
記憶に関する面白い実験結果があります。30年以上、故郷へ戻ったことのない人が対象です。被験者の子供時代に一番印象に残っている風景を描いてもらいます。その絵と当時の写真を較べます。絵の上手い下手は関係なく誰一人正確に再現できた人はいません。中には、大きな事故や事件の記憶があってもその風景を全く思い出せない(思い出したくない)人もいます。ところが潜在意識は憶えていて、当時の写真を見せられると記憶が堰を切ったように溢れ出ることもあります。まして当時と変わらない「現場」に立てば尚更でしょう。記憶の小説家「高橋克彦」の作品には、しばしば何かがきっかけとなって恐ろしい記憶が「ざわざわ」と蘇る場面があります。それは「曲々しい」場所の記憶です。しかし「由々しい」場所だった場合はどうでしょうか。「知識」と「風景」の関係もまた妖しい魅力に満ちています。
上の写真は戦前の清水は巴川河畔の風景です。小学校から橋を挟んですぐ傍にあったソーダ工場が写っていますが記憶にありません。我々少年探偵団の関心は対岸の土手の先にある「肥溜めのある畑」だったからです。うかつにも、この何の変哲もない川が武田信玄の戦略的河川であったとはついぞ知りませんでした。永禄11年、駿河に侵入した武田信玄はこの巴川の自然堤防を「曲輪」として「江尻城」を築きます。急流だらけの駿河にあって、勾配一万分の六しかない巴川は貴重な河川で、満潮時には中流まで海水が遡上します。その遡上位置がこの江尻城、写真の場所から手前100メートル下流です。何のことはない、我々の江尻小学校だった場所です。我々ガキ共は何も知らずに、武田信玄が築いた城跡で遊び、戦国時代には重要な物資の集積地(湊)だったこの川の土手で「石切り」をし、ヒヨコ共(小さな子)のウンコを警戒しながらこの川で泳いでいたのです。なぜ学校の対岸に「遊郭」が連なっていたのか今にして納得です。
そんな関係なのか、この写真の左側の土手にはよく「幽霊」が出ます。上流で遊んだガキ共は暗くなる前にここを「突破」しないといけません。この土手でもガキ共はヒヨコを置き去りにして走り出します。後から「ピッ~!」なんて泣きながら追いかけてくるヒヨコの泣き声はガキ共を幸せにしたものです。しかし「常識」が通用しないのがヒヨコです。例によってそのヒヨコを置き去りにして逃げてきた我々は不安になりました。ヒヨコが来ないのです。ヒヨコの家はこの写真手前の遊郭です。必ずここを通る筈です。辺りが暗くなりかけた頃、ヒヨコが元気に戻ってきました。「おばさん」と一緒だったと言うのです。「おばさん」はどこにも居ません。ヒヨコから見ればおばさんでも、それはたぶん「女の幽霊」です。小説家なら遊郭の息子(ヒヨコ)と絡ませて、哀しい話にまとめるところでしょう。
少年探偵団はそんな「情感」を排除して、ヒヨコの習性から事態を「冷静」に判断しなければなりません。ヒヨコは我々ガキ共が逃げたのを「鬼ごっこ」と解釈した可能性が高く、「幽霊」はそろそろ「出ようか」という時にヒヨコに「見っけ!」なんて「捕まった」のでしょう。「営業妨害」のヒヨコにまとわりつかれた「幽霊」はさぞ迷惑だった筈です。「俺っちのように走って引き離せばいいのに・・・」「だけど足がないもんな!」・・・やれやれ、みんな小説家は無理なようです。
上の写真は戦前の清水は巴川河畔の風景です。小学校から橋を挟んですぐ傍にあったソーダ工場が写っていますが記憶にありません。我々少年探偵団の関心は対岸の土手の先にある「肥溜めのある畑」だったからです。うかつにも、この何の変哲もない川が武田信玄の戦略的河川であったとはついぞ知りませんでした。永禄11年、駿河に侵入した武田信玄はこの巴川の自然堤防を「曲輪」として「江尻城」を築きます。急流だらけの駿河にあって、勾配一万分の六しかない巴川は貴重な河川で、満潮時には中流まで海水が遡上します。その遡上位置がこの江尻城、写真の場所から手前100メートル下流です。何のことはない、我々の江尻小学校だった場所です。我々ガキ共は何も知らずに、武田信玄が築いた城跡で遊び、戦国時代には重要な物資の集積地(湊)だったこの川の土手で「石切り」をし、ヒヨコ共(小さな子)のウンコを警戒しながらこの川で泳いでいたのです。なぜ学校の対岸に「遊郭」が連なっていたのか今にして納得です。
そんな関係なのか、この写真の左側の土手にはよく「幽霊」が出ます。上流で遊んだガキ共は暗くなる前にここを「突破」しないといけません。この土手でもガキ共はヒヨコを置き去りにして走り出します。後から「ピッ~!」なんて泣きながら追いかけてくるヒヨコの泣き声はガキ共を幸せにしたものです。しかし「常識」が通用しないのがヒヨコです。例によってそのヒヨコを置き去りにして逃げてきた我々は不安になりました。ヒヨコが来ないのです。ヒヨコの家はこの写真手前の遊郭です。必ずここを通る筈です。辺りが暗くなりかけた頃、ヒヨコが元気に戻ってきました。「おばさん」と一緒だったと言うのです。「おばさん」はどこにも居ません。ヒヨコから見ればおばさんでも、それはたぶん「女の幽霊」です。小説家なら遊郭の息子(ヒヨコ)と絡ませて、哀しい話にまとめるところでしょう。
少年探偵団はそんな「情感」を排除して、ヒヨコの習性から事態を「冷静」に判断しなければなりません。ヒヨコは我々ガキ共が逃げたのを「鬼ごっこ」と解釈した可能性が高く、「幽霊」はそろそろ「出ようか」という時にヒヨコに「見っけ!」なんて「捕まった」のでしょう。「営業妨害」のヒヨコにまとわりつかれた「幽霊」はさぞ迷惑だった筈です。「俺っちのように走って引き離せばいいのに・・・」「だけど足がないもんな!」・・・やれやれ、みんな小説家は無理なようです。