昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(二百九十一)

2022-11-30 08:00:19 | 物語り

 前夜まで降り続いていた雨も上がり、ぬかるんでいた道もほぼ乾いた。
そこかしこにある小さな水たまりに車輪が入ると、水しぶきが上がる。
突き抜けるような青空が、一気にゆがんでしまった。
「キャッ!」。「うわっ!」。そんな奇声が上がるたびに、「すみません」と小声で呟き、頭を下げる竹田だ。
が、当の相手には聞こえるはずも、竹田が頭を軽く下げる様も見えるはずもない。
「仕方ないじゃない、道が悪いんだから。そんなことで一々頭を下げることなんか、ないでしょ!」
“心根の優しい竹田らしいわね”と心内では思いつつも、口から出る言葉は辛辣だった。

「はい、申し訳ありません」と、小夜子にも頭を下げる竹田だ。
「米つきバッタじゃあるまいし、男がそんなに頭を下げないで! もっと毅然としなさい!」と、またなじる小夜子だ。
「申し訳ありません、性分なものですから」
「竹田、あなたね……、いいわ、もう。あたしが何か言うと、決まって『申し訳ありません』だものね。
でも、やめて。あたしが、いつも怒っているみたいで、不愉快になるのよ。
きょうはお姉さんにお会いできる嬉しい日なんだから。いいわね」
「申し訳、、、いえ、はい、分かりました。
とに角姉も大喜びでして、雨が降っているのに傘もささずに飛びだしてしまう始末で。
母もまた、前々日から料理の下ごしらえに念が入りまして。
手間ヒマをかけるほどに料理は美味しくなるから、なんて言いまして、はい」

「とにかくね、お母さんやお姉さんの前では、決してあやまらないでちょうだい。
もっともおふたの前では、竹田と口を聞くこともないでしょうけどね。
竹田、あなたに言いたいことがあるの。
あなたの話って、何ていうか、キリというものがないの。
何々して、何々してってね、文が終わらないのよ。
だからね、聞いている方は気が休まらないの。
分かる? まだ何か大事な言葉がでてくるのか? って、身構えながら聞いてなくちゃいけないから」
「申し訳、、、あ、いえ、その……。
小夜子奥さまの前だと、どうにも、その、うまくお話ができないというか、その……」
 しどろもどろになってしまう竹田だが、武蔵の伴侶というだけでは片付けられない感情を抱いてることに、本人自身が気付いていなかった。

「ああ、でも楽しみだわ。お母さんのお料理も食べてみたいけれど、何といってもお元気になられたお姉さんよ。
早くお会いしたいわ。正直、あのまま逝かれてしまうのかって心配だったけれど、持ち直されたのねえ。
ほんとに良かったわ」
「はい、小夜子奥さまのおかげでして。
もう言葉もありませんが、家中みな、ほんとに感謝の言葉をならべておりまして。
でも小夜子奥さま、お疲れじゃありませんか? 
お帰りになられたその日に、あんなどんちゃん騒ぎになってしまいまして。
その翌日にまた、こうしてお越しいただこうとしまして。
ほんとに、申し……あ、言いません。もう言いません。もう、口を開きません」
 キッと睨み付ける小夜子をバックミラーに見た竹田。慌てて口を閉じた。



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