萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

one scene 或日、学校にてact.12 ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-20 04:32:37 | 陽はまた昇るanother,side story
言ってくれる?



one scene 或日、学校にてact.12 ―another,side story「陽はまた昇る」

清々しい香は、青と白の花に生まれだす。

すっくりと青い萼紫陽花と花冠の重たげな白紫陽花。
青と白の取り合わせは涼やかで、夏の花らしい香が美しい。
2種類の花を和紙に包んで抱きあげると、鞄を持って周太は立ちあがった。

「お待たせ、英二」

笑いかけた先、浅く腰掛けた机から長身が立ち上がる。
こちらを向いた端正な貌はきれいな笑顔ほころんで、嬉しそうに言ってくれた。

「きれいだね、周太、」
「ん、きれいだね、紫陽花…家でも咲いてると思うんだ、」

きっと実家の庭では紅萼紫陽花も咲いているだろう。
薄紅の花も紫も、それから山紫陽花も良い頃だろうな?
明日の外泊日には帰られる庭、そこに見るだろう花に微笑んでしまう。
けれど切長い目は少し悪戯っぽく笑って、長身を屈みこませると綺麗な低い声が囁いた。

「…周太が、きれいだね?」

そんなことこんなばしょでいわれるとこまるのに?

ほら、もう首筋が熱くなる、すぐ額まで真赤になってしまいそう。
それは言われたら嬉しいけれど、でも恥ずかしくなってしまう、自分は男なんだし?
こんなところで真赤になったら変に思われそう、どうしよう?困って周太は廊下へと踵を返した。

「待ってよ、周太、」

ほら、嬉しそうな声。
後ろから革靴のソールが付いて来てくれる。
こんなふう困って逃げ出しても英二は、いつも付いて来てくれる。
だから安心して逃げ出すこともしてしまう、こんなの本当はワガママだって解っているけれど。

…でも真赤なところ見られるの恥ずかしいし…藤岡も小林さんもいるのに

同期の藤岡はもう、英二と周太の事情を知っている。
けれど初任科教養の小林さんは勿論知らないから、きっと変に思ってしまうだろう。
でも知っていても知らなくても、こんな赤面症なところは見られてもあまり嬉しくない。
そんなふう黙々歩いて、けれど靴音はすぐ隣に並んで切長い目が周太を覗きこんだ。
「周太、赤くなってくれるんだ、ほんと可愛い、」

覗きこんでくれる切長い目は幸せそうに笑っている。
こんな目をされると弱いのに?そんな想い素直に周太は、困りながらも微笑んだ。

「ん…あの、あまりはずかしがらせないで?みんなのまえであかくなるのこまるから…」
「ごめん、周太。つい言っちゃうんだよ、怒らないでくれる?」

すこしだけ困ったよう、けれど幸せな眼差しのまま英二は言ってくれる。
こんなふうに自分の言ったことに一喜一憂して、こんな貌をしてくれるのは嬉しくない筈がない。

…好きな人に構ってもらったら嬉しいんだから

心に本音こぼれて笑いかけてしまう、その視線の先で白皙の貌が綺麗に笑った。
ほら、まだ何も言っていないのに?笑いかけただけで嬉しそうに笑ってくれる。
こういうのは嬉しい、そう英二を見上げたとき逆隣から声をかけられた。

「おつかれさま、湯原。華道部も今、終わったんだ?」

声に振向くと精悍な笑顔が立っている。
よく話す同期の姿に、周太は笑いかけた。

「おつかれさま、内山。茶道部も終わったとこ?」
「ああ、すこし長引いたんだ。関根が質問して熱心でさ、」

笑って答えながら、内山も並んで歩いてくれる。
教えてくれた答えに少し首傾げて周太は訊いてみた。

「関根、なんの質問だった?…もしかして今も質問中?」

たぶん「英理は茶の湯も好き」と教えた所為だろう、関根が茶道部に熱心なのは。
そういえば英理から「こんどのデート、お茶席がある庭園に誘ってくれたの」とメールが来ていた。
きっと関根は明日のデートの為に今日は一生懸命だろうな?そんな推測を考えていると内山が教えてくれた。

「当たり、あいつまだ先生に稽古みて貰ってる。質問は茶花についてだったよ、意外と花好きなんだな?関根、」

整った顔が少し可笑しそうに、けれど実直なまま笑っている。
確かに内山が言う通り、闊達な関根が花に興味を持つのは意外だろう。けれどその理由の見当がつく。

…お姉さんが花が好きだから、関根は知りたいんだろうな?

