都会の一隅で
第85話 春鎮 act.3-another,side story「陽はまた昇る」
畳やわらかな光ふる。
ブラインド透けるのは昨日より少し明るい、でも霞む空。
「せまい部屋だろ?」
低い響く声すこし笑う、そのトーンどこか明るい。
その瞳も沈毅なくせ明るく見えて、周太は微笑んだ。
「静かでいいですね、都心なのに…」
ちいさくて静かな空間、この居心地なつかしい。
―僕の屋根裏部屋みたいで、ね…?
ちいさな部屋、窓ふる空の高み、静かな空気。
しばらく帰っていない自分の部屋、その想いに沈毅な瞳が笑った。
「防音はよくしたらしい、あの医者も街の騒がしさは苦手みたいでな、」
畳に胡坐かく、その眼ざしは柔らかい。
けれど言葉すこし寂しくて、そんな先輩に笑いかけた。
「僕も静かなほうが好きです…伊達さんもでしょう?」
「そうだな、」
応えながら電気ポット押して、こととっ、マグカップに湯が落ちる。
ゆるやかな湯気から馥郁のぼる、あまい香に先輩が笑った。
「インスタントで悪いな湯原、あの医者ほんと台所無精でな?ティーパックも置けないんだ、」
あの医者、そう呼んで二重瞼かすかに笑う。
こんな呼び方しかできない、その想いに尋ねた。
「あの…ここ伊達さんの部屋なんですか?」
「客間だろうな、」
低い声が答える、その唇が素っ気ない。
―客間…なんだ、ね、
客間、ようするに誰の部屋でもない。
座椅子ひとつに小さな座卓、焦茶色のカラーボックスとソファベッド。
あまり生活感はない、それでも本数冊ならぶ部屋、そこにある家族の姿は?
『俺の家は男所帯でな、祖父と父と弟と毎日4人分の飯を作ってたんだ。母親は出ていった、弟の喘息のことも居辛い理由だったらしい、』
出ていった、そして医者になった母親。
それでも繋がりは消えていなくて、けれど「客間」でしかない。
ただ「あの医者」とだけ呼ぶ唇、もう母として呼ばないのだろうか?
「おい湯原、なんて顔してんだよ?」
呼ばれて顔あげて、沈毅な瞳すこし笑っている。
その眼ざしに申し訳なくて頭下げた。
「すみません、あの…」
なんて言えばいいのだろう、こんなのは。
解からないまま首すじ熱昇りだす、やるせない想いに先輩は笑った。
「ほんと湯原は憎めないな、ほら、」
マグカップ一杯やわらかに笑ってくれる。
鋭利な顔立ち、けれど温かい手から受けとった。
「すみません…ありがとうございます、」
「ああ、インスタントだがわりといける、」
あまい香と笑ってくれる。
鋭利なクセやさしい眼に微笑んで、ひとくち紅茶ほっと息吐いた。
「いいにおい…桃のかおりですか?」
「うん、たまにはな、」
やわらかな香に浅黒い顔がうなずく。
このひとが桃を選ぶ?意外なようで納得で、微笑んで言われた。
「蒔田地域部長から呼ばれた、」
なぜ?
「…どうして、」
疑問こぼれて、すぐ気づく。
なぜ呼ばれるのか、呼ぶのか、低い声すこし微笑んだ。
「湯原のことを尋問された、どこまで知ってるか誘導されたぞ?」
尋問、その単語に記憶が映りだす。
遠くて近い春の庭、その隣にいた面影の言葉。
『奥多摩の山には山桜がたくさん咲くよ、』
がっしり厳ついスーツ姿、でも瞳が優しかった。
あのひとが自分のパートナーを呼んだ、その意図は何だろう?
『お父さんとは違うクラスだけど同じ学校でトップ争いしていたんだ、おじさんがずっと2位だったけどね。だから悔しいはずなのに好きなんだ、』
そんなふう話してくれた「蒔田」の横顔は、父の葬送に咲く山桜の下。
「蒔田さんが伊達さんを…?」
言葉こぼれて見つめてしまう。
なぜ今このタイミングで呼んだのだろう?見つめた真中、沈毅な瞳すこし笑った。
「笑顔だけど怖かったぞ?ノンキャリで昇っただけある、」
「怖かった、ですか…、」
言葉くりかえし記憶たぐる。
もう14年が過ぎてしまった、それから庁舎で見たこの秋。
「…蒔田さんは地域部長ですよね、どうやって伊達さんを呼びだしたんですか?さ…僕たちは所属も明らかじゃないのに、」
警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 通称SAT
そこに所属する者は履歴書から抹消される。
所在不明にするほど危険が伴う、それは超法的かつ暗部を担う立場。
そんな場所で自分も伊達も生きてきた、その所在不明どうやって掴まえる?
「簡単だよ湯原、地域部長なら開けるファイルだ、」
低い声が答えてくれる、その言葉ほっとタメ息吐いた。
「そうでしたね…上の人なら閲覧可能なんですね?」
「ああ、地域部長は最前線の長だしな、」
応えてくれる声は低く落ちついている。
エアコンの音かすかな畳の部屋、座りこんだソファでマグカップそっと握った。
「伊達さん…もしかして待っていたんですか?蒔田さんのこと、」
そうかもしれない、この男なら。
それくらい怜悧な眼ざしが少し笑った。
「待ってたよ、関わるなら接触あると思ってな、」
ほらそうだ、このひとは。
だから落ちついているのだろう、そんな有能が訊いた。
「湯原、庁舎の窓で俺に訊いたこと憶えているか?12月の初めごろだ、」
ことん、記憶ひとつ敲かれる。
(to be continued)
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harushizume―周太24歳3下旬
第85話 春鎮 act.3-another,side story「陽はまた昇る」
畳やわらかな光ふる。
ブラインド透けるのは昨日より少し明るい、でも霞む空。
「せまい部屋だろ?」
低い響く声すこし笑う、そのトーンどこか明るい。
その瞳も沈毅なくせ明るく見えて、周太は微笑んだ。
「静かでいいですね、都心なのに…」
ちいさくて静かな空間、この居心地なつかしい。
―僕の屋根裏部屋みたいで、ね…?
