萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第53話 夏衣act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-20 23:43:27 | 陽はまた昇るanother,side story
※念のため後半R18(露骨な表現は有りません)

花よ、季の訪いに



第53話 夏衣act.1―another,side story「陽はまた昇る」

蛇口の水が、すこし温くなった。

花活を濯ぐ水にも季節めぐり、もう夏は始るのだと肌に知らす。
この水温だと朝晩と水変えした方が良い、明日の朝も寮を出る前に変えていこう。
それなら朝も水切りした方が良いかな?考えながら周太は紫陽花の茎に花鋏を入れた。

ぱん、

小気味いい音が洗面台に響いて、茎は水底へ散る。
この洗面台が広いから水切りしやすくて良かった、借りた桶が置きやすくていい。
川崎の家だと浴室の一角と庭の水場、あとは水屋に花を切るスペースが造られている。
その便利さに慣れて他所との比較を考えたことが無かったけれど、こんなとき改めて「家」の認識をするきっかけになる。

…曾おじいさんが造った家だけど、設計もしたのかな?

家は築90年ほどだと聴いている。
建てられた頃と今とは造りは変わっていないのか、それは母も知らない。
すこしずつ手直しをしながら住み続けている事だけを、父は話してくれた。
自分でも訊いたことは無かったけれど、父は家のことを話さないまま亡くなっている。

…それどころか何も知らない、お父さんのこと、家のこと

ふっと自覚に哀しくなって、溜息こぼれてしまう。
例えば、父が英文学を学んだことは知っている。けれど、どこの大学を卒業したのかは知らない。
それに茶の湯も父から手ほどきを受けたけど、その流派が何かは教えて貰っていない。
なによりも、祖父母と曾祖父母のことを何も知らないことが寂しい。

学校で夏休みの話になる、そうすると決まって「お祖父さん、お祖母さんの家に行く」と皆は話す。
けれど自分には祖父母は居ないから、両親に祖父母のことを訊いたことがあった。
母は両親の記憶に微笑んで嬉しそうに話してくれた、でも父は何も話さなかった。
ただ寂しそうに「みんな昔に亡くなってね、」とだけ言って微笑んで。

それでも過去帳から名前だけは解かるから、手懸りが何もないわけじゃない。
これだけでも自分なりに考えて探して、祖父だけは事跡が調べられる可能性を掴んでいる。
まだ確信は持てないけれど、該当しそうな人が絞れそうだから家に帰ったら確かめたい。
そのため明日は出来れば12時までには川崎に戻りたいけれど、間に合うだろうか?
そこまで考えた時、ふと疑問が心に映りこんだ。

…でもお父さん、どうして何も話さなかったのかな?

まだ子供には話せないような事情があったのだろうか?
けれど母にも父は話していない、だから「子供だから」という理由は成り立たない。
それとも妻にすら隠したいような、何か秘密の事情があるということだろうか?
このことも「やさしい嘘」に含まれているの?

なぜ?

疑問が起きあがって、思考の迷路に踏みこみかける。
それでも手は動いて花活に紫陽花を入れ、切り落とした茎をゴミ箱に納めると桶を濯ぐ。
水の感触が手に気持いい、丁寧に濯ぎ終えて周太は蛇口を閉じた。

きゅっ、

小さな音がたって水が止められる。
布巾で桶を拭って用具入れに戻すと、花活けを携えて廊下に出た。
まだ窓の空は青い、けれど雲には金色が映え始めている。きっと梅雨の晴れ間らしい、きれいな夕暮れになるだろう。
久しぶりに夕映えを見ようかな?考えに微笑んで周太は部屋の扉を開いた。

「…きれい、」

ほっと呟いた向こう、まばゆい雲が窓に移ろっていく。
すこし上空は風があるのかもしれない、明日の天気はどうだろうか?
出来れば雨は降らないでほしいな?思いながらデスクに座ると周太は花を整えた。
青い萼紫陽花と白い西洋紫陽花、それに岩躑躅の緑の枝。6月らしい花をすっきり活け込んで、周太は微笑んだ。

