2013年06月12日
高久駅 => 黒磯駅 歩いた距離 約4.7Km
高久駅で10分ほど休んだ後は黒磯駅を目指して歩き出す。
雨は止んだがどんよりとした曇り空だ。
日差しが強くて暑いよりは良いのだが湿気が多いからじわじわと汗が出てくる。
”清水魚園”という看板があった。

右に書いてある”スタミナ40?の店”というのが気になる。

「40」は数字だろうが、その隣の文字が分からない。
「犬」とも読めそうだがそれでは意味が通じない。
「40才」かなとも思ったのだが「才」の右上に点が打ってあるので「才」ではないだろう。
”スタミナ40才の店”でも意味が分からないし。
謎は解消されないままに歩き旅は続く。
”TAKAKU HOLSTEIN FARM”というのがあった。

ホルスタインの牧場である。みると牛舎の脇の木陰に干草を入れた白いロールが並んでいる。
それになにやら書いてあるので、近づいてみると。
”アイ・ラブ・牛”であった。
”アイ・ラブ・ホルスタイン”ではなくて”牛”と書いてあるのがなんとも面白い。

県道303号線を快調に歩いて行く。
このまままっすぐ進めば宇都宮市へと行けるのだな。

那須塩原市へと入った。

橋を渡る。下を流れるのは那珂川である。
橋の名前は”晩翠橋”。

”晩翠”といえば土井晩翠しか知らなかったのだが。橋のたもとにある晩翠橋の由来には「晩翠とは冬になっても木々の緑が変わらない」という意味であるとあった。

幾何学模様のマンホールの蓋。
中央のマークはカタカナの”クロ”を組み合わせたデザインのようだ。

左折して黒磯駅へと向かう。

6月15日の午後はキャンドルナイトというイベントがあるのだそうだ。
事前にお祭りや観光案内を調べて旅をしていないので、このような催し物を見れないでしまう。

黒磯駅前にはどっしりとした古い建物がたくさん残っていた。

盛岡市では古い屋敷や商店は取り壊されてマンションや駐車場になってしまい、残っているのはほんの少しだけである。
このような格子の窓のある住宅などは最近では見かけなくなった。

だが、古い住宅は実際は住みにくいのだ。
残して行くには修繕費など経費もかかるので建て替えはやむをえない面もあるのだ。
店の正面には「板戸」。
「板戸」のある店を見たのはわたしが小学生のころまでだ。
建て直された店舗はシャッターになってしまう。

このような板塀もしっかりと残っている。

昔は銀行だった建物はカフェとして活用されている。

大正5年に建てられたものだそうだ。

案内板によると黒磯駅前は明治以来なんども大火に見舞われたそうである。
なるほど、それで耐火性のある石造りの蔵が多いのだな。
商店の正面も石造りで風格がある。

11時20分に黒磯駅に到着。

黒磯駅は大きな駅である。

この駅を境に東京側が直流、北側が交流と電化の方式が違っているのだ。
そのため東京方面からも盛岡方面からも普通列車はこの駅で折り返さなくてはならないのだという。
なんとも不便なものである。
黒磯駅から南は東北本線は別名”宇都宮線”というのだ。
家庭への電気も西は60ヘルツ、東は50ヘルツと周波数が違う。さまざまな事情があっただろうが統一出来なかったものかと思う。
駅構内の蕎麦屋で昼食にする。

駅中ではこの蕎麦屋が定番だが、思えば不思議なことである。
なにも蕎麦屋でなくてもよさそうなものだ。
でもSL全盛期ならハンバーガーなど無かっただろうしなあ。
誰でも手軽に食べられるということで蕎麦が定番になったのかもしれない。
きつね蕎麦が380円。濃いめで甘い感じのツユであった。

食事を終えて外へ出てみると雨が強く降っている。
雨具は持ってきていない。
ウィンドブレーカーに防水スプレーをかけてはあるが、ほとんど効き目がなくなっている。
これは困ったことになった。
今回の目的地である黒磯駅まで来たのだからここで引き返しても良いのだがまだ午後1時前だ、もう少し歩きたい。
駅のすぐ近くにイトーヨーカドーがあった。

店内には100円ショップがあったので折り畳傘を105円で購入。
傘を持ってこなかったのが悔やまれる。「うーん痛い出費だ」と自分でも苦笑い。

しかしスゴイ時代になったものである。
少々品質に問題があるとはいえ折り畳み傘が105円で買えてしまうのだ。
使い捨てタイプのビニール傘でさえも500円もするのに...。
物の値段はいったい何で決まるのだろう。
高久駅 => 黒磯駅 歩いた距離 約4.7Km
高久駅で10分ほど休んだ後は黒磯駅を目指して歩き出す。
雨は止んだがどんよりとした曇り空だ。
日差しが強くて暑いよりは良いのだが湿気が多いからじわじわと汗が出てくる。
”清水魚園”という看板があった。

