萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第38話 氷霧act.2―side story「陽はまた昇る」

2012-04-01 23:56:52 | 陽はまた昇るside story
トレース、ほどくための鍵



第38話 氷霧act.2―side story「陽はまた昇る」

御岳駐在所のパソコンにデータ文書が映しだされている。
その内容に英二は入口の扉に鍵を掛けた。

「…よく、こんな文書にアクセス出来たな?」

いま映しだされている文書に英二の目が大きくなる。
片頬杖ついて画面を眺めながら、細い目が悪戯っ子に笑んだ。

「これはね、み・や・た。ふたりの内緒だよ?」
「うん、ちょっと人に言うにはさ、怖すぎるよ?」

頼りになる友人に笑いかけながら、英二は文書に目を走らせた。
隣で頬杖つく明るい目も読み始めると、すうっと目が細められた。

「この単語ってさ、ここでは『固有名詞』として使われているよね?」

文書中にときおり現れてくる単語がある。
その単語の意味と記憶が重なっていく、英二はため息を吐いた。

「うん…書斎で国村が言った通り、だな。この単語が哀しいから、切りとったんだ?」
「たぶんね?だからさ、もしかすると。最後の日記もさ、この単語に準えて書いたのかもしれないね?」

川崎の家に訪れた国村は、書斎で周太の父と写真越しに再会した。
そして書斎の書架に収められた『Le Fantome de l'Opera』の切りとられた箇所を見て、ひとつの推論をだしている。
あの推論が今、この文書にひとつめのヒントになっていく。

「ただし、この単語が指し示す人物の特定は、まだ解らないよな?この裏付けが出来ないと、結論にならない」
「そうなんだよね?いま確かに言えるのはさ、このコードネームの人間は確かに存在していた、って事だけだね」

このコードネームで呼ばれる人物の特定、その方法は見つけられるだろうか?
そう考え込んだ英二の視界の端で、無線機の受信ランプが点灯した。



数秒で救助隊服に着替ると、英二と国村はザックを持って外に出た。
駐在所に施錠してミニパトカーに乗込むと、エンジンキーを回しながらテノールの声が訊いた。

「雨降谷の大滝だよね、20代男性って言ってたな?」
「うん、3人組の大学生グループだ。そのうち1人がバンドから滑落したらしい、後輩の指導をしていたそうだ」

無線は後藤副隊長からだった。
大学の探検部員による遭難救助要請、それが無線の内容だった。

「ふうん、大学生か。ワンダーフォーゲルとかだね、経緯は?」

ハンドルを捌きながら国村は訊いてくれる。
赤色灯とサイレンのスイッチを入れながら英二は報告を始めた。

「早朝、小河内小学校裏から入渓。リーダーともう1名は沢登の経験者、1年生は初心者だ。
その訓練を兼ねての山行だった。午前8時半には大滝の下に到着してる。それでな、右壁を登ったらしいんだ」

「右壁?あそこは普通、左壁のバンドだろが、」

前方を見ながら底抜けに明るい目が、ふっと険しい。
こういう目のときは怒りだすサイン、そう解るなら宥めればいいのだろう。
けれど更に怒りを煽るような経緯の報告をしなくてはいけない、英二は穏やかに口を開いた。

「全員、初めての沢でね。ルートが解らなかったらしい」
「へえ、ルート知らないで登ったワケ?」

ぱん、軽くハンドルを叩いた国村の唇の端があがっていく。
サイレンが響く合間、テノールの声が低く疑問符を並べた。

「ただでさえ冬の滝は滑りやすいよな?
ソレダケでも慎重になるはずだ、なのにさあ?ルートも調べずに登ったんだ、初心者連れて、ねえ?」

ぱん、またハンドルを叩いて細い目が英二をちらっと見やってくる。
その笑わない目のままテノールの声だけが低く笑った。

「初心者連れてイキナリ雪の滝を登るって、なんなのさ?無謀すぎるね、」

いかなる山であっても山は厳しい。
そうした厳しい場所に立つ責任と権利の表裏を、真直ぐに国村は見つめている。
だからこそ国村は不用意な遭難を最も嫌う、特に初心者を連れていれば尚更に戒める。
そして山では正しい知識と経験が自助と安全に繋がっていく、この経験が浅い初心者はどうしても危険を伴う。
また無謀な山行の経験は初心者に誤った認識をさせる、そして先には遭難事故に繋がっていく可能性がある。
だから国村の怒りもよく解る、英二は穏やかに微笑んだ。