「ん、いつもより多いけど、良いね?」

久しぶりに部活に出た英二の分も一緒に貰ってきたから、いつもより花が多い。
ふたり違う紫陽花を選んだけれど、併せて活け込んでも綺麗に納まっている。
英二が選んだ花のすっきりとした姿と色に、青い制服姿を見て言葉がこぼれた。

「英二って、背中がすっきりしてるから…なんか似合うよね?」

ひとりごとに花を見つめて、ふっと首筋が熱くなる。
ほら、花を見ては俤を想ってしまう。こんなこと英二と出逢う前は無かった、だから本音が透けてしまう。
こんなふうに花を見て俤を探すほどに、本当は傍にいて見つめていたいと願っている。
こんなに誰かを見ていたいと、一緒にいたいと思える相手がいることは幸せだろうか?

「…ほんとに毎日、一緒にいられたら…ね…」

ふっと独り言に本音こぼれて、小さく周太は微笑んだ。
これから夏を迎えて秋になれば、一緒にいる時間を作る自由すら消えるだろう。
その時を想うと切なくて、哀しみが浸してくる感覚に「幸せ」は消されかかる。
それでも毎日を一緒に過ごせる日を、いつか迎えられることを信じていたい。
英二と出逢えてからの時間は間違いなく、幸せだったから。

だから、幸せな時の記憶を見つめていたい。
どんな現場に立っても温もりを忘れなければ、希望を見いだせると信じている。
そして父の真実と想いの全てを、残さず拾い集めて無事に帰りたい。

…きっと、大丈夫。帰ってこれる

想い微笑んで立ち上がると、周太は窓辺に歩み寄った。
鍵を外し窓を開く、ふっと吹きこむ風は緑ふくんで懐かしい。
久方ぶりの晴れた夕風は、どこか遠くの雨を香らせ涼やかに吹きこんでくる。
この香に雨の夕方と夜の記憶がよみがえって、すこし周太は首を傾げこんだ。

父の殉職は「自殺幇助」が真相。
これに向き合った雨の記憶に考え込んでいる。

これは梅雨の初めだった、この答に3つのヒントが辿り着かせてくれた。
この真相に気になる事が幾つかある、この数日それを自分だけで考え続けてきた。

父が殉職という名の自殺を選んだ理由は、2つある。
ひとつめはSAT狙撃手として犯した合法殺人の罪を自裁するため。
ふたつめは「自殺」と家族に悟られないよう「他殺」に見せかける、優しい嘘を吐くため
この理由が本当なのか?それを確かめたい、特に2つめの真相には知りたいことがある。

あのとき父は、ボディアーマーを着ていたのだろうか?

ボディアーマーは防弾チョッキ、防弾ベストとも呼ばれる。
これは銃弾や爆発の破片物から身を守るベスト状の身体防護服で、警察官も着用をする。
これを着ていても銃弾は貫通するケースもある、それでも発砲命令が下される現場であれば当然着用するだろう。
少しでも危険を防ぎ身体と生命を護る、それが人として警察官としての考え方なのだから。
だからもしあの夜も父が着用していたのなら、あの時も父には「生きる」意思があったことになる。
けれど記憶を辿っても父が着用していたのか解らない。

あの14年前の夜、検案所で面会した時は白布で父の体は覆われて、顔しか解からなかった。
家に連れ帰った時には制服は脱がされて白衣姿、葬儀の時は礼装姿で横たわっていた。
そんなふうに父が亡くなった時の服装を、自分は目撃していない。

父は現場に向かうとき、ボディーアーマーを着用したのだろうか?
もし着ていたとしたら父は「生きて帰りたい」意思が幾分は残されていたと信じられる。
けれどその事実は自分には解らない、どうしたら調べることが出来るだろう?
その答えについて数日、ずっと自分ひとり考え込んでいる。

―…やさしい嘘は吐かないで、すべて話して、俺と一緒に生きてくれる?

