信実の行方
第83話 辞世 act.30-another,side story「陽はまた昇る」
この夜ずっと見ていたい、あなたとふたり永遠に。
そんな願いめぐってしまう、約束いくつも壊れたくせに諦めきれない。
このひとは嘘をついた、馬鹿なひとだ、もう諦めたほうが幸せかもしれない。
そう想っても追いかけてしまう視線の真中、窓辺の長身は端正な笑顔ふりむいた。
「周太、もう眠った方がいいよ?まだ熱あるんだから、」
窓の風そっとダークブラウンの髪ひるがえす。
白皙まばゆい笑顔はきれいで、懐かしいまま周太は微笑んだ。
「でもまだ6時前なんでしょ?…夕食の時間まで、」
笑いかける真中で白皙の笑顔ほころぶ。
端正な顔だち見惚れたくなる、そんな視界の端うつるベランダに吐息そっと零れた。
―足跡がある、ね…かすかだけど、
暗い窓のむこうベランダは狭い、けれど雪の陰翳かすかに見える。
あれは足跡だ、そんな窓辺の長身に呼吸ひとつ見あげた。
「あの、英二…どうやってここに来たの?僕の病室って…見張りがいるんでしょ?」
この質問どう答えてくれるだろう?
降りつもる雪のベランダに低いきれいな声が笑った。
「熱あっても鋭いな、周太は、」
端正な白皙は美しい、声も低く透って響く。
見つめてくれる瞳も深く澄んで、だけど底は何を想うのだろう?
英二、あなたは誰?
「周太は俺に逢いたかったんだろ?だから来たよ、」
きれいな笑顔ほころばせ長い指が包帯ほどく。
白皙なめらかな左手すぐ現れて、赤い凍傷の痕が痛む。
―大事な手まで怪我して…ザイルつかめなくなったらどうするの?
見つめる手のむこう雪が降る。
つもる雪に足跡ベランダから消えてゆく、こんなふうに隠してしまう、いつも。
いつも本心きれいに隠して、もう見失いそうなのに綺麗な笑顔にため息吐いた。
「…そういうのうれしいけど、でも…英二、」
「周太、俺もう行かないといけないんだ、」
きれいな声が応える、その言葉が痛い。
またそうやって隠されてしまう?そんな笑顔はベッド腰かけ言った。
「また明日でもいい?」
また明日、なんてあるのだろうか?
『警察官はいつ死ぬか解らない、だから今を精一杯に生きていたい。お父さんが言った言葉よ?』
記憶から母の声が微笑む、ほら、あのベンチが映る。
『警察官の自分は一秒後すら生きているのか分らない、今を生きる事しかできません。だからこそ愛するあなたの隣で一瞬を大切にしたいと願います、』
父が贈ったプロポーズの言葉だと母は教えてくれた。
あのままに自分もこの人の隣で生きた時間がある、その選んだ涯こぼれた。
「…僕、トリガーをひけなかった、」
掠れそうな囁くような声、でも言葉になった。
もう明日は解からない、だから伝えたい唯ひとりは微笑んだ。
「うん、」
ただ肯いてくれる、その眼ざしベッドの上に優しい。
ベッドランプ照らす白皙まぶしくて、けれど陰翳あざやかな貌に告げた。
「でも、隣にいるって英二が言ってくれて、僕はトリガーをひいたんだ、」
隣にいる、
あの言葉ひとつ嬉しかった。
そんな自分が悔しくなる、また一人相撲みたいで哀しい。
だからこそ今どうしても確かめたくて、大好きな瞳まっすぐ見つめ告げた。
「僕はあのとき英二を巻きこむの嫌で、だけど、だけど本当は英二と一緒ならここで死んでいいって想ったんだ、」
はたり、涙一滴ベッドに落ちる。
言ってしまった、もう戻れない、ただ正直に声がつむいだ。
「だから指は…僕の指は冷静にトリガーひいたんだ、えいじと…いっしょならって、ぼく…っ、こほんっ」
涙こぼれて声かすれてしまう。
こんなふう泣くのは悔しい、だって今、罪を告白しているのに?