ちいさな部屋、窓ふる空の高み、静かな空気。
しばらく帰っていない自分の部屋、その想いに沈毅な瞳が笑った。
「防音はよくしたらしい、あの医者も街の騒がしさは苦手みたいでな、」
畳に胡坐かく、その眼ざしは柔らかい。
けれど言葉すこし寂しくて、そんな先輩に笑いかけた。
「僕も静かなほうが好きです…伊達さんもでしょう?」
「そうだな、」
応えながら電気ポット押して、こととっ、マグカップに湯が落ちる。
ゆるやかな湯気から馥郁のぼる、あまい香に先輩が笑った。
「インスタントで悪いな湯原、あの医者ほんと台所無精でな?ティーパックも置けないんだ、」
あの医者、そう呼んで二重瞼かすかに笑う。
こんな呼び方しかできない、その想いに尋ねた。
「あの…ここ伊達さんの部屋なんですか?」
「客間だろうな、」
低い声が答える、その唇が素っ気ない。
―客間…なんだ、ね、
客間、ようするに誰の部屋でもない。
座椅子ひとつに小さな座卓、焦茶色のカラーボックスとソファベッド。
あまり生活感はない、それでも本数冊ならぶ部屋、そこにある家族の姿は?
『俺の家は男所帯でな、祖父と父と弟と毎日4人分の飯を作ってたんだ。母親は出ていった、弟の喘息のことも居辛い理由だったらしい、』
出ていった、そして医者になった母親。
それでも繋がりは消えていなくて、けれど「客間」でしかない。
ただ「あの医者」とだけ呼ぶ唇、もう母として呼ばないのだろうか?
「おい湯原、なんて顔してんだよ?」
呼ばれて顔あげて、沈毅な瞳すこし笑っている。
その眼ざしに申し訳なくて頭下げた。
「すみません、あの…」
なんて言えばいいのだろう、こんなのは。
解からないまま首すじ熱昇りだす、やるせない想いに先輩は笑った。
「ほんと湯原は憎めないな、ほら、」
マグカップ一杯やわらかに笑ってくれる。
鋭利な顔立ち、けれど温かい手から受けとった。
「すみません…ありがとうございます、」
「ああ、インスタントだがわりといける、」
あまい香と笑ってくれる。
鋭利なクセやさしい眼に微笑んで、ひとくち紅茶ほっと息吐いた。
「いいにおい…桃のかおりですか?」
「うん、たまにはな、」
やわらかな香に浅黒い顔がうなずく。
このひとが桃を選ぶ?意外なようで納得で、微笑んで言われた。
「蒔田地域部長から呼ばれた、」
なぜ?
「…どうして、」
疑問こぼれて、すぐ気づく。
なぜ呼ばれるのか、呼ぶのか、低い声すこし微笑んだ。
「湯原のことを尋問された、どこまで知ってるか誘導されたぞ?」
尋問、その単語に記憶が映りだす。
遠くて近い春の庭、その隣にいた面影の言葉。
『奥多摩の山には山桜がたくさん咲くよ、』
がっしり厳ついスーツ姿、でも瞳が優しかった。
あのひとが自分のパートナーを呼んだ、その意図は何だろう?
『お父さんとは違うクラスだけど同じ学校でトップ争いしていたんだ、おじさんがずっと2位だったけどね。だから悔しいはずなのに好きなんだ、』
そんなふう話してくれた「蒔田」の横顔は、父の葬送に咲く山桜の下。
「蒔田さんが伊達さんを…?」
言葉こぼれて見つめてしまう。
なぜ今このタイミングで呼んだのだろう?見つめた真中、沈毅な瞳すこし笑った。
「笑顔だけど怖かったぞ?ノンキャリで昇っただけある、」
「怖かった、ですか…、」
言葉くりかえし記憶たぐる。
もう14年が過ぎてしまった、それから庁舎で見たこの秋。
「…蒔田さんは地域部長ですよね、どうやって伊達さんを呼びだしたんですか?さ…僕たちは所属も明らかじゃないのに、」
警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 通称SAT
そこに所属する者は履歴書から抹消される。
所在不明にするほど危険が伴う、それは超法的かつ暗部を担う立場。
そんな場所で自分も伊達も生きてきた、その所在不明どうやって掴まえる?
「簡単だよ湯原、地域部長なら開けるファイルだ、」
低い声が答えてくれる、その言葉ほっとタメ息吐いた。
「そうでしたね…上の人なら閲覧可能なんですね?」
「ああ、地域部長は最前線の長だしな、」
応えてくれる声は低く落ちついている。
エアコンの音かすかな畳の部屋、座りこんだソファでマグカップそっと握った。
「伊達さん…もしかして待っていたんですか?蒔田さんのこと、」
そうかもしれない、この男なら。
それくらい怜悧な眼ざしが少し笑った。
「待ってたよ、関わるなら接触あると思ってな、」
ほらそうだ、このひとは。
だから落ちついているのだろう、そんな有能が訊いた。
「湯原、庁舎の窓で俺に訊いたこと憶えているか?12月の初めごろだ、」
ことん、記憶ひとつ敲かれる。
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