「うん、そうだな。段階を踏んだ指導は大事だよな?」
「だろ?わけわかんないね、遭難事故を作るだけだってのにさあ、ねえ?」

この「さあ、」「ねえ?」はご不満なときに顕れる。
きっと現場に着いたら、さぞキツイ一言を放つに違いない。
フォローを考えながらも英二は、自分のアンザイレンパートナーにきれいに笑った。

「だから俺、国村には感謝してる。初心者の俺を、ここまでにしてくれてさ」

この青梅署に配属された5ヶ月前、英二こそ山の経験は浅かった。
それでも山岳救助隊を志願した自分こそ無謀だったろう。
運転席の横顔に微笑んで英二は口を開いた。

「自分自身の山岳技術すら覚束ないクセに、俺は救助隊に志願したんだ。そんな俺こそ無謀だよな?
いま救助隊として過ごす時間が長くなるほど、俺はね?あのときの自分の無謀さが思い知らされて、恥ずかしくなるよ、」

あのとき、卒業配置の希望を提出するとき、英二は必死だった。
この道でしか自分は周太を救けられない、そんな確信が配属を掴みたい必死の努力になった。
そして、この道に自分自身の夢と誇りを見つめたい意志が、憧憬と展望になって心を明るく照らしてくれた。
けれど山岳経験がほとんど皆無の自分が「山岳レスキュー」だなんて本当は無謀すぎる。
そんなことも承知で希望を出したけれど、今にして思えば本当に恥ずかしい。
あのときの自分への羞恥に微笑んだ英二に、国村は愉しげに笑った。

「うん、正直言うとさ。初心者をイイのかよ、殺す気か?って、最初は俺も思ったね」

テノールの声がからり笑ってくれる。
底抜けに明るい目が温かに笑んだ。

「しかもさ、この俺のパートナーにするなんて、ね?後藤副隊長もトシの所為で、ヤキが回ったかなってさ。
俺に付いて来れんのかよ、足手纏いになるんじゃない?そう思ってたよ。でも宮田、俺の真似して付いてきた。どんな現場でも、」

信号も赤色灯とサイレンで走り抜けていく。
あざやかにハンドルを捌きながら国村が愉しげに笑った。

「おまえ、ほんと無謀だったよね?でも、付いてきた、この俺に。この5か月間での成長はね、マジすごいよ?
それどころか救急法についてはさ、今は俺よりずっと上だろ?だから思うよ、後藤副隊長の慧眼は、間違っちゃいないね」

きちんと国村は英二を見てくれている。
そして真直ぐ正直に想いを告白してくれた、こんな信頼が嬉しくて英二は微笑んだ。

「うん、ありがとう。俺、もっと努力するからさ。山のこと、レスキューのこと。それから昇進も、」
「だよ?おまえはね、俺のセカンドとして、キッチリ昇進して貰うよ?で、山岳会の発言権を守って貰わないとね」

ミニパトカーが山麓で停まった。
エンジンを停めてキーを抜きながら、底抜けに明るい目が心底うれしげに笑った。

「さ、俺の可愛いアンザイレンパートナー。今日も一緒にオシゴト、よろしくね?」

つい国村はこんな受け答えになる。
こんな救助の緊迫しがちな現場に真剣でも、どこか余裕あるパートナーが英二は好きだった。
きれいに笑って頷くと、英二は助手席の扉を開いた。

