萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第37話 冬麗act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2012-03-26 22:33:15 | 陽はまた昇るanother,side story
麗らかな冬の陽に、




第37話 冬麗act.1―another,side story「陽はまた昇る」

当番勤務が明けて新宿署独身寮に戻ると、周太は急いで勤務明けの風呂を済ませて着替えた。
実家に帰る仕度の鞄とダッフルコートを持って、自室の扉を開ける。
そのときポケットで携帯が振動した。

…英二?

きっとそうだろう。
今朝も6時頃に「無事下山」とメールを入れてくれた。
クライマーウォッチを見ると9時前、いま北岳からの帰路だろう。
すぐ本当は携帯を開きたかったけれど、そのまま周太は廊下に出た。
そこに丁度、同期の深堀が通りかかって笑いかけてくれた。

「おはよう、湯原。今から実家、帰るんだ?」
「おはよう深堀、そうだよ、今から帰るとこ…深堀は今日は、当番勤務だよね?」
「そうだよ。今日ってさ、宮田が帰ってくるんだろ?よろしく伝えてね、」
「ありがとう、またね?」

笑いあって別れると、周太はまた急いで廊下を歩いた。
同期の深堀は警察学校の遠野教場から一緒だったから、英二のことも知っている。
けれどまだ、英二が正式にクライマーとして任官したことは、きっと知らないだろう。
本来なら卒配期間が終わってから本配属が決まる、でも英二だけは既に決定した。

英二は一般警察官枠からクライマー専門枠での任官に切り替えられた。
そして卒配5ヶ月目で初任科総合の前にも関わらず、青梅署山岳救助隊に本配属された。
これはイレギュラーなこと、それでも英二には特別措置が取られている。
この事情に就いてはまだ周太もすべては把握していない。

…その話も今回、してくれるのかな、

当然ながら、すこし難しい話もあるのだろうな?
考えごとしながら独身寮出口の階段を降りて、通りに出ると周太は携帯をポケットから出した。
開いた画面に表示された予想通りの送信人を見て、幸せに周太は微笑んだ。

from  :宮田英二
subject :竜ヶ岳より
添付ファイル:竜ヶ岳山頂と冬富士
本  文:いま帰り道に、竜ヶ岳という山に登ったところです。本栖湖の近くで富士山が本当に綺麗に見えるよ。
     わりと楽に登れる山だし、いつか連れてきてあげたいな。15時には帰ります。周太のコーヒー飲みたいよ。

メールが届いたと言うことは、電波の届くところにいる。
もう車に乗るのだから、車で充電も出来るから大丈夫だろう。
そんな2つの条件に微笑んで、着信履歴から通話を繋ぐと駅へ歩き始めた。
すぐに1コールで電話は繋がって、大好きな低い声が微笑んでくれた。

「おはよう、周太?」

3日ぶりに聴いた、声。
ちゃんと無事に今度も山から下りて来てくれた。
ずっと聴きたかった声の無事が嬉しい、そして3日ぶりが気恥ずかしい。
うれしさと気恥ずかしさに微笑んで、周太は久しぶりの朝の挨拶をした。

「おはよう、英二…いま、竜ヶ岳ってとこにいるの?」
「うん、本栖湖の近くなんだ。富士山がきれいに見えるって、有名なとこらしい。それで国村、いま写真を撮ってる」

前に見せてもらった光一の写真は見事だった。
きっと今回も素敵なんだろうな?見せてほしいと思いながら周太は訊いてみた。

「光一、カメラ使ってるんだ?…見せてもらったんでしょ?」
「見せてもらったよ?北岳がすごく良い、あとで見せてもらうと良いよ、」

あとで。そう言ってもらえるのは嬉しい。
すぐに逢えるから「あとで」と言える、こんな言葉1つも幸せが温かい。
この言葉に籠る温もりに、寂しかった3つの晩がすこしずつ溶けていく。
この3日はメールだけでも嬉しかった、無事の知らせが幸せだった。

けれど、ほんとうは、寂しかった。

いつも21時に鳴る専用の着信音が鳴らない。
そんな夜が寂しくて堪らなかった、声すら聴けない現実が辛かった。
けれど6時間後には声だけじゃない、顔を見つめて触れることが出来る。
あと6時間後に幸せを無事迎えられることを祈りながら、周太はおねだりをした。

