昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

青春群像 ご め ん ね…… えそらごと(二十八)

2024-06-30 08:00:35 | 物語り

 やがて照明が落ちて暗くなり映像が天井に映り始めた。
まず北極星の位置説明から始まった。
「北東に高く見える北斗七星の杖のカーブをそのままのばすと、東の空にオレンジ色の星が見つかります。
これが、アークトゥルスで、うしかい座の星です。
そのカーブをさらにのばしていくと、おとめ座の白い星のスピカまでたどれます。
この曲線を「春の大曲線」といいます。
うしかい座のアークトゥルスと、しし座のデネボラ、おとめ座のスピカを結んでできる大きな三角が「春の大三角」です」 春の星座のナレーションが流れた。

しかし真理子の横顔を盗み見する彼の耳には、殆ど入っていない。
(ひょっとしてこちらを見てくれるかも)という期待を持つが、いつしかため息だけが漏れた。

 天体ショーが終わり、二人はすぐに立ち上がったが、彼は立てなかった。
眩しさに目がまだ慣れない。
星の瞬きではなく真理子の横顔に目が行っていたために、目を開けられないのだ。
「立たせてて上げて」という貴子の声に促されるように、真理子の手が彼の肩に触れた。
一瞬、電気が走った。
鼓動が高鳴り、耳に強烈な圧迫が加わった。
「だいじょうぶですか」という声さえ、彼の耳には鋭い槍先で突かれたように感じる。
大丈夫という声の代わりに手をふって見せて、背もたれをしっかりとつかみながら立ち上がった。

 貴子は彼に頻繁に声をかけてくれるが、真理子は貴子だけに話しかけている。
外国人に取り囲まれてしまった彼、群衆の中でひとり毛色の違う彼、飛び交う言葉がまるで理解できない彼。
そんな心持ちだった。
しかし不快さはなかった。
ころころと転がるような二人の声が、彼の耳に心地よさを与えていた。

 



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