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萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第30話 誓暁act.7~歳新―another,ide story「陽はまた昇る」

2012-01-01 04:08:45 | 陽はまた昇るanother,side story
※前半2/4~3/4R18(露骨な表現はありませんが念のため)

「いつものように」の願い




誓暁act.7―another,ide story「陽はまた昇る」

風呂を済ませると周太は風呂場のガスを落とした。
それからリビングのライトを消して、台所のガスをもう一度確認する。
ひとつずつ周太は戸締りをきちんと確認し終えると自室に戻った。
戻った自室には英二の姿は見えない、けれど気配が梯子階段からおだやかに感じられる。

…上の小部屋かな?

静かに上がった屋根裏の小部屋は、しんと鎮まる穏やかな静謐がどこか温かい。
ふる星と雪灯りにうっすら明るんだ部屋に、窓辺のロッキングチェアーで英二は眠っていた。
おだやかな白皙の貌と白いシャツの姿は、雪明り青い空間にほの白く浮かんで鎮まっている。
しずかな青い夜闇にうかぶような白い姿は清らかで、そっと周太はため息を吐いた。

…きれいなひと、

天窓を見つめたまま眠りに落ちたのだろう、すこし上向いた顎のラインときれいな首筋が夜闇にあざやかでいる。
眠る白皙の貌は深みの翳がきれいで、きれいな濃い睫の陰影が頬に蒼く映っていた。
おだやかな静謐の宝箱の小部屋で、この美しい愛するひとが眠っている。
きれいで静謐が美しくて、そっと息ひそめ周太は見つめていた。

「…っん、?」

ふっと英二の切長い目が開いた。
静かに開いた視線が周太の瞳を見つめてくれる。
おだやかに切長い目を微笑ませて、英二は長い指を伸ばしてくれた。

「おいで、周太?」

伸ばした長い指で周太の掌を惹きこんで、そのまま英二は周太を膝へと載せて抱きしめた。
こんなふうに膝に載るなんて気恥ずかしい、首筋が熱くなってくる。
けれど今からもっと気恥ずかしいことをする、そっと息つくと周太はゆっくり瞬いた。
今から「絶対の約束」を結んで英二のことを守りたい、そんな想いに英二を見つめて周太は微笑んだ。
見つめ返して膝に周太を抱きしめて、静かに英二は笑いかけてくれる。

「周太、いつから見つめていた?」
「ん、…ついさっき…英二、すぐに気がついてくれた」

笑って英二はキスをしてくれた。
穏やかに抱きしめられて微笑んで、見つめる瞳が幸せで。
ずっと見つめていきたい、そんな想いごと周太を抱き上げて英二が立ち上がった。

「周太、」

きれいに笑って額に額をつけてくれる。そして周太を抱き上げたまま英二は、木造りの梯子階段を下りた。
ほんとうに英二は力をつけて、すっかり自分を軽く抱き上げて運ぶようになっている。
そんな英二の変化にそっと息ついたとき、しずかにベッドへ周太を抱きおろしてくれた。
横たえられた周太に覆いかぶさるように英二が瞳を見つめてくれる、きれいに笑って英二は言った。

「周太、絶対の約束をね、結ばせて?…最高峰で俺は、周太の時計で時を刻むよ。
 俺は、最高峰で周太を世界一愛しているって想う。そして最高峰からも、俺は必ず周太の隣に帰る」

この愛するひとが最高峰で自分を想ってくれる。
最高峰の危険は怖い、けれど最高峰から想われることは本当に「世界一愉快なこと」だろう。
この愛するひとは山ヤの夢と最高のクライマーを支えて、一緒に楽しむために最高峰へ登っていく。
だから「世界一愉快なこと」を自分も一緒に楽しもう、穏やかに周太は微笑んだ。

「ん、…俺の時計と、登ってきて?
 そして俺のこと想いだして…必ず帰ってきて?…英二の時計で時間を見つめて、信じて待っているから」

そう、自分は信じている。
信じて立つために必要な勇気は1つ抱いている、そして決意も抱いている。
そんな自分の腕にはもう、愛するひとの大切な時を見つめ刻んだ時計が嵌められている。
そして信じて待つ自分には同じ想いに佇む友人さえ恵まれた。
だからもう大丈夫だよ英二?あなたの最高峰へ立つ夢を自分も一緒に見させて?そして一緒に楽しませてほしい。
そのために「絶対の約束」を繋いで結んで必ず自分の隣に帰ってきて?

