昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百四十九)

2023-05-10 08:00:22 | 物語り

 小夜子にとって久々のキャバレーは、懐かしいものだった。知己の女給たちもそのまま残っていた。
とくに梅子との再会が、小夜子にとってなによりだった。
「小夜子ちゃん、久しぶりね。何年になるかしら?」
「姉さんたち。そんなに経ってませんよ、まだ」
 かつては憎々しげに思っていた女給たちが、なつかしげに小夜子を取りかこんだ。
「どう、元気してる? というのは、ぐもんかしらね」
「ぐもんも、ぐもんよ。飛ぶ鳥を落とす勢いの富士商会の社長夫人なんだからさ」
「お陰さまで。姉さんたちこそ、お元気そうでなによりです」

「元気はいいんだけどさ、そろそろとうが立ってきたからね。
早いところ誰か見つけて、家庭に入らなくちゃね。あんたもよ、鼻で笑ってなんかいるけどさ」
「あらあら、おあいにくさま。あたしはね、そうね、一年のうちにはお店を持てそうなの」
「えっ! ちょっと、うそでしょ? 誰、だれ、パトロンは?」
「失礼ねえ。自前と、銀行からの借り入れよ」
「それこそ、嘘でしょ? 銀行があたしたちなんか、相手にしてくれるはずもないでしょ。ちょっと、待って。まさかあなた……」
「ふふ、そうよ。あの信用金庫の堅物さんよ。
でもね、体はゆるしてないわよ。貯金、貯金よ。一念発起で、貯めてるのよ。
でね、この調子で行けば、一年以内には目標額に達しそうなの」
「ふうぅぅ、やるわねえ。ねえ。あたしもさ、これから貯金するからさ、仲間に入れてよ。
あなたのお店で、使ってよ。ここもいつまでも居られるわけでもないしさ」

 女給たちの話に花が咲く。小夜子が相手では気を遣う必要がない。思いっきり内輪の話ができるのだ。
小夜子にしても気をはる必要がない。ここが始まりであり、ここで終わりを迎えたのだ。
はっきりとした目標があったわけではない。田舎でくすぶることに反発心があってのことだった。
官僚になるべくこの地に出向く正平という男を知り、ほのかな恋ごころが芽生えた。
「あなたを妻にむかえたい」。それが真剣な思いであることは、すぐに小夜子にも分かった。
両親の反対を押し切ってでも「あなたを妻にむかえたい」と、何度もなんども口にした。
信じたわけではない。“父親の意向にさからってまで?”そんな思いが消えることはなかった。
しかし、「家を捨てでも」と口にした。そのことばにうそは感じられなかった。
信じてみよう、そんな思いが生まれはじめたとき、アナスターシアというモデルが現れた。
小夜子の人生を変えてくれる、みじめだった過去を消し去り、華やかな未来を与えてくれる、アナスターシアというモデルと出会った。
そして突然の死をむかえ、絶望のふちにいた小夜子に、武蔵という男が現れた。
その始まりがこのキャバレーであり、少女としての小夜子の終わりもまたこのキャバレーだったのだ。

「こらこら。お客さんを放っぽらかして、なんだい! 同窓会じゃないんだよ、この場は。
いくさ場なんだよ、この席は。ほら、あんたたちはこの席じゃないだろうに。
ほら、ひばり、富士子。あんたらも、課長さんのお相手をして。
さとみひとりに任せて、なんだい!」
 テキパキと女給たちを差配する梅子。久しぶりに見る小夜子には、キラキラと輝いて見えた。
“梅子姉さんは、名指揮者ね。大勢の女給さんたちを、いちどきに差配しているのよね”
 梅子の一挙手一投足を、じっと見つめる小夜子。
せわしなく体を動かして、店全体に目を光らせる梅子。
そしてそのくせ、いまいる席での会話もキチンと受け答えをしている。
“そうよ、そうよ、きっとよ! 梅子さんが、きっと新しい女なのよ。
男に頼ることなく、男に媚びることなく、しっかりとやるべきことをやってらっしゃるもの。
あたしみたいな、ポッと田舎から出てきた小娘にも、キチンと気遣いしていただけたし。
見習わなくちゃ、あたしも。お姫さまなんてたてまつられて、好い気になってる場合じゃないわよ”



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