まだまだ粗悪品が混じりこんでしまうことがあるいま、メーカー側の恣意的な混入を嫌う武蔵だ。
なんとしても、それは阻止しなくてはならぬ。
価格決定権を死守したいメーカーサイドにとって、富士商会のように力のついてきた卸問屋は、ある意味脅威になっいくる。
小売側とのあつれきにおいて富士商会に味方したメーカーではあったが、これ以上の富士商会の勢力増大はのぞまない。
そんな中で、担当者やその上司との個人的な友好関係をたもとうとするのが、武蔵の戦略だった。
そしてその中で、重要な役割を果たすのが小夜子だった。
七人の女侍たちの女主人として世間の認知を得たいま、その小夜子に会いたいという思いは男たちの共通のものだった。
そこで、小夜子同伴のあいさつ回りをする。しかも夜の接待ともなると、小躍りの男たちばかりだ。
「社長。お酌なんぞ、してもらえますか? 社内で、総スカンを喰らうかもしれませんがな」と、上機嫌だ。
接待嫌いという噂の課長だったが、当初はしぶっていたものの小夜子同伴と告げたとたんのことばだった。
「課長。あんまり期待せんでくださいよ。とに角、あの鼻っ柱の強さですから。
自分は『新しい女だ』と吹聴してまわる女ですから、なかなかに御しがたいですわ。
その代わりと言ってはなんですが、お気に入りの女がいましたら、教えてください」
「えっ? そんな、わたしは、愛妻家で通っておりますから。
大体が、夜の接待なんぞ断る性質でして。明日はたまたま、家内が里帰りするんですが。
いや、べつに変な意味で言ったのではなくてですな。酔って帰っても、心配する者がいないということで……」
愛妻家、いや恐妻家として評判の男だ。武蔵にとっては格好の相手だ。
ただ、接待から逃げまわられては手の打ちようがない。
武蔵の池に入らせなくては、いかに釣り上手の武蔵であってもいかんともしがたい。
「まあまあ、良いじゃないですか。単なる息抜きですから。
課長も、色々とご苦労が多いことでしょう? 部長あたりに、言われてるんじゃないですか?
『富士商会を、調子付かせるな』なんて。分かってますって、分かってます。
課長がね、いろいろと骨を折ってくださっていることは。だから、感謝の気持ちです。
ね、あたしなんか、大きい声じゃ言えませんが」
しどろもどろになっている課長の肩を抱いて、小声で話す。
「接待なんて気はないんですよ、正直のところは。
戦友といち夜を共にしたいんですわ。いやいや、その気はありませんよ。
あたしだって女ひとすじですよ、あたしだってね。途中で女としけこみましょうや。
どこかの旅館でですな、課長の人生観をお聞きしたいのですよ。
そしてね、その後で、ちょっと自分に対するご褒美を、ね」
「はあはあ、自分に対する褒美ですか? なるほど、なるほど」
「というところで、課長。明日の夜あたり、如何です? なにか、予定でもありますか?」
「明日、ですか? うん、大丈夫です」
手帳をパラパラとめくりながら、頷いた。
“あんたの方からサインが出たんだぜ。奥さん、里帰りするんだろうが。まったく手間暇かけさせる男だ”
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