「ん。…あのね、気をつけて帰ってきて。ごはん作って、おふろ沸かすから…あと、ふとん干しとくから…ね、」

ふとん干しておくから一緒に寝て?
本当はそう言いたかったのに、気恥ずかしさで声が小さくなった。
でも英二なら解ってくれるだろう、でもお願いを聴いてもらえるだろうか?
熱くなる頬を気にしながら歩いていると、きれいな低い声が電話むこうから微笑んだ。

「うん、気をつけて帰るよ?でね、周太。今夜は国村が一緒だから、周太とは一緒に寝れないかな、って思うけど…」
「そんなの嫌、なんで一緒じゃないの?」

即座に疑問をぶつけてしまった。
今夜はなんで一緒じゃないのか?これくらい本当は解かっている。
解かっているけれど、今日は敢えて「一緒が良い」とわがままを言いたい。
今日は絶対にこのワガママは通そうと決めている、そんな決意を大好きな声が諭し始めた。

「国村ひとりで寝かす訳に行かないだろ?なにより、国村は周太のこと好きなんだから。なのに俺と周太が一緒だったら、」

光一が寂しい想いをするから。
きっと英二はそう続けるつもりだと解っている。
けれど周太は知らないフリをして正直にワガママを言った。

「解からない、知らない、…あいしてるんならいうこときいてもらうから、」
「愛してるよ、周太?北岳でもね、周太のこと、いっぱい考えて来たよ?だから周太、国村のことも考えてほしいな?」

英二が言いたいこと、きちんと解っている。
けれど今日は絶対に譲りたくはない、相手が大好きな初恋の相手でも退きたくない。
3日間は鳴らない着信音が寂しかった、この寂しさが余計に募ったのは「英二と光一が一緒」だった所為もある。
第2峰の北岳は標高3,000mを超えた雪と氷が支配する冷厳の世界、そんな余人が踏込めない場所で2人きり過ごす。
そのことに周太は嫉妬していた、クライマーなら山ヤなら普通のことだと解っていても羨ましかった。
こうまでは富士山の時は考えないでも済んだ、けれど今回の北岳で気がついた。

富士山の時は有人の山小屋で宿泊客も他にいたし、前泊を入れて2泊だった。
けれど北岳は一般登山客もない厳冬期の幕営で3泊完全に2人きり、しかも電話も出来なかった。
ひとり自分が都会の雑踏に佇む同じ瞬間に光一は、厳しさと美しさが表裏する世界で英二を完全に独占めしていた。
英二を完全に独占できる光一と独りぼっちな自分の落差が哀しくて堪らなかった。
哀しくて寂しくて、光一を好きな分だけ逆に嫉妬が募って苦しかった。

だから本当に「今日」が待ち遠しかった。
けれどこうした「2人きり」は今回で終わりじゃない。
この先さらに高峰を登っていく以上、こうした2人だけの山行が増えていく。
だから我慢も嫉妬も今回が「始まり」に過ぎない。

英二と共に生きたいなら、どんなに嫌でも寂しさに馴れて超えるしかない。
もしそれが出来ないのなら、英二の帰りを迎えることは不可能になってしまう。
それが解かるから3晩とも我慢して寂しさに馴れる努力をしていた、哀しくてもメールに書かず飲みこんだ。
きっと今日は逢えると信じて待って、逢ったらワガママ聴いて貰えると自分に言い聞かせて耐えきった。
だから今日はもう周太に英二を返してほしかった、ワガママだとしても欠片も譲歩したくない。

それに新宿と奥多摩にまた離れてしまえば、周太は英二の傍には居られない。
だからせめて今日は周太に英二を独り占めさせてほしい、ワガママ全部聴いてほしい。
こんなの恥ずかしいし、みっともないと解っている。それでも今日は好きにさせて欲しかった。
額まで熱くなってくるのを感じながらも、周太はきっぱりとワガママを言った。

「嫌。ずっと電話も我慢していたんだから。今日は言うこと聴いてもらうんだから…あ、電車来た、あとでね」

急いで電車に乗り込みながら周太は通話を切った。
扉の脇に立つと動き出した振動のなかで、周太は1通のメールを作った。

To   :宮田英二
Subject:お願い
本 文 :今日は独りにしないで?今夜食べたいものメールして。

今夜はたくさん、ごはんを炊こう。
いっぱい食べてもらって、たくさん幸せな笑顔を見せてほしい。
きっとそういう笑顔を英二は沢山見せてくれるだろう、きっと光一も笑ってくれる。
こんなふうに「きっと」って思えることは、このあと逢えると解っているから。
けれど「周太が英二と一緒に眠って貰えるか」は「きっと」は解からない。

