萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第74話 芒硝act.6―another,side story「陽はまた昇る」

2014-03-20 19:30:00 | 陽はまた昇るanother,side story
As to the tabour’s sound 時の鼓動



第74話 芒硝act.6―another,side story「陽はまた昇る」

木洩陽に床のダークブラウン深い艶ゆれて、木目が浮かぶ。

窓の青空は赤い実と金色の葉を揺らす、かすかな風に枝交わす音が立つ。
揺れる梢の向こう陽は高い、そんな刻限に午後の予定を思案しかけて周太は呼ばれた。

「湯原くん、経過だが思ったよりは悪くないぞ?」

思ったよりは悪くない。
そんな言い回しに結果が解かるまま尋ねた。

「雅人先生、あの…夏よりは悪いってことですよね、」
「ああ、だが予想よりは良い、」

深い声さらり笑ってくれる。
その精悍な瞳大らかに微笑んで教えてくれた。

「9月の終わりに熱を出したけど、1週間ちゃんと静養したろう?あのとき診てくれた医者の処置と養生が良かったんだな、可能性はある、」

可能性はある、そう告げて浅黒い顔ほころばす。
穏かに闊達な笑顔は明るい、この明るさに希望を見つめ問いかけた。

「可能性って、僕の喘息は治るかもしれないってことですか?」
「そうだよ、正確には再発を防げる可能性ってことだが、でもな、」

答えてくれながら困ったよう精悍な瞳が微笑む。
その微笑が告げる事実に周太は覚悟ひとつ微笑んだ。

「静養すれば治るかもしれないってことですよね、警察官を辞めて、家に戻って、」

厳しい訓練、埃っぽい空気、そんな環境が気管支に負担を強いる。
それくらい解かるから納得するしかない、その想いに医師は告げてくれた。

「その通りだ、医者としては1日も早く退職して静養してほしい、」

言われて当然のこと、そう解かっている。
それでも今日も確信してしまった以上は辞められない。

『周太くん、湯原の人事ファイルなら削除されてるよ。少なくとも26年より前だ、』

青梅署山岳救助隊副隊長、後藤が教えてくれたことは事実だろう。
もし嘘を吐くなら「ちゃんと今もある」と説得する、そうして真相を隠すだろう。
けれど後藤は「削除されている」と言った、それは26年前から今も現在進行形だと示している。

―後藤さんもお父さんがSATに居たことを確信してる、僕が何のために警視庁の警察官になったのかも解かって…ね、

自分だけじゃない、後藤も父の所在と謎を考え続けている。
こんなふう父の「殉職」を探している者は他にもいるかもしれない、そう思うほど自分は辞められない。
だって唯一の息子である自分が父の真実も想いも探せなかったら、父の生きた軌跡は誰が継ぐのだろう?

「すみません雅人先生、まだ辞められません。あと1年、11ヶ月だけ僕に時間を下さい、」

願い見つめた真中で精悍な瞳が真直ぐ自分を映す。
シャープだけれど穏やかに深い、その眼差しが問いかけた。

「湯原くん、どうして期限を区切ろうって決めてくれたんだ?」
「約束したんです、夏に家族と、」

正直に答えて夏の俤たちが記憶を見つめる。
あと1年の約束をしたのは9月の終わり、だから11ヶ月もう切ってしまった。
それなのに父の証拠は見つからない、この焦り抱きしめたまま周太は微笑んだ。

「実家で倒れた時、約束しました。喘息のこと1年間は内緒にしてほしいって家族にお願いしたんです、だから今はあと11ヶ月です、」

警察官を一年以内に辞めること。それを私と約束してほしいの、出来るかしら?

