東京の階段 DB

東京階段研究会 ブログ

0970 靖国神社鳥居そば

2022-04-16 | 千代田区
No.0970
所在地:千代田区 九段北 2−1(Google Map
型  :くの字
段数 :9段(下から6・3段)
Photo 2005.3.25

 靖国神社大鳥居そばにあった階段。大鳥居前の早稲田通りから参道へ向かって境内北側角から上る緩やかな階段だったが、バリアフリー化のためか2017年頃に改修されて坂になった(大鳥居正面は以前からスロープ)。現在は坂をそのまま上って行けば、階段を使わずに参道に出られる。また、坂の途中左手に新たに階段が造られてもいる。


0969 北の丸スクエア公開空地 靖国通りから下る

2022-04-14 | 千代田区
No.0969
所在地:千代田区 九段北 1−13(Google Map
型  :直
段数 :33段(下から16・17段)
Photo 2009.2.22

 北の丸スクエア公開空地の西南端で、同建物1Fの高さから靖国通り・九段坂の途中へ上る。階段下のレベルは九段下交差点とほぼ同じだが、九段坂が西へ向かって上っていくので、公開空地の西端では2階分程度の高低差ができている。


 階段上から

 この階段を下りずに左手へ行き壇上を西北奥へ進むと、No.0968の階段の途中に至り、これを上ると靖国通り側からも筑土神社へ行くことができる。


0968 北の丸スクエア公開空地 築土神社に上る

2022-04-12 | 千代田区
No.0968
所在地:千代田区 九段北 1−13(Google Map
型  :直
段数 :48段(下から16・16・16段)
Photo 2009.2.22

 北の丸スクエア公開空地内の階段。公開空地の北西隅、敷地の最も奥で西向きに上る。築土神社に上る。上写真は全景。この階段を上りきると、筑土神社の裏手に至る。下部32段を上るとテラスに出る。そこで左へ進むと九段坂の途中に出られる。

 下部32段を上りきったテラス部分から上段部。右上方に筑土神社の本殿が聳えている。階段を上り右折して5段下りて社殿わきを北へ進むと、神社正面に回り込み、正面参道から中坂へと出られる。


0967 区立九段坂公園 靖国通りから上る

2022-04-10 | 千代田区
No.0967
所在地:千代田区 九段南 2−2(Google Map
型  :直
段数 :6段
Photo 2005.3.25

 靖国通り、九段坂から区立九段坂公園へ上る小階段。階段東側に常燈明塔、品川弥二郎像がある。右手奥は北の丸公園田安門。

 2019〜20年に公園の改修工事が行われたため、この階段も改修により消失し、別の形の新たな階段が作られている。


0966 区立九段坂公園 常燈明塔そば

2022-04-08 | 千代田区
No.0966
所在地:千代田区 九段南 2−2(Google Map
型  :直
段数 :7段
Photo 2005.3.25

 九段坂の歩道に沿った細長い公園、区立九段坂公園内にある階段。九段坂沿いの歩道は坂道だが、公園は品川弥二郎の銅像前を平坦にすべく、東側や北側に階段が作られている。写真左が品川弥二郎像、右側は九段坂を渡る歩道橋。

 この写真の後、2019〜20年に公園の改修工事が行われたため、この階段は消失し別の位置に新たな階段が作られている。


0958 日枝神社 西鳥居わき

2022-03-22 | 千代田区
No.0958
所在地:千代田区 永田町 2−12(Google Map
型  :直
段数 :11段
Photo 2007.6.12

 日枝神社、西鳥居南側の階段。

 日枝神社の西側入口は、明治初期に溜池に橋がかけられ、現在の稲荷参道や西参道からアクセスするルートが造られた時以降のものだろうと思われる。西鳥居の直下には幅の広いNo.0860の階段があるが、こちらはその南側のもの。

 土地所有の状態はわからない。日枝神社の土地ではなく南側の建物(永田町SRビル)の敷地内なのかもしれない。誰もが通れる階段だが、そのそばに西鳥居下の階段があるので、こちらを使う必要性はあまりない。


0935 霞が関コモンゲートの大階段

2022-01-21 | 千代田区
No.0935
所在地:千代田区 霞が関 3−2(Google Map
型  :直
段数 :39段(下から20・19段)
幅  :9.0m
長さ :16.8m
高低差:5.9m
蹴上 :15cm
踏み面:40cm
傾斜 :21°
Photo 2019.1.19

 2007年に完成した霞が関コモンゲート公開空地内の大階段。階段上の高層ビルは霞が関ビル。霞が関コモンゲートの2棟の高層棟は写真右外。

 階段下は外堀通りに面した低地で、階段を上るとその先は国会議事堂などがある永田町の高台となっている。階段の真下は機械室や駐車場などで、階段上の広場も人工地盤ではあるが、敷地全体は武蔵野台地の端にあり、この階段も台地の上と下を繋ぐものとなっている。


 Photo 2008.2.7

 階段には1580年から2008年までの西暦年(429年分)が蹴上げ部分に刻まれている。徳川家康の江戸入府が1590年だったので、その少し前からこのビルの完成までを39段に納めようとしたようだ。このため1段は11年分になっている。また各時代の浮世絵や地図、写真もところどころに刻まれている。


 Photo 2011.11.2

 階段上から見ると、外堀通りがJR新橋駅、汐留方面へ向かって真っ直ぐ延びている。数メートルの高低差でしかないが、ここがちょうど武蔵野台地の縁であることが分かる景色。


0918 上智大学真田堀運動場への階段

2021-11-26 | 千代田区
No.0918
所在地:千代田区 紀尾井町 5(Google Map
型  :L字
段数 :不明
Photo 2000.12.25

 上智大学真田堀運動場へ下る階段。写真は運動場反対側の外堀通りから撮影したもの。上智大学西側のソフィア通りから外濠の土手をくぐり抜けて、斜面に沿って斜めに下る階段だが、現地詳細は未撮影。階段を下りるとグラウンドに至るが、そこから別の場所へと通り抜けられる類のものではなく、ほぼ運動場へのアプローチ階段としてのみ機能している。

 真田堀は江戸城外濠の一部だった場所で、第二次大戦後、焼失家屋などの瓦礫処理のため埋め立てられ、都が上智大学に貸しているという。