「うん、周太。俺のこと信じて待っていて?絶対の約束だ」
「ん、…待っている、俺はずっと待っているから…帰ってきて。だから、絶対の約束をして?」

そう、ずっと待っている。
唯ひとつの想い、だから信じて待っていたい。
たくさんの迷いも自責も超えてしまうほど、あなたへの想いは唯ひとつの真実だから。
そんな想いで見上げる唯ひとり愛しいひとは、きれいに笑いかけてくれた。

「絶対の約束をするよ?だからね、周太…好きにさせて」

告げながら唇を重ねて想い深く合わせられていく。
とけていく熱い唇、浚っていく想いの熱、零れる吐息かすかなオレンジの香、それから深い樹木の名残香。
深い口づけが呼吸も浚って息を喘がせる、くるしくて熱くて周太はすこしだけ離れた。

…すこしだけ、待って?

そんな願いに見あげた先で、英二はただ微笑んでまた静かに唇を重ね合わせた。
そのまま周太の喘ぐ頬を長い指でくるんで抱きとめて、もう深くして離してくれない。
重ね深めていく唇、果てない熱くなる吐息。そんな熱の向こう求められる想い。

「…っ、…、」

重ねられる想い熱すぎ甘やかで、僅かに残る罪の意識すら浚われ消えていく。
唯この想い受けとめて生きればいいの?そんな想いに深く誘い込まれ離れられない。

「…周太、愛している、」

よばれる名前が呪文のよう?
どうか自分を繋ごうと囁かれて、想いと一緒にもう心を絡めとられている。
ようやく離れた唇はまた、ゆるやかに重ねられる熱に塞がれ奪われていく。
抱きしめる長い指は奪うよう白いシャツを絡めて、素肌は冬の夜に晒されながら熱い視線に染められて。
なにも隠せない体ごと心も抱きとられて、想いと約束が深く刻み込まれてしまう。

「周太、…必ず、俺を待っていて…信じてよ、周太」
「…っあ、…ん、しんじ、てる…」

こぼれる吐息の合間にも想いと約束がふりそそぐ。
そんな約束たちが愛おしい、このときの次があるか解らなくても信じていればいい。
ただ後悔のないよう信じて想いに殉じて微笑めばいい。

「周太…俺だけをね、見てよ…俺だけね、愛して?」
「…あいしてる、…えいじ、だけっ…」

求められ心ごと体ほどかれて深く繋がれて結ばれていく。
この求めに自分は応えないわけにはいかない、だってもう半分は閉じ込められている、きっと。
何度も言ってくれた「婚約者」そして「俺の嫁さん」そんな短い言葉に込められた想い。
ほらいまも深く抱かれてしまう、そして離してもらえない。

「周太、…見つめてよ?…周太の瞳、大好きだから」

求める想い深くなる。際限なく想いを交して瞳を交して確かめる。
どうしてこんなふうに出会ったの?なぜこんなに求められて幸せになってしまう?
そんな想いに睫をあげて見つめる想いの真中で、きれいな切長い目に熱い視線で掴まえられる。

「…周太、きれいだね…俺の婚約者…もう俺だけの周太だからね、周太?」

これは想い?それとも望み?
告げられる言葉たちと一緒に長い指が掌が、心ごと体にふれてほどこうとする。
ふれてくる指が熱い、ふれてくる掌が熱い、そして重ねられる体も腕も足も熱い。

「ほら、周太?…好きなだけの約束だよ、起きて…ね、周太」
「…えいじ…ん、っ、」

眠りに落ちるたびに抱き起こされて、熱がまたふれていく。
これは「絶対の約束」のため、英二の想い全てを受けとめて愛されるため。
だって愛されるほどに英二は自分に執着してくれる、そんな執着がきっと英二を生きて帰らせる。
そうして英二が少しでも「生きる」執着を抱いて無事に隣に生きて帰ってきてほしい。

「…周太、…ね、…もう婚約しちゃったね?…それも、周太から、ね?」
「…っ、…そんな、いわないで…はずかし…」

ほんとうに恥ずかしくて、けれど喜んでくれているのが解る。
なんども起こすたびに英二は何度も「婚約」を言ってくれるから。
そんな言葉と同時に想いを体に重ねて伝えてくれようとする。
それが安心させられる。

だって英二は良くも悪くも欲がない、恬淡として透明で、だから不安になる時がある。
「生きる」ことにすら恬淡として執着しないまま、何かの為なら潔く生命すら投げ出してしまいそうで。
やさしい英二、いつだって2番目でも充分で、そんな想いで誰かのために生きたいと願っている。
だから警察学校の日に起きた立籠り事件でも、真直ぐ自分から銃口の前に立ってしまえた。