今回は光一が初めて家に来てくれる、そのことは素直に楽しみだし嬉しい。
でも光一に対して「大好きな初恋のひと」と「嫉妬」2つの感情がクロスする。
この「嫉妬」は光一とだけ一緒にいる時はあまり思わない。
けれど英二が一緒だとつい意識してしまう。

光一のことが周太は大好きで、大好きになるほど光一が素敵なことがよく解ってくる。
だからこそ逆に、光一の方が英二に似合うと想えて嫉妬してしまう。
ふたり並んだ姿に嫉妬して、仲間外れの寂しさが起きあがる。
そのことが「独りにしないで?」の一文になった。

…もし英二が、光一とばかり一緒にいたら、嫌、だな

すこしまえに見た、雪崩に受傷した肩を見せたときの光一の姿。
あの雪のように透明な肌まばゆい姿が、ときおり周太の心を刺して痛い。
あんなに光一が美しいのでなければ、こんな嫉妬も少なかったかもしれない。
こんな嫉妬の対象と、大切な初恋相手が同一人物でいる。
この矛盾が不思議で時に苦しい。

光一のことが心から大切だから寂しい想いはさせたくない。
けれど光一がいつも英二と一緒にいられることが、羨ましい嫉妬も本音でいる。
山でも業務でも寮でも、どんな時でも英二の傍にいられる能力と立場を備えた光一が羨ましい。
だからもし周太が英二と一緒に暮らせるようになれば、嫉妬も随分と減るのだろう。

だったら警察官をすぐ辞職して、英二の傍に行けば良いと思ってしまう時がある。
本当はそう出来たらいいのにと考えてしまう、でも父のことを想うと出来ない。
なにより自分で決めた道を、自分自身が裏切ることは出来ない。
決めた道を息子として貫いて父の姿を正しく受けとめたい。

ワガママで弱い自分だからこそ逃げたくない。
逃げずに貫き通すことで、すこしでも勁い自分になってみせたい。
父の真実の姿に向き合っていきたい、光一に美代に向き合っていきたい。
そうしたら英二に相応しい自分に近づける、きっとこんな嫉妬も減るだろう。
そんなふうに自分と向き合えたなら少し「大きい心のひと」になれるかもしれない。

あの日に見た光一の雪白まばゆい体。
あんなふうに大きくて美しい体を自分は備えていない。
けれど自分は自分の「美しい姿」を目指せばいい、体は小さくても心は大きく出来る。
そのために自分が何が出来るのか?まだよく解らないけれど「正直」ではいたい。
このいま自分が本当に大切にすべきこと、それを見誤らない正直さを守りたい。

今回は自分の家で、光一と英二と2人同時に接することになる。
この今も抱いている「嫉妬と初恋の矛盾」に悩むかもしれない。
今回はどんな時間を過ごし、どんな記憶と想いを見るだろう?
なにもまだ解らない、けれど今いちばん大切にしたい事は確かに1つある。

英二を独り占めしたい、ふたりきりの時間がほしい。

これは子供じみたワガママ、それでも正直な本音。
これしか確かには解からないから、尚更ワガママに正直でいたい。
きっと拗ねていると言われるだろうし、光一はからかってくるかもしれない。
それでも今日いちばん大切にしたいことは「英二との時間」だから正直にワガママしたい。
ワガママ言ってでも正直な自分のまま「今」を大切にしたい。

どうか英二、愛しているならワガママを受けとめて?
そうしたら「受けとめられた」幸せな記憶が嫉妬から自分を援けてくれるから。
そうしたら受けとめられる信頼に応えたくて、弱虫な自分だって勁く頑張れる。

本当はワガママを言うのは怖い。
もし受けとめられなかったら哀しくて自信すら失ってしまう。
けれど英二ならと信じている、恋の奴隷だと言ってくれた英二の真意を信じたい。
どうか英二、言うこと聴いてね?精一杯の勇気と一緒に周太は送信ボタンを押した。



陽だまりの台所にエコバッグを置くと周太は、コートも脱がずに携帯を開いた。
ハーブ類を栽培している明るい出窓の傍へと歩きながら、受信ボックスを開いていく。
着信してから何度も読んでいる1通のメールを、また選んで「開封」をする。
ひとつ開いたメールの文面に、うれしくて周太は微笑んだ。

