曲輪5から曲輪6 北西尾根へ
本丸下の北西尾根に向かい小さな土塁があります。
曲輪4
曲輪4に立って、本丸側の城壁を見返しています。
手前、曲輪5、奥の三角形の曲輪6
曲輪6に立って本丸方面を見ています。
俯瞰図は「信濃の山城と館」佐久編、北から見ている図です。真ん中の三角が曲輪6です。下方に段曲輪と曲輪を繋いだ縄張りとなっています。
一段目の段曲輪から
北西第一曲輪
二段目の段曲輪
北西尾根第二曲輪、この下に
北西尾根第三曲輪
三段目の段曲輪
北西尾根の第四曲輪、碑が平家〇〇とあり、字が読めません。小田切氏は滋野一族とされており、平家追討の時に旗揚げしたのかもしれません。
小田切氏が関連した山城は吉窪城・葛山城・戸屋城とあり順次登城してゆきます。次回 岩尾城(佐久市)
本丸下の北西尾根に向かい小さな土塁があります。
曲輪4
曲輪4に立って、本丸側の城壁を見返しています。
手前、曲輪5、奥の三角形の曲輪6
曲輪6に立って本丸方面を見ています。
俯瞰図は「信濃の山城と館」佐久編、北から見ている図です。真ん中の三角が曲輪6です。下方に段曲輪と曲輪を繋いだ縄張りとなっています。
一段目の段曲輪から
北西第一曲輪
二段目の段曲輪
北西尾根第二曲輪、この下に
北西尾根第三曲輪
三段目の段曲輪
北西尾根の第四曲輪、碑が平家〇〇とあり、字が読めません。小田切氏は滋野一族とされており、平家追討の時に旗揚げしたのかもしれません。
小田切氏が関連した山城は吉窪城・葛山城・戸屋城とあり順次登城してゆきます。次回 岩尾城(佐久市)