萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.28-another,side story「陽はまた昇る」

2015-11-11 22:40:30 | 陽はまた昇るanother,side story
夢と温度
周太24歳3月



第83話 辞世 act.28-another,side story「陽はまた昇る」

雪がふる、それからあなたの声。

『周太…北岳草を見に行くんだろ?』

憶えてくれていたんだ、その約束。
ただ嬉しくて声に探して、でも見えないまま低い声が深い。

『…周太、もう終らせよう?』

何を終わらせるの?

『ごめんな…でも後悔できないんだ、』

後悔、って何のことを?

何を終わらせるの、何を後悔できないの?
訊きたいのに声がでない、なにも見えない、あなたはどこ?

―まって英二、いかないで、

呼びかけて唇かすかに動く。
喉すこし震えて瞼ゆっくり動きだす、呼吸ひとつ声がでた。

「…えいじ、」

やっと呼べた、あなたのこと。

「周太?」

ほら応えてくれる、あなたの声だ。
間違えるわけもない、ただ懐かしい声また呼んでくれた。

「周太、俺ここにいるよ、」

いますこし笑っている、そんな声に瞳がひらく。
うす暗い天井、白い布団、かすかな薬品の匂い、そして白皙あざやかな貌に微笑んだ。

「えいじ…、」

呼びかけて切長い瞳やわらかに細くなる。
濃やかな睫の陰翳あざやかに綺麗で、その左額の包帯に記憶せりあげた。

―ここって病院だったね、お母さんと伊達さんがいて…だったらどうして?

どうして今この人しかいないのだろう?
眠りから意識もどるまま不思議で、声そっと訊いてみた。

「…どうやってここに来たの、えいじ?」
「歩いて来たよ、おはよう周太?」

きれいな低い声が笑って切長い瞳すっと近づく、こんな態度この貌たしかに英二だ?

―歩いて来たって、でも伊達さんが廊下にはいるよね?お母さんもどこに、

あの優秀な警察官が廊下にいる、なのに「歩いて」このベッドまで来られるだろうか?
きっと普通には来られないはず、そんなベッドサイドの端正な笑顔に尋ねた。

「おはようえいじ…でも暗いみたい、夜なの?」
「夜だよ、17時半になる、」

応えながら布団かけ直してくれる。
その手は包帯に白い、もう解かるから掌そっと重ねた。

「えいじ…包帯してる、右手…左も?」

重ねた包帯の手はすこし熱い。
もう一方の手も白く巻かれている、それでも切長い瞳は笑ってくれた。

「怪我だらけってカッコ悪いな?ごめんな周太、」

恥ずかしいな?

そんな視線が笑ってくれるから尚更に泣きたくなる。
だって自分の所為だ、想い瞳ふかく揺らされて声こぼれた。

「ううん…僕こそごめんなさい、こんな、」

謝って、でも謝りきれない。
こんなこと自分で赦せない、鼓動ごと絞められ想いあふれた。

「ごめんなさい英二、僕のために怪我させて…あんな場所までいっしょにごめんね…ごめんなさい、」

あんな場所へ、死の場所へあなたを来させてしまった。
こんな自分はもう資格なんてない、ただ謝るしかない無力が悔しい。

―こんなに傷だらけになって…まもりたかったのに、

ベッドランプに照らされる広い肩、そのTシャツを包帯のラインが透かす。
のびやかな腕も白く巻かれる、額もガーゼ当てられて、けれど白皙の笑顔ほころんだ。

「周太が謝ることないよ、俺が行きたくて一緒に行ったんだ、俺こそごめんな?」

どうしてそんなこと言うの、謝るの?

「ほんとにごめんな、周太?」

もう謝らないで、悪いのは自分だ。

「なんで英二が謝るの…ぼくがわるいのに、ごめんなさい…」

あなたが謝る必要なんてない。
想い見つめる真中、切長い瞳が笑ってくれた。

「あやまるのは俺だよ周太?今だって勝手にキスしちゃおうって思ってたしさ、ごめんな?」

なんてこと言うんだこんな時こんな場所で?

