萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 雪嶺 act.20-side story「陽はまた昇る」

2015-08-09 23:30:00 | 陽はまた昇るside story
Do take a sober colouring from an eye 運命の対峙
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.20-side story「陽はまた昇る」

喧噪かすかな廊下、沈毅な瞳が見あげてくる。

「…ベランダから入ったのか、よく病室が解かったな?」

抑えた低い声が問いかける、この声は記憶まだ新しい。
身長は170cmくらいだろう、けれど肌から引締まった制服姿は勁い。
この容姿からも誰なのか解かってしまう、予想どおりの相手に英二は笑った。

「外部と遮断できる部屋は限られています、でも家族が付添えるなら集中治療室ではありませんから、」

それくらい教えられたヒントで解かるだろう?

『湯原も無事だ、熱は下がりきってないが咳は落着きだしてる、ご家族が付添ってるから安心しろ、』

そう黒木は言っていた。
だから探しあてた病室の廊下、鋭利な眼ざしが訊いた。

「おまえは誰だ?」

その質問やっぱりするんだな?
解かっているけれど包帯ほどいた左腕を見せた。

「この腕で解かるでしょう?顔も名前もご存知のはずです、昨夜からは、」

左腕Tシャツのぞく肌、黄色に青に変色している。
この男なら見て解かるだろう?その聡い目がすこし微笑んだ。

「湯原を救ってくれたことは感謝する、でも信じきれない、」

信じきれない。

そう告げる眼ざしは穏やかで、けれど鋭い。
言うからには根拠あるのだろう、そんな貌に問いかけた。

「信じられない理由はなんですか?」
「号外が出た、」

答え返されて納得してしまう、やっぱり優秀だ。
きっと「号外」の意図くらい解かっているのだろう?

―こういう男だから周太のパートナーに選ばれたんだ、でも意志はどこにある?

優秀なのは歓迎する、その方が「安全」だろう。
だからこそ能力の底ふかい動機を知りたい、そんな相手が問いかけた。

「号外なのに写真は人質救助の劇的シーンじゃない、傷ついた山岳レンジャーと隊員が映っている、なぜだ?」

蛍光灯ほの暗い壁の際、制服姿まっすぐ見つめてくる。
沈毅で怜悧な瞳は昏くない、その肚を知りたくて問いかけた。

「なぜ俺に質問するんですか?」
「メディアを動かすような人間は疑わざるをえない、経歴も、」

低く抑えた声が見つめてくる、その言葉に解かってしまう。
訊かれるならこちらも明かせばいい、訪れた瞬間に笑いかけた。

「私こそ疑わざるをえません、SATの狙撃手が正体を明かすなんて異様ですよね?伊達さん、」

自分はおまえを知っている。

「…、」

告げた先が沈黙する、沈毅な瞳ただ見つめてくる。
すこし驚いているだろう、けれど取り乱してはいない声が訊いた。

「…そこまで俺を特定する根拠はなんだ?」
「昨夜にお会いしているからです、打ちあわせのとき隣にいましたよね?」

事実そのまま笑いかけて一歩ふみだす。
素足ひたり廊下に冷たい、その前で動かない制服姿は言った。

「鷲田英二、おまえは味方なのか、それとも向こうの人間か?」

その名前で呼ぶんだ?

―もう解かってる、この男は、

この名前で自分を呼ぶ、その意図は「解かっている」だろう?
それを明示してくる意志を知りたい、廊下の片隅しずかに唇ひらいた。

「伊達さんは味方ですか?」

問いかけた真中、制帽の翳から視線が刺す。
その瞳は深く沈みながら昏くない、向きあいたい願いごと笑いかけた。

「私の貌が誰のものか、気づいてるなら連絡ください。もう携帯ナンバー知っていますよね?」

とっくに入手しているのだろう?
それくらい怜悧だと見た相手はすこし微笑んだ。

「そっちも知ってるんだな?いま眠ってる間に、」

こんなこと言うなんて多分、同じ手段で入手している。
こんな男はある意味で同類だ、この信頼と不信のはざま綺麗に笑った。

「添い寝は許しがたいですけど、でも、護ってくれてありがとう、」

こう言えば伝わるだろう?
すこしの悔しさと笑いかけた先、沈毅な瞳ふわり笑った。

「夢を見てるんだろうな、俺は今、」

ほら、意図は伝わっている。

―この男は馨さんの顔を知ってる、きっと安村さんのビデオだ、

馨の同期、安村が保管している狙撃の演習ビデオ。
あれと同じものをSATで使用して不思議はない。

―周太が配属になってからは使われてないだろな、でも先輩なら見てるはずだ、

狙撃の見本を示すビデオ教材、それを最も使う部署はどこか?
その答は廊下に動かない男から解かる、だから馨の顔も知られている。
そう考えたから包帯も外した、そんな期待どおりらしい相手に仮の信頼を微笑んだ。

「夢だったと二人にも伝えてください、」

あの母子にもそう想われる方がいい。
ただ笑いかけ踵返し、冷たい廊下ひとり歩きだした。

―やっぱり伊達だった、周太のパートナーは、

伊達東吾

この名前とっくに知っていた。
初めて確かめたのは12月、地域部長の執務室だ。

「…気づいてるのか、」

口の中つぶやいて想いだす。
いま見たばかりの貌、目、あの男は「気づいて」いるのだろうか?
それも次の再会で解かるかもしれない、考えながら3つ向うの病室に入り窓を施錠した。



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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