あの日の記憶が自分を不安にさせる。美しい実直なまま潔く生命すら手放してしまうひと、その潔さがきれいで不安を煽る。
そんな潔さは山岳レスキューとして怖い、その任務は人命救助のために駆け出し危険にも惜しまないから。
その危険に心が凍る、13年前の「殉職」その2文字の悪夢が蘇りそうで怖い。

…そんなことはもう、嫌…

13年間の孤独を産んだ悪夢「父の殉職」
あの日の哀しみをまた見つめるなんて嫌、きっと13年前より苦しみは大きいに決まっている。
けれど英二の潔さは父に似ている、美しい実直な優しい心が2人は似すぎている、それが自分を不安にさせる。
そして父も誰かのためになら「生きる」ことすら執着しないひとだった、そして温かな想いに殉じて死んでしまった。
そんな父を自分は誇りに想う、けれど遺された自分と母の哀しみは消せない。そして父の孤独も癒されたわけじゃない。

だから英二?あなたは生きて幸せに笑っていて

だから俺に執着して英二?そして「生きる」ことにすら執着して?
そうしてずっと生きて幸せに笑って、もっと輝いて幸福に生きて?
そして命を全うしてこの世を去る時は「生まれてよかった」ときれいに笑ってほしい。
そんな願いのために自分は、こうして体も心も想いも全て捧げてしまうのだから。
だからクライマーウォッチと「婚約」で繋げられて、いま自分も幸せでうれしい。

「周太から婚約してね、俺だけのものに自分から…なったんだからね?…言うこと聞いて?」
「…待って、えいじ…、いや…っ、あ、」

こんなときの英二はすこし怖い、穏やかだけれど決して許してくれない。
ふれられる全てが熱くて怖くなる、けれど温もりが幸せで離されたくなくて。
どうしてこんなに熱いの?すべて熱くて熱くて、どこも蕩かされて自分が消えそうで怖い。

「待たないよ、周太?…もう俺のもの…ね、好きなだけして、…良いよね?」
「…っ、…あ、」

蕩かされ熱くて甘やかでもう、おかしくなってしまう。
このまま壊されてしまいそう、もう壊されているの?もう、わからない。
けれど英二がこんな喜びからでも「生きる」ことに執着してくれるなら、自分はどうなってもいい。

唯ひとりだけ、自分の孤独を壊して救ってくれたひと。
唯ひとつだけの想いに立てたから、誰かに「ありがとう」を言ってもらえる自分になれた。
そうして大切な母も温めて父の想いすら受けとめる、真直ぐな勇気を自分に教えてくれた。
だから、ね、英二?
あなただけ愛してしまう、あなたの幸せのためになら自分は全てを懸けて応えたい。
すこしでも応えて想い伝えたい、そうしてこの美しいひと繋いで結んで、どうか無事に帰ってきてほしい。

…ずっと、きれいな笑顔のまま生きて?

そんな想いに「好きなだけ」を受けとめて、深い艶めく声ひとつあげて周太は眠りに安らいだ。


あたたかな熱。ふれるのは…くちびる?
ゆっくり睫が披いていく視界に、きれいな笑顔が咲いている。
朝、目覚めて最初に見たのが、愛するひとの幸せな笑顔。

「おはよう、周太」

きれいに笑って見つめてくれる。
この笑顔をずっと見つめていたい、そんな想いに周太は微笑んだ。

「ん、…おはよう、英二…」
「きれいだね、周太。今朝もね、すごく可愛くて美人だ」

うれしそうに英二は長い指で、そっと周太の髪を梳きながら笑いかけてくれる。
そんなふうに言われて恥ずかしい、けれどまた英二は幸せときれいに笑ってくれる。
この見せてくれる笑顔が幸せで、だから周太も素直な想いのまま微笑んだ。

「…そんな、…あさから恥ずかしくなる…でも、ありがとう、ね、英二」

やわらかく絡まる長い指に、髪が梳かれ撫でられていく感覚が甘やかされるようで。
幸せで微笑んだ周太の、素肌の肩を英二はそっと抱き寄せてくれた。

「周太、体はどう?辛くない?」
「ん、…すこし怠いけれど、だいじょうぶ…気遣わせてごめんね。ありがとう」
「いや、周太は謝らなくていいだろ?だって俺の所為なんだから。ね、周太?」

