昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十二) 牧子が、現れた。

2015-05-11 09:01:29 | 小説
彼がラーメン屋を出ると、やっと陽も落ちていた。
微風ながらも風が吹き、暑さも少し和らいでいた。
満腹感を覚える彼は、頭痛も随分と和らいでいた。
このままアパートに立ち戻る気になれない彼は、散歩がてらに食料の買い出しをすることにした。
外食ばかりでは栄養の偏りも気になるし、何より出費が大きすぎる。

「やっぱり、もう一人家庭教師を引き受けるべきだったかなあ」
塾の経営者に持ちかけられた話を断ったことに、少し後悔の念にかられた。
彼としては少し本腰を入れて、源氏物語を読破してみたかったのだ。
大学の図書館から、取りあえず「桐壺・帚木・空蝉・夕顔・若紫」を借り出してみた。
しかし、すぐに後悔した彼だった。
というのも、原文での書籍を借りたが為に、なかなかの事に進まなかった。
翻訳物と借り換えをするつもりでいながら、そのままになっていた。

スーパーでの買い出しの帰りに、少し遠回りにはなるのだが牧子のアパートの前を通る気になった。
帰っている筈はないのだが、アパートを見たくなったのだ。
牧子から、合い鍵は貰っている。
牧子からも、冗談交じりとはいえ
「たまには、掃除をしてね」と、言われもした。
「そうだよ。掃除をする見返りに、風呂を借りようか」
そんな思いに駆られた彼は、浮き浮きとした気分で、牧子のアパートに向かった。
道々、牧子を思い浮かべながら歩く彼だった。
時折思い出し笑いをする彼に、行き交う人が怪訝そうな表情を見せた。

牧子のアパートが近づくにつれ、彼の心臓が早鐘のように波打ち始めた。
掃除をしている自分を想像するだけで、体がカッと熱くなってきた。
「汗が出るんだ。風呂を使うのは、当たり前じゃないか。
疲れるぞ、きっと。歩くのも、嫌になる位にだ。
泊まったとしても、おかしくないじゃないか」

牧子の部屋を見上げると、驚いたことに灯りが点いていた。
まさか! と思いつつ、階段を駆け上った。
ドアを軽くノックすると
「はーい、どなたあ?」
と、牧子の声が返ってきた。
「ボク、です。タケ、、、」
言い終わらぬ内に、勢いよくドアが開いた。
牧子が、現れた。


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