右に書いてある”スタミナ40?の店”というのが気になる。

「40」は数字だろうが、その隣の文字が分からない。
「犬」とも読めそうだがそれでは意味が通じない。
「40才」かなとも思ったのだが「才」の右上に点が打ってあるので「才」ではないだろう。
”スタミナ40才の店”でも意味が分からないし。
謎は解消されないままに歩き旅は続く。
”TAKAKU HOLSTEIN FARM”というのがあった。

ホルスタインの牧場である。みると牛舎の脇の木陰に干草を入れた白いロールが並んでいる。
それになにやら書いてあるので、近づいてみると。
”アイ・ラブ・牛”であった。
”アイ・ラブ・ホルスタイン”ではなくて”牛”と書いてあるのがなんとも面白い。

県道303号線を快調に歩いて行く。
このまままっすぐ進めば宇都宮市へと行けるのだな。

那須塩原市へと入った。

橋を渡る。下を流れるのは那珂川である。
橋の名前は”晩翠橋”。

”晩翠”といえば土井晩翠しか知らなかったのだが。橋のたもとにある晩翠橋の由来には「晩翠とは冬になっても木々の緑が変わらない」という意味であるとあった。

幾何学模様のマンホールの蓋。
中央のマークはカタカナの”クロ”を組み合わせたデザインのようだ。

左折して黒磯駅へと向かう。

6月15日の午後はキャンドルナイトというイベントがあるのだそうだ。
事前にお祭りや観光案内を調べて旅をしていないので、このような催し物を見れないでしまう。

黒磯駅前にはどっしりとした古い建物がたくさん残っていた。

盛岡市では古い屋敷や商店は取り壊されてマンションや駐車場になってしまい、残っているのはほんの少しだけである。
このような格子の窓のある住宅などは最近では見かけなくなった。

だが、古い住宅は実際は住みにくいのだ。
残して行くには修繕費など経費もかかるので建て替えはやむをえない面もあるのだ。
店の正面には「板戸」。
「板戸」のある店を見たのはわたしが小学生のころまでだ。
建て直された店舗はシャッターになってしまう。

このような板塀もしっかりと残っている。

昔は銀行だった建物はカフェとして活用されている。

大正5年に建てられたものだそうだ。

案内板によると黒磯駅前は明治以来なんども大火に見舞われたそうである。
なるほど、それで耐火性のある石造りの蔵が多いのだな。
商店の正面も石造りで風格がある。

11時20分に黒磯駅に到着。

黒磯駅は大きな駅である。

この駅を境に東京側が直流、北側が交流と電化の方式が違っているのだ。
そのため東京方面からも盛岡方面からも普通列車はこの駅で折り返さなくてはならないのだという。
なんとも不便なものである。
黒磯駅から南は東北本線は別名”宇都宮線”というのだ。
家庭への電気も西は60ヘルツ、東は50ヘルツと周波数が違う。さまざまな事情があっただろうが統一出来なかったものかと思う。
駅構内の蕎麦屋で昼食にする。

駅中ではこの蕎麦屋が定番だが、思えば不思議なことである。
なにも蕎麦屋でなくてもよさそうなものだ。
でもSL全盛期ならハンバーガーなど無かっただろうしなあ。
誰でも手軽に食べられるということで蕎麦が定番になったのかもしれない。
きつね蕎麦が380円。濃いめで甘い感じのツユであった。

食事を終えて外へ出てみると雨が強く降っている。
雨具は持ってきていない。
ウィンドブレーカーに防水スプレーをかけてはあるが、ほとんど効き目がなくなっている。
これは困ったことになった。
今回の目的地である黒磯駅まで来たのだからここで引き返しても良いのだがまだ午後1時前だ、もう少し歩きたい。
駅のすぐ近くにイトーヨーカドーがあった。

店内には100円ショップがあったので折り畳傘を105円で購入。
傘を持ってこなかったのが悔やまれる。「うーん痛い出費だ」と自分でも苦笑い。

しかしスゴイ時代になったものである。
少々品質に問題があるとはいえ折り畳み傘が105円で買えてしまうのだ。
使い捨てタイプのビニール傘でさえも500円もするのに...。
物の値段はいったい何で決まるのだろう。