「ばかっえいじ、」

驚いて声がでる、だって今ここは病室なのに?
つい大きくなる声に呼吸ひとつ呑んで、低めて続けた。

「…そんなこというと熱よけいにでちゃうでしょ、ほんともう…ばかすけべえいじ」

もう首すじ熱い、頬も熱くなってくる。
きっと今もう真赤だ、そんな感覚また恥ずかしいまま綺麗な笑顔が言った。

「うん、俺はバカですけべだよ?だから今すぐ周太にいろいろしたくって仕方ないんだ、ずっと我慢してたんだからさ?」

ちょっと待って「がまん」ってなにを?

「ばかっ…ここ病院でしょ戸の前だって誰かいるんでしょ、なのに大きいこえでばかっ…恥ずかしいでしょばかっ」

こんなの本当に恥ずかしい、だって「誰か」いるに決まってるのに?

―どうしよう伊達さんにきかれちゃう、こんなの、こんなのほんとこまるのに、えいじのばかばかばかっ

あの先輩に聴かれたら何を言われるのだろう?
そんなの恥ずかしいどうしよう、それ以上に目の前の笑顔に心配になる。

―だって英二は警察ずっと続けるつもりなのに、こんな…こんな男同士なんて、噂でも困るのに、

こんな会話を聴かれて、それを噂にされたら立場きっと悪くなる。
そんなこと英二に解からないはずが無い、けれど幸せそうに笑ってくる。

「恥ずかしいとか俺それどころじゃないよ周太、この間なんかキスも出来なかったんだからさ?」

この間、って、あの夜あなたはキ、

「きっ…」

ほら唇が勝手に訊きたがる、それでも言葉むりやり飲みくだす。
こんなふうに今は聴きたい本音ひとつ訊けない。

“キスしたかったの?”

訊きたいのはそれだけ、その真実いますぐ知りたい。
だけど今ここで言わせることはリスク呼んでしまう、ため息ひとつ声低めた。

「…だからいま大きい声で言わないで聞かれちゃうでしょこまるでしょ?」

ほんとうに困るから止めて、あなたが傷ついてしまう。
心配に見つめながら頬が熱い、あわくなる視界に白皙まばゆい笑顔ほころんだ。

「聞かれたって俺はいいよ周太、幸せだって見せつけたいんだから、」

だからそういうこと言うのほんとやめないと?

―やめさせなくちゃ、声を聴かれるだけでも伊達さんは、

もし伊達が今こんなシーン気づいたら何を想うだろう?

『宮田にもらった時計なんだろ?クライマーウォッチだ、』

さっきも腕時計ひとつ気づかれてしまった。
もし会話まで聴かれたら逃げられない、それは英二のどんな瑕になる?
めぐりだす想定に怖くて、それなのに包帯だらけの笑顔はベッド圧し掛かった。

ぎしっ、

スプリング音に白皙まぶしい笑顔が近づく。
切長い瞳が自分を映す、その至近距離に声つっぱねた。

「っ…ぼくはよくない、だから静かにしてて、」
「静かにしてって周太、静かにするなら許してくれるんだ?いろいろ、」

きれいな低い声が笑って右手そっと包まれる。
包帯だらけの長い指からんで熱い、その温度に雪の記憶が心あふれた。

―つきはなせない、この手は、

だって温かい、今も。

この手に自分は幾度もう泣いたろう、でも何度も幸せだった。
この長い指に掌くるまれ手を繋いだ、あの幸せな冬が記憶ごと体温つたえて声こぼれた。

「だめ、ここは病院でしょ…」

微笑んで、ほら右手が長い指を握ってしまう。
やさしい温もり包帯を透かす、ただ温かくて枕から肩が離れた。

「えいじ、」

名前を呼んで見つめて、切長い瞳に自分が映る。
端正な笑顔そっと近づく、白皙の肌ランプ艶めく、この顔ずっと逢いたかった。

「…英二、」

名前を呼んで瞳を閉じて、ほろ苦い香かすめる。
あまくて苦い香は深く懐かしい、森と似ている吐息そっと唇ふれた。

夢じゃない、だって温かい。


(to be continued)

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