あの雨の夜、英二はそう願ってくれた。
けれど自分だけで考えられる所までは向き合いたい、それくらいのプライドは自分にもある。
これは自分と父の問題、息子として父を放りだせない本音に従いたい、そんな意地と誇りに懸けて選んだこと。
だから幾らか答えを出してから英二には話したい、そう思って14年前の真相を解く鍵を見つめている。
そんな想いと見つめる空は、あわく光が赤みを帯びていく。きれいな光の色に見惚れるなか、微かな電話の声が聴こえてくる。

「…うん…ごめん……だな……わかった、よろしく…ん…」

壁を透かす綺麗な声は、大好きな声。
いま英二は光一に電話しているのだろう、もう18時過ぎて勤務時間も終わった頃だから。
きっと明日の外泊日に青梅署に戻らない事を謝っている、そんな予想に小さく周太は微笑んだ。

…ごめんね、光一。寂しい想いさせるけど…だけど、明日の後はチャンスが少ないから、許して?

そっと心裡に謝って、周太は窓からベランダに降りた。
見上げる北西の空は明るい夕映えに美しい、あの空のした光一は今、隣室と電話で繋がれている。
本当は明日も光一に英二を返してあげたいとも思う、少しでも多く2人の時を過ごして絆深めてほしい願いもある。
そうして2人が繋がっていくことで、信頼する幼馴染に英二を援けてほしいと祈っている。

けれど、もう6月が終わってしまう。
この初任総合の期間もあと1週間で終わる、英二と共に過ごす日々が終わりを告げる。
だから今、すこしでも多く英二と一緒に過ごしていたい、1つでも多く幸せな記憶が欲しい。
それが今の自分の本音で、祈りにすらなっている。

「ごめんね、光一。明日と明後日は、俺に下さい…」

祈りは言葉になって、夕風にこぼれおちた。
ゆるやかに吹きぬけていく夕去る風は、静かに梢揺らして空を駆けていく。
この風は奥多摩にも懸けていく?そんな想いに見上げた空は、ゆっくり色彩を変え始めた。

地平線に近づきだす太陽は、黄金色あざやかな光芒に沈みこむ。
連なる雲の波に光がおどる、朱橙に薄紅、金色かがやき棚引いていく。
蒼穹の青は濃くなり勝り、群青の深みが夜をひくよう染まりだす。どこか風も夜の気配を含んでゆく。

「きれい、」

空に微笑んで周太は手すりに凭れた。
いつも金曜の夜は本当を言うと寂しかった、英二は青梅署に戻ってしまうから。
それが山岳救助隊の多忙のためと解っている、もう本配属になった英二にとって当然の判断なことも承知している。
それでも本音は寂しくて、ほんとうは「一緒に家に帰って?」と何度も言いたいのを呑みこんだ。
けれど今夜は寂しくは無い、明日は一緒に帰れるのだから。

…うれしいな、やっぱり

本音の心に微笑んでしまう、好きな人と一緒に家に帰れるのだから。
こうして外泊日に一緒に家に帰ることは、初任科教養のとき以来になる。
5月に1度だけ英二は家に帰ってきたけれど、金曜は青梅署に戻って土曜に帰ってきた。
だから同じ場所から一緒に帰るのは想い交してから初めてのこと、明日が決ってから楽しみにしてきた。
楽しみな想いのまま微笑んで、ひとりごとが風に和んだ。

「ん…ずっと離れないでいられるって、良いな」

明日は新宿に出て買物をして、昼は父の同期である安本と食事する。
そのあと家に帰って英二と庭を見たい、紅萼紫陽花が咲いていたら茶花に活けようかな?
それから夕食の支度をしながら英二に料理も教えたい、そういえば明日こそ母は家に居るだろうか?

いつも母は英二も一緒に帰るときは、夕方から友人と旅行に行ってしまう事が多い。
それは英二と周太に気を遣っている事と、母子の「離れる練習」の為だと自分も解ってはいる。
けれど本当は母とも一緒にいたいと思っている、でも母から「もう大人よ?」と言われたら言い返せない。
そんな考えにポケットの携帯が振動して、見ると案の定、メールの着信ランプが点灯していた。
きっとそうかな?考えながら開いた画面に母からのメールが現われた。

From:湯原美幸
subjeci:明日の予定です
本 文:おつかれさま、周。明日のことだけれど、夕方から温泉に行ってきて良いかな?
    いつものお友達から誘われたのよ、でも午前中だけ出勤で夕方までは家に居ます。
    お茶は一緒に出来るし、日曜のお昼過ぎには戻るから許してくれるかな?(^^)