昨夜も周太は何度も英二に起こされてしまった。
きっと恥ずかしい声をあげてしまった、あんまり恥ずかしくて周太は少し瞳を伏せた。
そんな周太をそっと抱き寄せてくれる、長い腕でくるんで英二が笑いかけてくれた。

「周太。すこし楽になるまではさ、こうして寝てよう?」
「ん、…ありがとう、英二」

幸せに微笑んで周太はまた、ゆっくりと瞳を閉じた。
こんなに自分にやさしくしてくれる、そんなひとつずつから愛されていると感じられる。
このまま愛し愛されて、英二が自分の隣へ帰り続けたいと思ってくれますように。
どうかそうして英二が生きて笑って、「絶対に生きたい」と意思を持ってくれますように。
やさしく抱きしめてくれる腕の温もり、規則正しい鼓動を聴きながら、おだやかな眠りへと周太は微笑んだ。

ゆっくり眠った後の目覚めはさわやかだった。
周太が支度した朝ごはんを、うれしそうに英二は口に運んでくれる。
あの初雪の翌朝もそうだった。こんなふうに、重ねるごとなぜか体があまり辛くはない。

「周太の味噌汁、俺、ほんと好きだな」
「ん、…そう?なら、うれしいな。…そのうちね、自分でも味噌、作ってみるね」

他愛ない話をしながらの穏やかな朝の時間、温かな朝食と会話の幸せなとき。
こんな朝を毎日の日常に出来たらいいなと願ってしまう、そしてきっとこの願いは叶うだろう。
そんな日常の中でときおり英二は最高峰へ立ちに行く、それを待つ自分に「世界一愉快なこと」で幸せにしてくれるだろう。
そして必ず帰ってきてまた一緒に朝を過ごしてくれる、だってこの目の前のひとは約束を必ず守るひとだから。

「周太、美代さんのレシピ見てみたんだ?」
「ん。自分でもね、出来そうなんだ…あと手紙もね、うれしかった」

そう、手紙がうれしかった。
だって「世界一愉快なこと」を一緒に見つめられる友達からの手紙だから。
きっと美代もいつかこうして国村と幸せな朝を過ごす、そして「世界一愉快なこと」を信じて微笑むだろう。
そういう友達がいてくれること、そんな出会いを贈ってくれる愛するひとが隣に居ること、とても幸せで周太は微笑んだ。
そんな周太を見つめて英二が訊いてくれた。

「周太、美代さんのこと、やっぱり好きなんだ?」

「ん、…そうだね、仲よくなりたい友達だね…
 なんか話しやすいし、いろんなこと教えてくれる。ね、英二?俺が作った味噌で味噌汁つくったらね、英二喜ぶよね?…」

「うん、周太。俺ね、周太の作ったものがいちばん好きだ。だからさ、その味噌汁は最高に旨いだろな」

ほらもう幸せそうに英二が笑ってくれる。
そんな笑顔を見つめられて幸せで周太は微笑んだ。

「美代さんはね、そんなふうに…英二を幸せにする方法を教えてくれる…だから、好きだな」

あの国村を幸せに笑わせてきた美代。
きっと彼女はたくさんの寄りそう方法をしっている、それは自分がいちばん知りたいこと。
だから教えてほしい、この愛するひとを幸せに笑わせるために。そして英二が生きることに心から意思を持ってくれるように。
そんなふうに自分は英二を幸せにすることを学べたらいい、そんな想いに周太はきれいに笑った。

「あ、周太?すごく今の笑顔、美人だった。…きれいだね、俺の婚約者はさ」
「ん、…そういわれると恥ずかしい、よ?…でも、ありがとう、英二。あ、お代わりは?」
「うん、お代わりほしいな。周太が炊くとさ、米も旨いよね」

ほら、また笑ってくれる。
あなたの笑顔こそ、きれいで幸せそうで美しいのにね?
そんな笑顔できっと現場も温めて、最高のレスキューになれるね?
そう見つめながらお代わりのご飯を手渡すと、英二がきれいに笑って言った。

「ね、周太?大晦日はさ、周太も警邏任務なんだろ?」
「ん。新宿東口の神社でね、…二年参りの参拝客も多いらしい…英二もだよね?」
「そうだよ周太。いつもの御嶽神社で警邏とさ、登山道の巡視があるよ。初日の出登山も多いんだよな」
「そう…夜間の登山は、気をつけて?…あ、初日の出見られるの、楽しみだね?」

