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「タイムバール」少年探偵団の時代

元少年探偵団、現ダメ社長が「記憶と夢」を語ります。

近道の掟

2008年12月29日 | Weblog
お菓子の箱を開けると、菓子の下にお金がびっしり・・・「フッフッ!越後屋!お主も悪じゃのう」なんて悪代官の台詞が聞こえてきそうですが、所はカリフォルニア州アーバイン。食料品店でクラッカーを買った客が箱を開けたら現金1万ドルが入っていた!・・・28日のAP電です。事情は複雑で、別の客(老女)が店で買ったクラッカーの中にお金を入れたのを忘れて「返品」。返品商品は本来なら堆積処分になる筈が、店もうっかり陳列棚に戻してしまったのを件の客が買ったと言う訳です。

なぜクラッカーの箱なんかにお金を入れていたのか・・・老女の言い分は「銀行が信用できないから」・・・どう考えてもクラッカーの箱より銀行の金庫の方が安全だと思いますが、金をみつけた客の態度もハイカラです。「謝礼金は一切請求するつもりはありません。新しいクッキーがもらえればいいの」。ここで「それじゃあ私の気が済みません。ぜひこれだけでも受け取って下さい!」なんてやり取りを想像するのは日本人。「あっ、そう」でお終いになるのがアメリカです。

こんなアメリカだからこそコンピュータを生み出すのです。あれこれ余計な事は考えずに最短距離で入口と出口を結ぶ・・・これが判るとパソコンは簡単です。ところが如何なる理由か日本では「パソコンを使いこなして『できる男』になろう」なんて怪しげな言い方を真に受けて、カタカナに溺れます。「できる奴」はパソコンなんか使いこなす必要はなく、「パソコンを使いこなす奴」を使いこなせば用は足ります。第一「本当に使いこなしている奴」は本なんか書いている暇はありません。更に「全てに通じている奴」なんか誰もいません。それでもパソコンに詳しくなりたければ「パソコンを使わずに済む方法」を考えるのが一番です。

究極の鈍感力

2008年12月21日 | Weblog
「あいつは若いが頭は切れる・・・」「仕事は相当できるらしい・・・」なんて聞いても何度か修羅場を見ている老少年探偵団は「ふ~ん」でお終いです。お膳立てが揃っている中でいくらできても、お膳立てそのものを作ったり壊したりする奴にかなう筈がなく「最後は頭と体の強さなのさ」と思っていたら上には上があるものです。

「後頭部を撃たれた男性が痛くないと仕事を続行」米フロリダ州リビエラビーチで18日夜、市内の店舗で発生した強盗未遂事件の流れ弾を後頭部に受けたのはE.T.ストリックランド氏。しかし彼は頭蓋骨に弾丸がめり込んだまま放置、そのまま現在も仕事しているという。「確かに痛むけど、仕事できない程ではない」と話しているとか・・・。

以前のブログでも腹部を撃たれたメタボ紳士が医者に指摘されるまで弾がめり込んでいるのに気が付かなかった話をしましたが、ちょとした傷が元で破傷風にかかって死んでしまう可能性があるのが普通の人間。いくらアバウトな奴でも撃たれても「気にしない」とか「気が付かなかった」なんて普通ではありません。実は自分では「地球人」だと思い込んでいるどこかの宇宙人の末裔・・・鉛とかメタンが支配するいい加減な星の「出身者」かも知れません。

尤も今回の「被害者」の年齢が74歳であることから痴呆の一歩手前か、「痛感」が麻痺している単なるポンコツじいさんの可能性も否定できませんが、いずれにしても「鈍さ」の前には「強さ」なんか霞むような事件でした。

頭を使おう

2008年12月18日 | Weblog
連日「非正規雇用問題」で大騒ぎです。「いや~、会社も冷たいですよね。この寒空に住むところを追い出されて路頭に迷う人達を何とか出来ないものでしょうか・・・」なんてその「冷たい会社」からスポンサー料を貰っているのを棚に上げて腹話術人形のように語る古舘キャスターが笑えます。そんなに心配なら億を超える収入から例え100万円でも救済事業に寄付すればいいのに・・・。

「収入」が落ち込めば「支出」を押さえるのは民間企業の当然の義務と権利。「不定期雇用」とは「いつどうなるか判らない立場」のことでその自覚もなく「どうしてくれる?」は筋違いです。この「ダム機能」がない社会主義国家がどうなったか実例が示しています。尤も国民がいつ「キレる」か息を殺して様子を伺っているのは国家の常。「革命勃発」前に何とかする筈です。「北朝鮮」は?なんてのは平和呆けの疑問で、恐怖政治をしている当事者はいつ軍事介入してくるか判らない「大国」とその口実となる「弾圧」の評判に気を使います。「国家」が酷いのは「政治」ではなく「運が悪いんだから援助」してと言う按配です。まあ「善良で弱い国民」だと思い込まされている日本人には他人事です。

もし「俺たちが苦しいのは国家・国民の役に立たない組織や事業に巣食って巨額な税金を懐に入れているシロアリのような役人(OB)と利権屋だ!」「もはや天誅しかない!」なんて言い出して国賊の5,6人も血祭りに上げて騒乱を引き起こすような国民なら「政府」の方が弱い立場で、そんな政府はアテになりません。尤も我々の提案はもう少しハイカラです。