好きな人のことは知りたいと思う、それは自然な希求。
好きなひとのことを知って、好きな人を喜ばせる方法を知りたい。そう自分もいつも想う。
そうして喜ばせることが出来たなら、もっと好きになって貰える?そんな期待ときめかす欲張りな自分がいる。
だから本当はずっと考えている、明日の外泊日は英二も一緒に帰るから、何をしたら喜んでもらえるかを考えてしまう。

…夕飯、何が良いかな?

つい、今の会話と関係ないことを考えかけて、周太は瞳ひとつ瞬いた。
こんなことでは内山に申し訳ないな?気がついて口を開きかけた時、綺麗な低い声が微笑んだ。

「関根、茶花にも興味持ったんだな。姉ちゃんが花、好きだからかな、」

隣から英二が笑顔で答えてくれる。
英二も同じ理由を考えていた?こんなことも嬉しく思っていると内山が英二に笑いかけた。

「そうだったな、宮田のお姉さんとお付き合いしてるんだよな、関根。すごい美人なんだってな?」
「たしかに姉ちゃん、美人かな、」
「宮田が言うってことは相当だろな?宮田の姉さんなら当然、美人だろうって思うけど、」

楽しそうに笑って内山は話している。
それに英二はいつもの笑顔で相槌を打っていく。

「そっか?褒めてくれてるんなら、ありがとな、」
「褒めてるよ、だって宮田って正真正銘の美形だって俺も思うし、」
「へえ、内山もそういうこと言うんだ?」

可笑しそうに答えながら英二は笑っている。
この間も談話室で英二は、内山の質問に答えて話していた。
ふたりは初任総合の研修に入ってから会話が増えている、やっぱり英二は内山と話すことも好きなのかもしれない。

…内山は出世したい、って言ってたし…英二は同期の出世頭だから、お互いに大事かも?

たぶん内山なら順調に昇進するだろう、根が真面目だし東大卒という学歴からもキャリア組と同格になれる可能性が高い。
そして英二は卒業配置期間にも関わらず本配属になった、能力と適性を高く評価され、既に実績を作り立場を築き始めている。
きっと英二は警視庁山岳会から嘱望されるまま出世する、そうしたら内山には同期として英二とサポートしあってほしい。
だから今、こうして2人が親しくなることはお互いのために望ましいだろう、きっと2人だけで話す時間がある方がいい。
それに自分も早く花を水切りしてあげたいし?そんな考えに周太は、ふたりに笑いかけた。

「俺、花の水切りしたいから、先に行くね?じゃあ、」

笑いかけると周太は、すこし足早に歩き出した。
この機会に英二が内山ともっと話せる仲になると良い、少なくとも内山は英二を好きみたいだし?
そう考えながら歩く廊下は、17時過ぎた今も陽射しあふれて、窓の空は真青に明るい。

…もう夏なんだな、

陽射しに季節を見つめて、そっと周太は微笑んだ。
今年迎える夏は、特別な夏になる。そんな予感にふわり紫陽花の香が頬撫でた。
この香は夏の庭を想い出さす、きっと庭の菜園は夏野菜が生り始めているだろう。

「…ん、献立は夏っぽいのが良いね?」

ひとりごと呟いて微笑んだ、その隣から空気が動く気配がした。
窓から風が吹きこんだ?そう振向いた先から白皙の貌が綺麗に笑いかけた。

「周太、それって明日の晩飯のこと?」

どうしてえいじったらここにいるの?

内山と話しながら後から来ると思っていたのに?
驚いて周太は、懐っこい笑顔へと首を傾げこんだ。

「…そうだけど、英二?内山は?」
「ちょうど関根が追いついたんだよ、だから俺は周太を追いかけてきた、」

楽しげに端正な顔は笑って、長い腕をこちらに伸ばす。
そして周太の体を引き寄せると、軽々と横抱きに抱え上げてしまった。

「周太、もう俺のこと置いて行かないでよ?」

そう言ってくれる切長い目は可笑しそうで、けれど縋るよう見つめてくれる。
こんなふう言ってくれて見つめられたら嬉しい、それでも周太は宥めるよう婚約者に言った。

「でも…だって内山と話す時間も大事だよ、英二?」
「それはそうだな、周太、」

肯定してくれながら名前を呼んでくれる。
呼ばれて腕の中から見つめた先、切長い目は綺麗に笑いかけてくれた。

「だけど周太、周太と一緒にいる時間が俺には、いちばん大切だよ?だから傍にいさせて、」

ほら、そんなふう言ってくれる?

本当は言ってくれること、どこかで解かっている。
けれど大好きな声で聴きたい、言ってくれると期待する分だけ。

そして言ってくれる瞬間が、自分には愛しくて。




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