なんだか一生懸命に言い訳しているみたいな文面が可愛らしい。
絵文字でまでねだってるの?そんな感想に思わず笑ってしまう、そして仕方ないかなと想えてくる。
この「いつものお友達」との旅行は、周太が生まれる前まで恒例だったらしい。そして14年前の春に再開する予定だった。
その再開は延期され続けていた、けれど去年の周太の誕生日に、ようやく延期はピリオドを打って母は約束を果せた。
あのとき母の時は再び動き出したのだと、息子の自分が一番知っている。

「…ん、」

小さく頷くと周太は、母のメールに返信を作り始めた。
涼やかな夕風吹くなか壁に凭れて、短い文章を作ると読み直す。

T o:湯原美幸
subjeci:明日の予定
本 文:お母さん、おつかれさまです。明日、気を付けて行ってきてね。
    今回はどこの温泉に行くの?また会社の保養所なのかな、行き先を明日でも良いから教えてね。
    お茶菓子買って帰ります。

読み直し終えて送信ボタンを押す。
送信完了の確認に微笑んで、また携帯をポケットに仕舞いこんだ。



デスクライトの灯りのなか、救急法のファイルに書き込みをする。
もうページには沢山メモが書かれている、この2ヶ月ほど毎晩を英二に教わって学んだ軌跡がこんなに残された。
この書き込みをきっと自分は、今この瞬間の記憶と一緒に懐かしく見つめるのだろうな?
そんな想い微笑んでペンを止めたとき、綺麗な長い指がペンを抜きとった。

「周太、今夜はここまでにしよう?」

綺麗な低い声が微笑んで、長い指はファイルも閉じてしまう。
伸ばした腕が青い花と白い花にふれて、清澄な香がこぼれだす。
こぼれた香に気付いて英二は、嬉しそうに笑ってくれた。

「きれいに活けてくれたね、周太、」
「ん、ありがとう…気に入ってくれる?」

活けた花に気付いてもらえると嬉しい、嬉しくて周太は微笑んだ。
微笑んだ先で幸せな笑顔は咲いて、英二は頷いてくれた。

「もちろんだよ、でも周太がいちばん綺麗だけどね、」

そんなこと言われると気恥ずかしいのに?
そう困っているうちにも英二は手際よく机を片づけてしまう。
かたん、ちいさな音にファイルは書架に仕舞われて、ペンは筆箱に仕舞われる。
そんな仕草も綺麗だと見惚れていると、長い腕が周太の体を椅子から抱きかかえた。

「ほら周太、もう寝よう?」

綺麗な低い声が笑いかけてくれる、その眼差しがどこか艶っぽい。
こんな目で見られると緊張してしまうのに?そう見つめ返しながら、なんだか言葉が出てこない。
それでも何か応えたくて、周太は小さく頷いた。

「はい…寝るね?」
「素直で可愛いね、周太は、」

微笑んでベッドに抱き降ろすと、英二はデスクライトを消した。
ふっと夜の闇が部屋を満たして、視覚から静謐にとり囲まれる。
暗さに慣れない瞳をゆっくり瞬いていると、ベッドのスプリングが少し沈んだ。

ぎしっ…

かすかな軋みを聞いて、体が温かい腕に抱きしめられる。
なにかいつもより熱い体温に鼓動がひとつ、とん、と心を敲いて首筋に熱が昇った。

「周太、緊張してる?…かわいい、」

きれいな低い声が耳元に響いて、やわらかな熱がうなじに触れた。
この感触が何だか知っている、ちいさな吐息こぼして周太は恋人に尋ねた。

「あの、英二?…なにしてるの、寝るんじゃないの?」
「寝るよ、周太…もうひとつの意味でね、」

綺麗な低い声が艶含んで、熱い腕に抱きしめられる。
体温に燻らされるよう深い森の香がたって、香と熱に包まれていく。
こんなのなんだか緊張して、けれど魅惑される?なにか不思議な想い途惑って周太は口を開いた。

「もうひとつのいみってなに?…あ、」

質問に唇かさなって、キスに閉じこめられる。
ふれあう熱に瞳を閉じると、唇のはざま入りこむ甘さが熱い。
熱い甘さに意識が奪われてしまいそう?惹きこまれていく想いのなか胸元のボタンが外された。

「あ、」

思わず零した声に、また唇が重ねられる。
長い指がボタンを外していくたびシャツは寛げられて、夜の空気が肌に忍びこむ。
いまされている事の意味に心締められてしまう、途惑いと歓びとが入り混じる、どうしたらいいのだろう?

