をふる女性がいる。
「あれえ? 誰だあ、彼女は。手招きしてるじゃないか、行かなくちゃならんのかな」と、車の行き交う中に飛び出さんばかりに正三が動いた。

「おいおい、佐伯君。いかんよ、そいつは。今夜はぼくの店に行くんだろうに。
もっとも、支払いは佐伯君に任せるんだから、強くは言わないけれども」と、杉田がこぼす。
「いや、課長。そうじゃなくて、あそこの女性が手招きしてますので、行かなくちゃならんのかなと」
 真顔で言う正三に呆れかえる杉田だったが、いまだに純朴さを少し残す正三がまぶしくも見える。
「坊ちゃん。あれはですね、自分の店に呼び込もうとしているんです。
指名客のいない女給が、カモを釣ろうとしているんです。
小山、からかうのもいい加減にしろ。本気にしちゃってるぜ」

「仕事にゃ強い坊ちゃんも、女にはからきしか? 
そりゃそうと、あの女性とはどうなったんです? ほら、初恋の」
 津田の話に、慌てて山田と坂井の二人が止めた。
「その話はやめろ! 機嫌が悪くなっちまう」
「終わったんだ、その女性とは。お前、聞いてないのか!」
「性悪女だったんだよ、二股なんかかけたりする」

「小夜子さんのことか? あの人は、もう小夜子さんじゃない。
ぼくの知る小夜子さんは、新しい女性だった。
けれど今の小夜子さんは、まるで俗物だ。物欲に憑かれた、哀れな女性さ」

「なんだ、佐伯君。失恋をしたのかね? よし、あたしに任せなさい。
伴侶は局長が見つけてくださるだろうから、都合の良い女を見つけてあげよう。
キャバレーの女も、良いものだよ」
「そりゃいい。課長、good ideaですよ」と、上本が得意の英語を披露した。
とすかさず小山がからむ。
「上よ! アイディイアと、イントネーションを強くしろよ。それにグッドはないぞ、ドは」



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