ミニパトカーから降りた雨降谷出合は、吐く息が白く凍りつく。
ザックを背負いながら見た道端に、沢登の装備をした大学生らしき男が佇んでいる。
どこか幼い雰囲気は1年生らしい、そうだろうと見当を付けながら英二は声を掛けた。

「青梅署山岳救助隊です、遭難救助の要請をされた方でしょうか?」
「はい…!」

地獄で仏、という顔はこんな貌だろう。
この瞬間いつも英二は、こんなふうに思わされる。
穏かに微笑んで頷くと英二は無線を後藤副隊長に繋いだ。

「こちら宮田です、いま雨降谷出合にて救助要請者と合流しました。今から入渓して宜しいでしょうか?」
「おまえさん達がトップか、すぐ現場に行ってくれ。俺も近くまで来てるよ、消防と合流次第、追いかける。で、様子はどうだい?」

何について「様子はどうだい?」なのかが可笑しい。
ジェスチャーで国村にGOサインを出して歩きながら、低めた声で英二は答えた。

「車中で一旦は噴火して鎮静しました、だから今は落着いています」
「そうか、良かったよ。まあ、任務には冷静になるだろうがね。ただ、後がちょっと怖いな」

ため息まじりの語尾に、ちいさく緊張と軋みが痛い。
そっと英二は後藤に尋ねた。

「厳しそうですか?」
「通報からは、そんな雰囲気だよ。宮田、処置を頼むな」

すこし沈痛なトーンが状況の厳しさを思わせる。
覚悟を肚に収めながら英二は微笑んだ。

「はい、最善を尽くします」

無線を切ると英二は凍れる雨降谷へ踏みこんだ。
冬の渓谷には雪が岩陰に蹲っている、岩表は谷の冷気に薄氷が張っていた。
この滑りやすい沢筋を、仲間の事故に動転した精神状態で降りることは大変だったろう。
案内に先頭を行く学生に英二は温かく笑んだ。

「この道を降られるのは、大変だったでしょう?」

英二の言葉に、緊張で固まっていた学生の顔がすこしほころんだ。
彼は素直に頷いて英二を見あげた。

「はい。でも、自分の指導の為に…先輩、事故に遭って…」

見あげて歩く目に涙があふれてくる。
まだ不安定な精神状態で彼はいる、それが当り前だろう。
ゆっくり頷きながら英二は、やわらかなトーンに口を開いた。

「山はね、思いがけないことが起きます。けれど援けは簡単には呼べません、自分の力しか頼れない。
自分が、勉強して訓練して、慎重に行動するしかありません。山では一瞬のミスが、取り返しつかないんです。
起きてしまったことは取り返せない、けれど今後のことは今から努力できますね?だから今も、気をつけて歩きましょう」

英二の言葉に学生は涙を指で払った。
まだ幼い顔を引き締めて彼は、小さく英二に微笑んだ。

「はい。俺、今も頑張って歩きます。だから、よろしくお願いします」

素直な学生の姿に、底抜けに明るい目が温かく微かに笑んだ。
そして歩きながら英二の肩に、こつんと軽く肩ぶつけてテノールの声が笑った。

「やっぱりさ、おまえは俺が見込んだ男だね?頼りにしてるよ、み・や・た、」

明るい目はうれしそうに英二を見てくれる。
これから沈痛な現場に立ち会う予感のなかで、こんな顔を見せてもらえる。
すこし明るい気持ちを起こされながら、英二はきれいに微笑んだ。

「こっちこそ、頼りにしてるよ?俺のアンザイレンパートナー、」
「おう、頼りにしなね?ほら、学生さんもね、安心して歩いてくださいよ」

からり国村が温かく笑ってくれる。
さっきまで沈黙していた国村の温もりにふれて、学生は安堵したように微笑んでくれた。
これでこの学生は、きちんと無事に落ち着いていくことが出来るだろう。
けれど本当の困難は、これから歩いた先で向き合うことになる。

