部屋の照明は落としたまま、ベッドぎわの灯りだけを点けた。
上向きの灯りは、うす暗くはあったが落ち着いた雰囲気で、気持ちも和やかになってくる。
ふとんの中に入れと、小夜子を迎え入れた。
しわになりにくい素地の服だということで、小夜子も久しぶりに武蔵に触れられるとウキウキしてくる。
しかし武蔵の体を感じたとたん、あまりの痩身ぶりに驚かされた。
たしかに腕にしろ足にしろ、細くなっていることは見ていた。
が、直接に小夜子の体全体で感じる物とは異質のものだった。
“こんなに痩せ細ってるの? ううん、だいじょうぶ。退院したらしっかりと栄養を摂らせるから”
小夜子のそんな思いを推し量ってか、
「小夜子。病院食ってのは、精進料理そのものだな。
まるで脂っ気がないぞ。ああ、中華そば食いたい、ステーキもがっつりといきたいぞ」
と、両手を合わせてお願いポーズを見せた。
「分かったわよ、わかった」と、武蔵の手をふとんの中に収めたとたんに、
“やっぱりだわ、熱がある。勝子さんと同じだわ。
良くなったと思ってたのに、あのあと……”
「あなた! しっかりと治療を受けてよ。武士が一人前になるまで、しっかりと」
母親が子どもを叱るように、ひと言ひと言に力をこめた。
武蔵はそんな小夜子のことばには答えずに、淡いベージュ色の天井を見つめたまま
「おまえ、ピグバンドが好きだったな。そのなかで、どの楽器が好きだ?」と、唐突な問いかけをした。
「トランペット!」
間髪を入れずに答えた。なにか重大な意味がありそうにも思えるし、
“ひょっとして、性格占いのような本でも読んだ? それとも、自己啓発本のようなこと?”
と、疑問が湧いてくるけれども、ただ単に話のとっかかりなのかとも思える。
「そうか、思ったとおりだ。だから俺に惚れたんだな。
俺も名、トランペットだ。というよりも、俺自身がトランペットなんだよ。
トランペットを目指したんだ。意味不明か?
突撃隊長だ、猪突猛進だ。なにがなんでも、前に行く。
未来を明るく照らして、他の楽器を引っぱるんだ」
手を宙に舞わせながら、ことばが止まらない。人差し指を唇にあて、他の指を両手の指を上下させながら、「ぷっぷっぷっ、パッパッパラパ」と声を出す。
「前に、まえに、だ。大きな音をひびかせて、静寂なんてしったことじゃない。
とにかくやかましい。やかましいけれども、気分が盛り上がるんだ。行け、いけ、いけえ! だ。
俺はそうやって生きてきた。
小夜子。お前には寂しい思いもさせたな。人混みがだめな俺は、いつもお前を放り出してしまった。
小っちゃい頃にな、押しくらまんじゅうをした。そのときに、体が小っちゃかった俺は、いつも悪ガキどもにいじめられた。
軍隊では、二枚目の俺をにやけた奴だと、またやられた。
役者連中といっしょに、厠に閉じ込められたこともあった。
それらが思いだされるんだよ、人混みに入っちまうと」
これまでの武蔵の人生を振り返るがごとに話す。
俺を覚えておいてくれ、俺という人間を知っていてくれ、そう言わんばかりのことばの羅列が、小夜子の胸をえぐる。
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