そう願ってくれた深いアルトの声、涼やかな切長の瞳、あの笑顔を裏切れない。
あの瞳が泣いてくれた後悔を繰り返させない為にも約束は守る、そんな意志に雅人は笑ってくれた。

「家族に話せたなら良かったよ、でも診てくれた医者の口止めは大丈夫だったのか?」
「あ、…、」

問われて言葉呑みこんでしまう。
あのとき医者をどう手配したのか、その事情ありのままは言い難い。

―おばあさまと僕の血縁関係は言わない方が良いんだよね、だって英二が隠したがってる、

あのとき看病してくれたのは英二の祖母、顕子だった。
なぜ彼女が滞在してまで看てくれたのか?その真実を明かす事は英二の本意ではない。
なにより父も顕子との血縁関係を隠していた、それでも今話せる部分だけ周太は言葉にした。

「あの、英二のお祖母さまがホームドクターを呼んでくれたんです。信頼できる先生だから病気のことも秘密に出来るって言ってました、」

顕子がそう言ってくれたなら本当なのだろう。
この信頼に微笑んだ向かい医師も笑ってくれた。

「それなら大丈夫だな、俺の所に来られない時はその先生に掛かることも出来そう?」
「はい、必要ならお祖母さまが手配してくれるそうです、」

素直に告げた向こう精悍な瞳やわらかに笑ってくれる。
その穏やかで優しい眼差しが今日、初めて見た少年の空気と重なった。

―あ、目の感じが似てるんだ、雅人先生と…環くん、だよね?

さっき院長室で出会った少年は雅人を「兄」と呼んでいた。
けれど兄弟というには齢が離れすぎているようで思案また廻ってしまう。

―塾の模試の結果を持って来たんだよね、環くん…都立高校の受験について話してたな、中学3年生かな、

いま11月、高校受験を控えた塾通いは模擬試験も受けるだろう。
その相談を雅人にしているのを昼食を摂りながら聞えてしまった。

『いま塾から帰ってきたんだ、模試の結果が出たから真直ぐお兄さんのところへ来たんです、』

そんな言葉と雅人を見上げた少年は不思議と「似ている」と思わされた。
目鼻立ちの似たところは少ない、けれど眼差しと空気感が似ていて血縁を想わされる。
それでも雅人の両親、吉村雅也夫妻の年齢では中学3年生の実子がいることは考え難くて、そんな思案に闊達な声が笑った。

「おい湯原くん、そんなに俺の顔じっと見てどうした?」
「あ、」

笑いかけられて意識すっと戻される。
瞳ひとつ瞬いた向かい可笑しそうに見つめられて、恥ずかしくて周太は謝った。

「あの、すみません僕ぼんやりしてて…ぶしつけなことしてごめんなさい、」

見つめていたことも恥ずかしい、それ以上に詮索していたことが恥ずかしい。
ただ申し訳なくて恥ずかしいまま首すじ熱が昇りだす、そんな前から大らかな笑いが弾けた。

「あははっ、もしかして環のこと考えてたんだろう?」

ほら、図星しっかり刺されてしまう。
こんなこと恥ずかしくて紅潮また熱くなる、それでも正直に頷いた。

「はい…詮索してすみません、ごめんなさい、」
「あははっ、まあ詮索するのも仕方ないよ。誰でも不思議がるだろ、」

笑って肯定してくれながら白衣姿はカルテひとつファイルに綴じる。
かたん、抽斗に仕舞いこむと雅人は提案してくれた。

「そんなに悪いと思ってくれるならさ、もし時間大丈夫だったら茶を淹れてくれるかな?湯原くんの淹れたの旨いから、」

茶でも飲んで話そうか?
そんなトーン笑ってくれる眼差しは穏やかで温かい。
けれど深く、なにか決意ひとつ燈すような瞳に周太は左手首のクライマーウォッチを見た。

―予定の時間より遅くなるかもしれないね、でも、

でも、目の前の決意が語りたい声を受けとめたい。そんな想い周太は微笑んで頷いた。

「はい、淹れさせて貰います…日本茶とコーヒーと、それとも紅茶がいいですか?」




(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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