From:宮田英二
subject:食べたいもの
本 文 :国村は蕪蒸だと言ってるよ?
    俺はね、肉じゃがと鶏の胡桃焼きが食べたいな。
    この2つは前にも周太が作ってくれたけど、また食べたいって思っていたんだ。
    俺の本音はね、
    周太だけ見つめて、一晩中ずっと愛しているって囁いて、抱きしめていたい。
    でも今夜は国村が来てくれるし、お母さんもいてくれる。
    だから今夜は、みんなで過ごす時間を楽しめたら良いなって想うよ。
    それでね、これはお願いだけど。改めてまた俺に時間を作ってくれるかな?
    周太とふたりの時間は俺にとって大切なんだ。だからお願い聴いてほしいよ?

英二にしては長いメールをくれた、それがまず嬉しい。
なにより書かれている内容が嬉しい、嬉しくて周太は小さく声にしてみた。

「…また食べたい…一晩中ずっと…大切、お願い聴いて?」

こんなふうに想ってくれていた。
いま離れていて、英二は光一と山にいる。
それでも英二はこんな本音をメールに籠めて贈ってくれた。
離れていても「心」は、独り占め出来ているのかもしれない?
そんな想いと一緒に周太は左手首のクライマーウォッチを見つめた。

…英二、俺のクライマーウォッチを、ずっと見てくれているね?

いま英二の左手首には周太が贈ったクライマーウォッチが時を刻んでいる。
いま周太の左手首に嵌めてあるのは、クリスマスまで英二の大切な時を刻んでいたものだった。
そんな大切な英二の時計だったから欲しくて、自分が贈った時計と交換に譲ってもらった。
そして、こんなふうに「腕時計を交換」して婚約の証にもする事を、英二は教えてくれた。
そんな大切な意味があることを、あの時まで自分は何も知らなかった。

「…ん、なんか、婚約してね?って…おねだりになって…はずかしいな?」

想い出すと恥ずかしくて顔が熱くなってくる。
けれど無知だったおかげで切欠が出来て、年明けに英二から正式に婚約を申し込んでくれた。
あのとき贈ってくれた婚約の花束から1種類1本ずつ押花にしてある、それを時おり眺めるたびに幸せになる。
あの花束に添えられたメッセージカードも心から嬉しくて、宝箱のトランクに大切に仕舞いこんだ。

あの花束には、この国の最高峰と同じ名前の花もあった。
そんなふうに夢と誇りも籠めて「生涯を共にしたい」と告げてくれた信頼が嬉しかった。
その信頼に応えるには今回3つの晩に見つめた、寂しさも嫉妬も超えなくてはいけない。
この意味を想いながら周太は、もういちどメールを心に読んだ。

…ふたりの時間は、大切

自分と同じように英二は想ってくれている。
このことが1つ自信になって心に温かい、温もりがまた1つ勇気と勁さを育んでくれる。
また1つ見つめた温もりの嬉しさに微笑んで、周太は携帯を閉じてポケットに戻した。
2人の到着予定が15時だから、14時半を目標に仕度を整えておかないといけない。
出窓から離れて流しで手だけ洗いながら、周太は小首を傾げた。

「…手洗いうがいして、部屋にコートと鞄置いて。おふとん干して…掃除、花を活け替えて…下拵えして、」

手順を独り言に整理しながらエコバッグの中身を冷蔵庫に入れていく。
いま左手首のクライマーウォッチは10:38、これから4時間弱で全てきちんと終わらせる。
考えながら冷蔵庫にしまい終わると、周太は鞄を開けて小さな袋をいくつか出した。
このあいだの休暇で奥多摩に行った時に、美代から貰った珍しい野菜の種が入っている。
今が蒔時のものを選んでくれたから、これを庭の菜園に蒔くことも大切な用事だった。

「…水につけておくのは、これとこれ。こっちはそのまま蒔く、ね」

ちいさな受皿を種類の数だけ出して水を張ると、種を入れて出窓の隅に置いた。
これを明日の朝に蒔くことを、忘れないようにしないといけない。

「…メモ、しておこうかな?」

ちいさく呟いて周太はサイドテーブルにあるメモとペンをとった。
さらり「朝、種まき」と書いてメモを切り取ると、冷蔵庫側面のメモスペースに自分用のマグネットで挟みこむ。
これでもし自分が忘れていても、明日の朝ここを確認した時に気がつくだろう。
ちょっと安心して母用のマグネットを見ると周太宛のメッセージが挟んである。
母からの依頼に微笑んで、周太はメッセージを読んだ。

