萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.6-another,side story「陽はまた昇る」

2015-04-23 23:55:04 | 陽はまた昇るanother,side story
涯の途次
周太24歳3月



第83話 辞世 act.6-another,side story「陽はまた昇る」

ばたん、

助手席の扉閉めてシートベルトする、もうこの席に慣れた。
これで何度目に座るだろう?記憶を数えながら運転席へ頭下げた。

「すみません伊達さん、お待たせしました、」
「湯原、あの子は誰だ?」

即座に訊かれて、エンジン音すぐ走りだす。
ハンドルさばく横顔つい見つめて周太は瞬いた。

「あの、見ていたんですか?」

いつから、どこから伊達は見ていたのだろう?
疑問と心配まぜ織られながら沈毅な声が言った。

「抱きあっていたな、恋人なら報告しないと違反だ、」

あ、そこからなんだ?

―これ誤解されてるよね、でも当然…かな?

こんなこと予想外の誤解、けれど当然なのだろう。
そして改めて気づかされた現実につい訊きかえした。

「あの…僕たち恋人どうしに見えましたか?」
「他にどう見える?」

即答されて気恥ずかしくなる。
こんな時こんな事態になるなんて?途惑いながら口開いた。

「こいびとじゃありません、友達なんです…すごく大事な友達です、たくさん約束するくらい大事です、」

すごく大事、そして約束たくさん紡ぎあう。
だから合格発表にも付き添っている、そんな今日に言われた。

「約束ある大事な異性の友達って、普通に考えたら彼女だろ?」

そんなことになっちゃうんだ?

「あの、でも美代さんは他に好きなひとがいます、僕じゃありません、」

事実を答えながら首すじ熱く逆上せだす。
マフラーに隠れて見えないだろう、それでも運転席の横顔は言った。

「真赤になってるぞ湯原、貌は正直だな?」

こんな言いまわしまるで尋問だ?

―どうしよう僕ほんとうに真剣に勘違いされてるよね?

今それどころじゃないはず、だって任務の呼出中なのに。
けれど今は逆に「それどころ」じゃない、もう額まで逆上せながら言った。

「顔が赤いのは僕が恥ずかしがりで驚きすぎてるからです、本当に美代さんと僕はこいびとじゃありません…でも異性の友達は申請が要るんですか?」

恋人関係では無い、でも「近い」のかもしれない?
そう気づかされる尋問者は沈毅なトーン応えた。

「抱きあったり指切りげんまんでするほど親しいなら申請しておけ、交際相手と言われても反論は認められない、」

本当に全部を見ていたんだな?
そんなふう伝えてくれる相手に訊いた。

「伊達さん、それは親しい異性なら守秘義務に関わることは変わらないってことですか?」

なぜ交際相手を申告する必要があるのか?
その理由に問いかけた先、先輩は口開いた。

「俗に言うハニートラップを疑われたら厄介だろ、文句つけられる可能性は消しておけ。それにな、」

言いかけて、ふっと横顔が黙りこむ。
この沈黙もう解かる、そのまま周太は微笑んだ。

「それに、僕が死んだときの連絡先ってことですね…母に連絡がつかなったときの、次の連絡先として、」

自分の家族は、母だけだ。
だからこそ尚更に「次」は求められている、その現実に肯かれた。

「そうだ、湯原の引受人を他に訊いておけと言われている、」

ほら、自分の立場はそうだ。

こんなこと当り前だろう、だって「引受人」が必要になる任務こそ自分の現実だ。
そして今この時こそ必要なのかもしれない、そんな覚悟へ笑いかけた。

「伊達さん、僕たちは今から難しい場所に行くんですね?引受人が一人でも多く必要になる、」

きっとそういうことだ、だから美代も泣きたかった?
あの泣顔そっと見つめるフロントガラスは小雪あわい、その隣に訊かれた。

「湯原は登山の経験者だったな、積雪期はどれくらいだ?」

なぜ登山の経験値を訊くのだろう?

疑問おきて、そして状況すぐ解かってしまう。
きっとそういうことだ、気づいた答えと笑いかけた。

「標高2,000メートル級なら経験があります、子供の頃に父と雪の奥多摩を登りました、」

答えながら記憶の向こう懐かしい。
あの幸せだった冬の休日、あの笑顔、それから雪の花咲く森。

『秘密の山桜だよ、誰も知らない。だからね、君も秘密を一緒に守ってほしいんだ、』

幼い、けれど深く響く透明な声。
あの声まだ幼かった人も同じ現場に立つのだろうか?

―雪山なら山岳レンジャーも出動かもしれない、もし今日の当番が光一の班なら…英二も、ね、

これは仮定、けれど正解なら?

そう想った途端かたり鼓動が軋む、ほらもう痛い。
だって「引受人」が必要になる場所だ、そんな現場で再会したらどうなるのだろう?
そう考えるだけで鼓動ゆっくり絞められてゆく、それなのに沈毅な横顔は静かに告げた。

「現場は標高2,500メートル地点の雪山だ、七機の山岳レンジャーがサポートに入る、」

ああ、見せてしまうのだろうか?

―僕が人を撃つところを見られるんだ、光一と…英二に、

雪の花咲く森、あの美しい記憶の相手は何を想うだろう?
そして誰より見せたくない相手に見られてしまう、そんな現実むかうフロントガラス雪が白い。



(to be continued)

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