きっとまた国村と一緒に山頂に立つのだろう。
そして雪が降ればきっと「御岳の最高峰で手形一番乗り」なんて笑いあうのだろうな。
想像してしまう2人は子供っぽくて可愛くて、周太は微笑んで英二を見つめた。
そんな周太に英二は、卵焼きを飲み込んでから言った。

「周太、大晦日の夜が新年に変わる瞬間にはさ、御岳山から周太のこと見ているよ?それでさ、携帯も繋ぐから」

うれしいな、新年の最初の瞬間を見つめてもらえるのは。
うれしくて微笑みながら、でも?と周太は英二に笑いかけた。

「ん…うれしいな。でもね、英二?きっと携帯は繋がり難いと思う、よ?…回線が混雑しやすいから」
「大丈夫、絶対に繋がるから」

きれいに笑って英二は断言して、味噌汁を飲むと微笑んだ。


除夜の鐘が鳴る。
こんな都会の谷間にも、しずかに年送る鐘の音が冬の夜をふるわせていく。
新宿の繁華な神社にも二年参りの参拝客があふれて、送る年と迎える年が交錯する賑わいが温かい。
ほっと白くつく息の靄に周太は活動服姿で人並みを歩いていた、今から交替の休憩時間ですこし休める。
大晦日の今夜は新宿署管轄の神社の境内で警邏任務に立っている、そっと左腕に時間を見て周太は微笑んだ。

…今年もあと30分だな、

見つめる左腕には紺青色のフレームのクライマーウォッチが嵌められている。
これは英二の夢と想いと誇りを刻んだ、英二の大切な最初のクライマーウォッチ。
クリスマスの夕方に願って贈ってもらって、周太の宝物になった時計。
そして贈られたクリスマスの日からずっと周太は左腕に嵌めている。
この紺青色のフレームの内に時を見るたびに、この時計に想いを刻んだ英二の笑顔がそっと温かい。

…ね、英二?きっと今は英二、御岳山に登っているね?

今夜の英二は御岳駐在所駐在員として山岳救助隊員として、御岳山の登山道巡視と御嶽神社警邏の任務に就いている。
御嶽神社が鎮座する御岳山は、きっと二年参りと初日の出登山に深夜も賑わっているだろう。
その御岳山からはこの新宿の街が遠望できる、だからきっと今頃も英二は御岳山から見つめてくれる。
ほっと息を手の指に周太は吹きかけた。今夜はずいぶんと冷え込んでいる、御岳山は凍っているだろう。
考えながら歩いて周太は制帽を脱ぐと境内の隅の木蔭に佇んだ。
そっと携帯を開いてメモリーから一枚の写真を呼びだす、そこには不思議な花が写っている。

「周太、霜柱はね『氷の花』っても言うんだ…ほんとうにね、氷でできた花みたいだよ?周太に見せたいな」

この写メールをクリスマスの翌日夜に別れた、その翌朝に英二はおくってくれた。
そして夜の電話でそんなふうに話してくれた。
いつもこんなふうに英二は、自分が山で見つけた美しいものを写メールでおくってくれる。
きっと最高峰へ登ってもこんなふうに、写真をおくって話してくれるのだろう。

「…ね、英二?…今夜も一緒にね、年越ししたかった、な…」

この都会の谷間にある神社では、たくさんの恋人同士が手を繋いで歩いていく。
そんな姿は幸せそうで微笑ましくて、そしてすこし羨ましく周太の目には映ってしまう。
だって今夜は大晦日で、周太にとっては特別なひとがいて迎える初めての年明けだから。

「…今年はね、英二にあえて…ほんとうに幸せだったんだ」

春、初めて出会って、寮で隣の部屋になって、喧嘩もして、毎日を一緒に過ごし始めて。
夏の初め、初めて一緒に本屋へ行って、ラーメン食べて、白いシャツを贈られて、公園のベンチで過ごして。
夏の中ごろ、山岳訓練で初めて背負われて、怪我の介助で抱き上げられて。
夏の終わり、初めて実家に来てくれて、それから立籠り事件と修学旅行で別れる辛さに泣いて。

そして秋の初めに卒業式、あの夜に全てが告げられて初恋が生まれた、そして自分はあなたに繋げられ全てを変えられた。
秋の深まりと共に、氷雨の夜に想いの深さに気がついて。
晩秋、父の死の真実と想いを一緒に見つめてくれた、そして奥多摩の錦秋に愛していると自覚した。
その初雪の夜「絶対の約束」を結んで繋いで、あなたの無事を祈って全て捧げてしまった。