 周太へ
 お帰りなさい、おつかれさま。
 お客様用ふとんを全部、干してくれるかな?
 帰りは18時半くらい?の予定です。
 冷蔵庫に鰆の西京漬と梅蓮根があります、お昼ごはんに良かったら食べてね。 母より

「…ふとん、全部?」

つぶやいて周太は首筋が熱くなった。
たぶん母に行動を読まれている?その読まれた行動が恥ずかしい。
赤くなりながら周太は鞄を持つと、そのまま洗面室へと向かった。
洗面台の前に立つと蛇口をひねって手を洗い、いつも通り口を漱ぐ。
それから冷たい水で周太は思い切り顔を洗った。

…おかあさん、お見通しなんだ…1組しか干さないだろうって、

ほんとうは、客用ふとんは1組だけ干すつもりでいた。
あとは自分と母のベッドの一式をそれぞれ干そうと思っていた。
これなら夜に寝床を延べるとき、客用ふとんは1組しか使えなくなる。
この客用ふとんは標準サイズだから、180cm超の大柄な英二と光一では1組を2人では使えない。
そして周太は小柄だしベッドは広いから、どちらか1人が周太と一緒にベッドで寝ることになるだろう。
こうなれば光一は周太と一緒に寝ることは必ず遠慮する、「危ないから」と周太から遠のくだろう。
そうしたら、英二が周太と一緒に寝てくれることになる。

…ちょっとずるい方法だけど、これなら一緒に寝れる、って想ったのに…

こんな計算をして、客用ふとんは1組だけ干すつもりだった。
けれど母に「お客様用ふとんを全部、干してくれるかな?」とお願いされてしまった。
こんなふうに母にお願いされたら周太は素直に頷いてしまう、それを母がいちばん知っている。
すっかり母から上手な先手を打たれてしまった。

…もう、観念するしかない、よね

ちいさな呟きを心にこぼして、ほっと周太はため息を吐いた。
もう顔の熱りも冷やされた、きちんと蛇口をしめると周太はタオルで顔を拭った。
きっと、帰ってきたら母に可笑しがられるのだろうな?
そんな予想を想いながら周太は洗面室の扉を開いた。



午前中に掃除まで済ませると、鰆の西京焼と梅蓮根で昼食の膳を整えた。
汁椀は夕食の下拵えも兼ねて作った出汁を取り分けて、焼麩を浮かべた澄し汁にしてある。
これに冷凍庫のご飯を温めて、陽だまりふるダイニングの膳に周太は座った。
いただきますと箸をとると、飾り窓から白梅の可愛い一輪が覗いている。
もう梅が咲く季節、春がすぐそこまで来ているという事だろう。

…あと4ヶ月で本配属、

ぽつんと心こぼれた呟きに、周太は軽く首を振った。
本配属になれば辛い日々が始まるだろう、それを想うと覚悟と一緒に哀しみもこみあげる。
けれど今この時は、小春日和に開いた梅の姿を寿ぐほうが大切だろう。
食事の箸を進めながら、愛らしい梅の姿に周太は微笑んだ。

「…今年もね、可愛い花を、ありがとう」

北庭の梅が一輪開いたなら、たぶん南の表庭はだいぶ咲きだしている。
帰ってきた時は、英二のメールを早く読みたくて玄関扉しか見ていない。
それで庭の様子も全く見ずに家に入ってしまった。

…ごはん済んだら庭に出て、花を摘んで…すこし手入れもしたいな

庭の花を摘んだら、家中の花を活け替えないといけない。
お客様があるときは花を活け替える、そんなふうに周太は幼い頃から教わった。
今日は光一が初めて来てくれる、お客様としてきちんと持成さないといけない。

梅の木からも一枝、花を分けてもらおうかな?
剪定がてらに調度いい花枝を、すこし伐らせて貰えたらいい。
光一は兼業農家の警察官で自家の梅林を愛している、梅を活けておいたら喜ぶだろう。
どの花活が似合うかな?考えながら周太は、北庭の梅を眺めて昼食を楽しんだ。



(to be continued)

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