昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

恨みます (一)

2022-04-23 08:00:18 | 物語り

 朝。

「なんだよ、おい。話がちがうじゃないか!」
 曇り空を、恨めしそうに一樹が見上げている。
「おれは、くもり空がいっちばんきらいなんだよ。
晴れなら晴れ、雨なら雨って、はっきりしろよ。
中途半端はよお、俺だけで十分なんだよ、まったく」
 洗面台に顔をつっこみながら、口いっぱいに泡だった歯磨き粉をはきだした。
ガラガラとうがいをして、昨日にホワイトニングを施した白い歯を鏡のなかに映しだした。
正面から見る、右横に顔をうごかして、左にまたうごかして見る。
どの方向から見ても真っ白だ。
大きく口をあけて下歯の裏がわをのぞいてみる。
つづいて上歯の裏がわも。こちらも真っ白だ。
「プロはちがうな」。高額な金額だったことにも納得ができた。
 
「歯が汚いとお客がにげるぞ」との、先輩社員からのお小言にあわてて歯医者に飛び込んだ。
「セルフの方が断然安いよ」と忠告する者もいたが、金額の多寡じゃないと予約なしの審美歯科に飛び込んだ。
セルフだとは今風の言い方たげれども、とどのつまりは自己流ということだ。
専用の歯磨き粉、消しゴムなるもの、重曹、そして歯のマニキュアがあるよと、嬉々として教えてくれるのだが、どれもすべてが「やり過ぎには注意がいるから」と、これまた昨今流行の「自己責任だかんね」と、のたまってくれる。
「『なんだそれ? むずかしい、面倒だ』ってこと? 俺に言ってる?」と、同年代の若杉に口をとがらせた。
「まあね。無理だろうけどさ、かずくんには」。ヘラヘラと笑いながら答えた。
「わかってんなら言うなよな。期待しちまうだろうが」
 
「一樹! そこまでだ。若杉の好意は、好意として受け取っておけ。文句言う筋合いじゃないぞ」
 爽やかな笑顔を見せながら健二が入ってきた。
専務という肩書きをもらってはいるが、名刺に刷り込んでいるだけで、社員の誰にも――社長と社長夫人を除外してだけだが――使わせてはいない。
「お前らが引いちゃうだろうが」と説明しているが、健二の中では〝肩書きに世話になっちゃおしまいだ〟という気持ちがある。
あくまで、一樹たち一般社員の兄貴分でいいと思っている。
新人のがむしゃらさを忘れたくないという気持ちもある。
 


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