そしてクリスマスの日に、あなたの夢を見つめてクライマーウォッチを贈って、そしてこの時計を受けとった。
― いつか俺は本当に周太を嫁さんにする。それまでは俺たち婚約者だからね、もう他の人は選べないよ? ―
そんなふうに言って自分を「運命のひと」と幸せに笑って呼んでくれた。

…そんな想い深い年が、もうすぐ終わってしまう

しずかに目を上げると周太は空を見上げた。
この新宿から見える空は狭くて、ビルの谷間からは奥多摩の山並みは見えない。
けれどこの空と同じ東京の空のしたに奥多摩はある、そして空で奥多摩と新宿は繋がれている。
そんな同じ空のしたで、きれいな笑顔はきっと咲いて自分を想いながら、自分が贈ったクライマーウォッチを見てくれる。
こんなふうに想い交せる大切なひと、生きて笑ってくれているだけで幸せで。
そして隣にいてくれる穏やかな静謐は安らかで、想うだけで心が温かい。

「…ね、英二?…俺のこと今きっと、想っているね?」

これはクライマーウォッチだからコンパス機能もついている、だから奥多摩がどちらかすぐ解る。
その方角に空を見あげて周太は、左掌をすこし掲げて時計を見つめた。
携帯は繋がらないかもしれない、それでも年改まる瞬間は愛するひとのいる方を見つめていたい。
そんな想いに見つめるクライマーウォッチが23:59の表示を映した。

…英二、

ふっと右掌に握りしめた携帯から振動が伝わりだす。
驚いて携帯を開くと送信元には待っていた名前が表示されていた。
こんなときにまで声も繋げられるなんて?そっと通話に繋ぐと周太は携帯を耳にあてた。

「待ってた?周太、」

きれいな低い声が笑って訊いてくれる。
もう訊かなくたって解っているのだろうな?そう微笑んで周太は応えた。

「ん、…待ってた。だって英二の声、…聴きたかったんだ」
「俺こそ周太の声はずっと聴いていたいよ?抱きしめて見つめたいな、周太は俺の婚約者なんだから。ね、携帯も繋がったろ?」

うれしそうで幸せそうで「婚約者」と呼ぶ声がすこし誇らしげで。
気恥ずかしいけれど幸せで周太は微笑んだ。

「ん、…うれしいな。あのね、いま、奥多摩の方角をね、見てるよ?」
「そういうのってさ、うれしいよ、周太。俺はね、いま御岳山から新宿の街を見てる。周太のこと見てるよ?」

やっぱり見ていてくれる。そんな安心感が幸せでうれしい、ふと思いついて周太は訊いてみた。

「…英二?御岳山は雪があるの?」
「少しだけあるよ、でも風が少し湿気ているから明日の朝は雪かもしれないな…あ、」

なんだろう、どうしたのかな?
そう想いながら左腕のクライマーウォッチを見て周太は微笑んだ、その耳元へと携帯から大好きな声が言った。

「あけましておめでとう、周太。今年もよろしくな、俺の婚約者さん」

うれしくて気恥ずかしい、新年最初に聴かせてくれた声と想い。
自分もきちんと答えたいな、気恥ずかしさに首筋を染めながらも周太は微笑んだ。

「あけましておめでとうございます、英二…いちばん大切なひと、今年も無事に帰ってきて。ね、英二?」

そう、帰ってきてね?今年もこれからもずっと。
ずっと無事に幸せに笑って、ずっと自分の隣に帰ってきて?
そうして幸せを重ねて「約束」を全て果たしてほしい、この先ずっと。
そのためになら自分は自責も迷いも超えられる、そして決意を1つずつ手に入れるから。

そうして願う祈っている「いつか」が必ず訪れること。
父の真実と想いの全てを見つめ了える「いつか」の暁に、自分は初めて自由な道と選択を手に入れられる。
その「いつか」には自分は必ず選ぶ、あなたの想いに全て懸けた幸せな道を見つけてみせる。
だからお願い、無事に帰ってきて?その「いつか」には必ずあなたを温める居場所を作ってみせるから。
だからお願い信じてほしい、あなたが幸せに心の底から笑える日々が来ることを。

だからいま願う祈ってしまう、どうか「いつか」を自分に迎えさせて?
唯ひとつ想う愛するひとへの真実と想い、唯ひとり唯ひとつだけ、それだけを見つめさせて。




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