―どうか、今日も無事に受けとめる事が出来ますように、

スカイブルーの救助隊服の胸元に、そっと英二は長い指でふれた。
アウターシェル越しの指先に、合鍵の輪郭がふれてくれる。
この合鍵の持主に祈りながら英二は、凍れる沢筋を遡行して行った。

遭難現場の大滝下に着くと、必死に心肺マッサージをする学生の姿があった。
泣きながらも冷静に処置を行っている学生は、英二と年が変わらない雰囲気でいる。
そっと傍に膝をつくと、穏かに英二は声を掛けた。

「失礼します、青梅署山岳救助隊です。交替しても、よろしいですか?」

声に顔をあげた学生は憔悴した蒼さに英二を見つめた。
その貌には絶望と、一縷の望みにすがる痛切が刻みこまれている。
痛切な想いを見つめながら、英二は穏やかに微笑んだ。

「がんばりましたね?後は任せて頂けますか?」

英二の言葉に学生の表情がすこしゆるんだ。
けれど、唇からこぼれたのは哀しい現状だった。

「はい…でも、もう…心臓が動かないんです…!」

学生の目から涙がこぼれ落ちていく。
この学生と英二は2歳位しか年齢が違わない、けれど立っている場所の今の違いが痛い。
それでも英二は微笑んで、そっと彼の掌を両掌でくるんで救助者から離してやった。

「解りました、診させて頂きますね?」

おだやかな声に彼の目を見つめて英二は頷いた。
感染防止グローブを手に嵌めながら英二は、傍らに片膝ついた国村に微笑んだ。

「記録、よろしくお願いします、」
「はい、了解です、」

いつもの手帳を開いてペンを握った国村の、細い目が微かに笑ってくれる。
きっと国村も英二と同じ見解でいる、言わなくても繋げられるパートナーの紐帯に英二は微笑んだ。

「はい、ではリフィリングテストから始めます、」

意識と反応が無い右手首を、そっと長い指の掌で包み込む。
くるんだ手首にも指先にも、凍れる沢水の冷気が透りこんで生命の気配は消えていた。



数値の無い記録を取り終えると国村は、心肺マッサージを行っていた学生に向き直った。
これから事情聴取をしなくてはいけない、この遭難の経緯を確認し報告する必要がある。
その隣で英二は、眠れる学生の冷たい外傷にガーゼと包帯で手当てを始めた。

もう手当てなど、無意味かもしれない。
それに刑事課員に引き渡して検案所へ向かえば、検案の為に包帯は外すだろう。
それでも英二は、少しでも早く彼を、きれいな姿に整えてやりたかった。

あの初めての死体見分のとき、吉村医師は丁重に死者を扱い敬意を示す姿を教えてくれた。
あのときの教えの通りに英二は、いつも向き合うことに決めている。
だから今も、この学生の冷たい体にも少しでも敬意を表したい。
そして今も、この学生の友人達が遺体を見つめている。この心の叫びが無声でも聞こえてしまう。
けれど、こうして今すぐ整えることで痛みは、少しでも軽くなれるだろう。

「…ルートが分からなくて。下でアンザイレンして、僕がトップで登りだしました。
あの25メートルくらい上のバンド、あそこで3人揃ったんですけど、直登できなくて…右壁を巻くように、僕が登りました。
30メートル上の安全地帯に抜けて、上から自分が確保したんです。それで1年生が登りだした時、下でドスンって音がして…もう、」

リーダーの3年生が言葉を詰まらせながらも状況説明をしていく。
彼の言葉の途切れを引き取って、1年生が落着いた声で話し始めた。

「バンドを見ましたが先輩は見えませんでした。それでリーダーに報告してから、バンドまで僕は戻りました。
けれど先輩はいなくて。それでザイルをセットして、探しながら2人で下降しました。そして滝壺に俯せた先輩を見つけたんです」