“一緒に死んでいい”
そんなこと想って引き金を弾くなんて、殺人と同じだ。
―ごめんなさい英二、僕はなんてことを、
こんなこと謝っても赦されない、それなのに涙こぼれる。
赦されないことに泣くなんて卑怯だ、ただ悔しくて唇かみしめて、けれど涙に長い指ふれた。
「周太、俺も同じこと想ってたよ?」
涙ふれる指が温かい。
この温もりずっと懐かしかった、逢いたかった。
でもこんな再会は望んでいなくて、それでも優しい温度が微笑んだ。
「俺もね、周太と一緒に死ねたらって想ったよ、だから志願も迷わなかったんだ、」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI [Spots of Time]」抜粋自訳】
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周太24歳3月
第83話 辞世 act.30-another,side story「陽はまた昇る」
この夜ずっと見ていたい、あなたとふたり永遠に。
そんな願いめぐってしまう、約束いくつも壊れたくせに諦めきれない。
このひとは嘘をついた、馬鹿なひとだ、もう諦めたほうが幸せかもしれない。
そう想っても追いかけてしまう視線の真中、窓辺の長身は端正な笑顔ふりむいた。
「周太、もう眠った方がいいよ?まだ熱あるんだから、」
窓の風そっとダークブラウンの髪ひるがえす。
白皙まばゆい笑顔はきれいで、懐かしいまま周太は微笑んだ。
「でもまだ6時前なんでしょ?…夕食の時間まで、」
笑いかける真中で白皙の笑顔ほころぶ。
端正な顔だち見惚れたくなる、そんな視界の端うつるベランダに吐息そっと零れた。
―足跡がある、ね…かすかだけど、
暗い窓のむこうベランダは狭い、けれど雪の陰翳かすかに見える。
あれは足跡だ、そんな窓辺の長身に呼吸ひとつ見あげた。
「あの、英二…どうやってここに来たの?僕の病室って…見張りがいるんでしょ?」
この質問どう答えてくれるだろう?
降りつもる雪のベランダに低いきれいな声が笑った。
「熱あっても鋭いな、周太は、」
端正な白皙は美しい、声も低く透って響く。
見つめてくれる瞳も深く澄んで、だけど底は何を想うのだろう?
英二、あなたは誰?
「周太は俺に逢いたかったんだろ?だから来たよ、」
きれいな笑顔ほころばせ長い指が包帯ほどく。
白皙なめらかな左手すぐ現れて、赤い凍傷の痕が痛む。
―大事な手まで怪我して…ザイルつかめなくなったらどうするの?
見つめる手のむこう雪が降る。
つもる雪に足跡ベランダから消えてゆく、こんなふうに隠してしまう、いつも。
いつも本心きれいに隠して、もう見失いそうなのに綺麗な笑顔にため息吐いた。
「…そういうのうれしいけど、でも…英二、」
「周太、俺もう行かないといけないんだ、」
きれいな声が応える、その言葉が痛い。
またそうやって隠されてしまう?そんな笑顔はベッド腰かけ言った。
「また明日でもいい?」
また明日、なんてあるのだろうか?
『警察官はいつ死ぬか解らない、だから今を精一杯に生きていたい。お父さんが言った言葉よ?』
記憶から母の声が微笑む、ほら、あのベンチが映る。
『警察官の自分は一秒後すら生きているのか分らない、今を生きる事しかできません。だからこそ愛するあなたの隣で一瞬を大切にしたいと願います、』
父が贈ったプロポーズの言葉だと母は教えてくれた。
あのままに自分もこの人の隣で生きた時間がある、その選んだ涯こぼれた。
「…僕、トリガーをひけなかった、」
掠れそうな囁くような声、でも言葉になった。
もう明日は解からない、だから伝えたい唯ひとりは微笑んだ。
「うん、」
ただ肯いてくれる、その眼ざしベッドの上に優しい。
ベッドランプ照らす白皙まぶしくて、けれど陰翳あざやかな貌に告げた。
「でも、隣にいるって英二が言ってくれて、僕はトリガーをひいたんだ、」
隣にいる、
あの言葉ひとつ嬉しかった。
そんな自分が悔しくなる、また一人相撲みたいで哀しい。
だからこそ今どうしても確かめたくて、大好きな瞳まっすぐ見つめ告げた。
「僕はあのとき英二を巻きこむの嫌で、だけど、だけど本当は英二と一緒ならここで死んでいいって想ったんだ、」
はたり、涙一滴ベッドに落ちる。
言ってしまった、もう戻れない、ただ正直に声がつむいだ。
「だから指は…僕の指は冷静にトリガーひいたんだ、えいじと…いっしょならって、ぼく…っ、こほんっ」
涙こぼれて声かすれてしまう。
こんなふう泣くのは悔しい、だって今、罪を告白しているのに?
“一緒に死んでいい”
そんなこと想って引き金を弾くなんて、殺人と同じだ。
―ごめんなさい英二、僕はなんてことを、
こんなこと謝っても赦されない、それなのに涙こぼれる。
赦されないことに泣くなんて卑怯だ、ただ悔しくて唇かみしめて、けれど涙に長い指ふれた。
「周太、俺も同じこと想ってたよ?」
涙ふれる指が温かい。
この温もりずっと懐かしかった、逢いたかった。
でもこんな再会は望んでいなくて、それでも優しい温度が微笑んだ。
「俺もね、周太と一緒に死ねたらって想ったよ、だから志願も迷わなかったんだ、」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI [Spots of Time]」抜粋自訳】
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