これからすることが「もうひとつの意味」なの?
ここは本当は恋愛禁止なのに、またしてしまうの?

本当はダメだと解っているのに、けれど拒みきれない自分がいる。
だってこんな熱い指でふれられたら、どう止めたいのかも熔かされて解からない。
それでも掌は恋人の胸を押し返して、なんとか唇は声を出した。

「えいじ?あの…もうひとつの寝るいみって、」
「セックスする事だよ、」

問いかけに即答した薄闇に、端正な貌は艶然と微笑んだ。
思ったとおりの答えに体が縛られる、こんなふう応えられたら息も止まりそう。
けれど何か言わないと押し流されそうで、周太は唇を動かした。

「そうなの?おれ、ふつうにねむるんだっておもって、」
「俺は普通に、周太を体で愛そうって思ってるよ、」

綺麗な笑顔が見つめて、誘惑の台詞を告げてくる。
こんなに堂々と言われて見つめられたら、もうどうしていいか解らない。
そんな途惑いのまま切長い目を見つめていると、長い指はシャツの最後のボタンを外した。

「お願いだ、周太。今、周太を感じさせて?…気持ちよくして、って命令してよ、」

命令をねだりながら、闇にも白い指が肩に掛けられる。
そっとシャツが肩すべり墜ちていく、指の温もりが腕を伝っておちていく。
素肌ふれる夜の気配に首筋から熱が昇ってしまう、きっともう顔も赤くなっている。

どうしよう、ほんとうにしてしまうの?
そんな途惑いごと長い腕に抱きしめられて、シャツが手から抜かれた。
そのまま長い指がウエストのボタンを外す感触に、心が震えて途惑いが深くなる。
このままだと本当に恋人の時が始まってしまう?それが良いのか解らなくて周太は、そっと英二の指にふれた。

「まって、えいじ…もうあしたかえるんだし、ね?」
「待てない、」

ひとこと答えて、端正な唇が重ねられる。
深くされるキスが熱くて甘い、こんなキスをする想いが伝わってしまう。
もう委ねてしまえば良い?それが愛する人の望みなら、叶えてしまえば良い?

…いま、幸せにしてあげたい

途惑いの狭間に、本音が小さくつぶやいた。
ほんの数時間前に夕映えのなか想っていた、その前も、それよりずっと前から想うこと。
ずっと願う唯ひとつの祈りは「唯ひとりの恋人の綺麗な笑顔を見つめていたい」だけ。
もうこの想い正直になってしまいたい、周太は力を抜いて恋人に微笑んだ。

「英二、お願い…きもちよくして、英二の笑顔を見せて?…愛してるなら言うこと聴いて、」

言うこと聴いてくれる?
そんな想い見つめた先で、幸せに笑顔が咲いてくれる。
ほら、こんなふう笑ってくれる顔が嬉しくて、ずっと見ていたい。
そんな祈りの真中で、綺麗な低い声が言ってくれた。

「お願い聴いたよ、周太?愛してる…」

想いつげて、端正な唇の熱がキスふれる。
このキスが誘うまま身を任せて、この想いごと抱きしめられていたい。
そして与えられる想いと記憶をどうか、この心と身に刻みこんで、希望を与えて?

そんな想いに抱きとられていく心と体に、ふっと清澄な花が香った。
闇に慣れ始める瞳には、白皙の肩が映りこんで素肌を抱く。
なめらかな白い肌にも花の香がふれるようで、森の香に融けあい深くなる。
肌の熱と香に包まれていく、甘い感覚が幸せなままに静かな夜へと華やいだ。

夜の静謐と香が想いごと包みこむ、まるで衣のように。




(to be continued)

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