2人の話を白い手のペンが動いて手帳にまとめていく。
手を動かしながらテノールの声が2人に尋ねた。

「はい、よく解りました。バンドから滑落した時、彼はセルフビレーは取っていましたか?」

一瞬の沈黙に滝音が響いていく。
この答えは当然、国村も予測しているだろう。
きっと帰ってくる答えの内容と、それへの怒りを感じながら英二は最後の包帯をカットした。
ぱさり、包帯のカットされる音のむこう、掠れる沈痛な声が響いた。

「…いいえ、取っていませんでした…!」

リーダーの学生が答えて、両掌で口を覆った。
覆った口もとから嗚咽が涙とこぼれていく、それでも学生は言葉を続けた。

「俺が、注意すればよかったんです!ちゃんとセルフビレー取れよ、って。
バンドも凍っていた、だから…だから、滑りやすかったのに!フォローに必死で、あいつ自分のこと忘れたんです!
いつもそうだ、いつも人のことで一杯になって、自分のこと忘れて…それで、自分がとうとう、あんなことになって…!」

口もとの掌が顔全体を覆っていく。
顔を覆う掌から温かい雫がこぼれて沢へと砕け落ちた。そしてもう、彼の言葉は涙の底へと沈み込んだ。

「そうだね、あんたが悪いよな?」

テノールの声が滝音の底で低く透った。
声に顔をすこしあげた英二の視線の先で、細い目は冷静に学生を見つめている。
じっと見つめながら国村は、低く透る声で学生に告げた。

「いいか?あんたがリーダーだ。それは今も進行形だよ、1人死のうが変わらない。
下山するまで、あんたがリーダを務めなくっちゃいけない。だからさ?この1年坊主の気持ちを考えてやれ。いいか?」

呼びかけに学生は掌をゆっくりと下げていく。
真赤になった目を真直ぐに見つめながら、国村は言葉を続けた。

「フォローで必死になって自分を忘れた、確かにそういうイイヤツなんだろね?
でもな、自助が山の原則だ。自分のミスは自分が悪い、それが他人の気遣いの為でも許されない。
相手の為のミスでも、ミスれば逆に迷惑をかけるんだ。今もそうだ、あんたが言った言葉でね、一年坊主は傷つくんだよ。いいか?」

赤い目を見つめる細い目が、透徹な視線で学生を見つめている。
真直ぐに見つめるテノールの声が渓谷ごと透った。

「起きたことは戻せない、死んだ人間は甦らない。生きている今を考えるしかない。
だったらね、死んだヤツのフォローするよりも、生きているヤツのフォローを優先してやれ。いいか?あんたはリーダーだ。
この生きている1年坊主がね、今回で『山』にトラウマ持ったらさ、あんたの責任だよ?だから今すぐ、キッチリ責任を果たせ」

低く透るテノールが雨降谷をぬけていく。
透りゆく声に、真赤な目は落着いた責任感の重みを取り戻し始めている。
きっともう彼は大丈夫だろう、そんな思いに英二は自分のアンザイレンパートナーを見た。
その視線を受けながら、細い目は透徹した色に学生たちへ微笑んだ。

「さて、責任の手始めだよ?あいつに合掌してやりな、そして約束してやるんだ。立派な山ヤになります、ってね」

細い目の、透徹な瞳の色は落着いている印。
いまの国村は「山ヤの警察官」として端正に佇んでいる。
そんな国村の眼差しに2人の学生は、醒めない眠りに入った友人に合掌を手向けた。
きっともう大丈夫だろう、穏かな静謐のまま英二は2人に笑いかけた。

「山ヤが山で死ぬだけだ、それが山ヤの本望だ。私の尊敬するひとは、そう言っていました。
けれど、これだけは覚えておいてください。どんな遭難死も、遺された人の心に傷を遺してしまいます。
そんな傷は、私たち救助隊も見たくありません。だからお願いします、学んで正しい経験を積んで、笑顔で山に登り続けて下さい」

静かな微笑に2人の学生は素直に頷いてくれる。
その泣きはらした目の底に勁い意志を認めて、おだやかに英二は微笑んだ。
そうして眠る学生の顔に、そっと静謐の白布をかけた。



(to be continued)

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