昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~地獄変~ (十四)合宿

2024-05-29 08:00:24 | 物語り

 娘の居ない日々は、やはり地獄でした。
針のむしろとでも言うべき日々でごさいました。
毎夜、妻に嫌みを言われ続けたのでございます。
「娘に甘すぎる!」
「娘が居ないと、途端に帰りが遅い!」などと。

 わたしときましたら、そんな妻の愚痴に対して反論することもなく、
そそくさと自分の部屋に閉じこもりました。
そして娘のことばかりを考える始末でした。
子供のようですが、帰る日を指折り数えていたのでございます。
それが、それが。

 娘からは、合宿の初日から電話が入りましてございます。
「着いたよー!感激ー、よ。お父さん、ありがとうね」
ハハハ、ハハハ、ハハハ、でございます。
先日の娘の喜びようが、わたくしの五感に蘇ります。

娘に抱きつかれてもんどり打って倒れた折の、あの感触が五感すべてに蘇ります。
そのままごろごろと畳の上を、娘と。
あ、お忘れください、お忘れください、どうぞお忘れを。

わたしの傍らでせっつきますので、妻と代わりましてございます。
夜叉のごとき顔が一変いたします。
菩薩さまのようにたっぷりの笑みを湛えて、娘と話しております。

空気が澄んだ所で、満天に星が輝いていたと申しておりますようで。
娘がわたくしにも聞こえるようにと、ひと際大きな声で話してくれております。
しかしあまりに喜びに満ち溢れた声に、次第しだいに腹が立ってきました。

妻との会話が長いせいではございません。
わたしには言ってくれた『ありがとう』の五文字を、妻には言いませんのですから。
腹立ちの訳は、別のことでございます。
わたくしの元よりも良い所があるなど、到底考えられません。
有ってはならぬことなのでございますよ。

 二日目、三日目と電話がかかります。
夜の七時でございます、お客さまからの電話であろう筈がございません。
すぐさまわたくしが受話器を取ります。
妻の膨れた顔など、知ったことか! でございますよ。

「お父さん? 元気してる? お母さんは? 代わって」と、もう矢継ぎ早でございます。
わたしと話せることがよ程に嬉しいのか、息せき切って言いますです。
そんなわたしの傍らには妻が来ております。
腹立たしいことには、受話器を引っ手繰るのでございます。
それにしても、どうして女どもは長話が好きなのでございますかな。
何をそんなに話すことがあるのでございましょうか、まったく。



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