全国の過疎に悩む自治体のみなさん!「空家」か「年寄りだけ家」か「元学校」を開放して下さい。そして路頭に迷っている「元勤労者」を受け入れます。生きるためには何でもやるのが人間です。例えば「荒れた農地や施設の修復」及び「年寄りの活性化」・・・まず老人を先生にして作業を教えてもらう→訓練・実行→成績のいい人は「地域活性師」として認定→今度は彼等が先生として修学旅行を受け入れて子供に「汗を流す喜び」を教える。場合によっては町工場の職人にも来て貰います。更に能力を磨いて全国・海外の似たような悩みを持つ自治体に派遣・・・手に職をつけさせる話なので報酬はありませんが、当面の主食と水道光熱費は国家が援助します。天下りの退職金を使えば簡単です。費用/効果は抜群で、早い話「過疎地域」を景気の「調整と研修」に活用する訳です。
老少年探偵団の役割?・・・勿論「俺たちの基地」の構築です。


偽装と擬態

2008年12月15日 | Weblog
後を絶たない偽装問題・・・なんて書き出せば誰だって食品や建築業界の悪さを想像します。しかしこうした社会問題はたまたまバレて大騒ぎになった結果。大部分の悪さは深く静かに進行しているので国民=大衆=消費者が気付かないだけです。「それを暴くのが報道」なんて素朴な期待は野暮。まずは「自然界」に置き換えて脳を鍛えるのがハイカラです。老少年探偵団はどんな社会現象もその原型は生物界にあると「アタリ」をつけてから「現場」に向かうのです。

Yahooで「偽装」と検索すると約3000万件ヒットします。ところが「擬態問題」で検索すると僅か13件です。所詮は検索ロボット・・・偽装は人間社会の問題、擬態は生物界の事象であると決め付けているようです。もし賢いロボットがいて「偽装は人間が悪さをするため、擬態は生物が身を守るため・・・とは限りませんよ。生物だって獲物を騙して捕食する攻撃型擬態もある以上、人間だって止むを得ない防衛型偽装もあるんじゃないですか」なんて言い出せば「そうか・・・あの肉屋の親父もこの不況下で従業員の給料を払うため必死だったんだな」とか「味の違いが判らなくなった俺っちも考えないとな・・・」なんて見方で思考範囲が広がる筈ですが、ITの実体は逆。脳は増々「軽薄短小」になっています。

こうなると役立つのが前のブログにも書いた通り昔の「擬態ごっこ」です。相手は人間と動物の中間にいるヒヨコ(3,4歳の幼児)。我々小学生が騙されてやると本当にそのものになりきる姿がたまりません。木に取り付く「蝉」や、石の上でじっとしている「蛙」はまだしも、「睡魔」に襲われたのか危うく沖合いに流されそうになった「昆布」もいて、周りをハラハラ・ドキドキさせます。こうゆう遊びの中でヒヨコ共は「より似る」ため自然や生物の動きに注意を払うと言う按配です。そんな擬態の完成度を測るのが「目線」です。

3,4歳児と言えども「フリをしている自覚」があるので、どうしても我々の動きが気になります。そこで気付かないフリをして相手に近づきながらも「目線」は合わせない・・・顔が付きそうになってゆっくりと目線を合わる・・・「擬態」は我慢が出来なくなって「キャ!」と叫びながら「人間」に戻る。そこには「騙す側」と「騙される側」の「楽しい嘘」があって我々ガキ共の至福の時です。最も「完成度」が高い場合?・・・それは人間のフリをしたタコか火星人です。

時間脳

2008年12月12日 | Weblog
「おかしいな・・・2,3日前にブログを書いたはずなのに・・・」ガキの頃から学校の授業以外は時間が経つのが早くて「どうも誰かに盗まれている」と何度か思いました。勿論どうやって時間を盗むのか「技術的」には判りません。アインシュタインのような天才なら「相対的に時間は違うのさ」なんて凡人には理解し難い理論を展開しますが、我々はあくまで体験でしかものを言えません。息子が幼稚園児になって朝起こそうとすると「何だよ~、さっき寝たばかりなのに~」「・・・」既に10時間以上寝ています。結局「時間の物差し」はDNAの問題かと合点したものですが、判らないのは「時間脳」の正体です。

楽しい時は時間が経つのが早い・・・これは感想であって説明ではありません。嫌な事を先延ばししている時もやはり時間が経つのが早いからです。ところがその嫌な事をしている「最中」はやけに時間が長くなる・・・脳のどこかに意地の悪い奴がいて「楽しい事がずっと続いているなんて許せない」とか言いながら「時間」を仕切っているのでしょうか。

そうしたらこんな記事が出ました。「夢の再現も夢じゃない・・・」コンピューターの画面上に画像として再現する技術を、ATR研究所などのチームが世界で初めて開発した。現在は簡単な記号や文字しか再現できないが、将来的には夢を映像化できる可能性もあるという・・・。本当ならワクワクする話ですが、その方法が「脳が興奮している場所を物理的に操作する」と聞けば昔ナチスドイツがやっていたような「野暮」です。学者である前に人間として考えれば、自分の心を写し出すような装置は「夢」として空想しているうちが華で、本当に出来たらこれほど詰まらないものはありません。

「時間」と言う客観的な物差しですら「個人差」「状況差」を生じさせるのだから「夢」なんて得体の知れないものを人間が操作できる筈がない・・・とは言うものの「夢の儲け話」に簡単に引っ掛かる人が跡を絶たないのは、やはり金星人か脳内バクテリアに頭を操作されているに違いありません。

夕日とバイク

2008年12月04日 | Weblog
木枯らしが近づくと老少年探偵団の出番です。目的は妖しの日没風景です。風があって空気も乾燥しているこの時期の夕焼け空は「本来の茜色」に染まります。これに紅葉が加わるとどうなるか・・・答えは「或る場所」にあります。そのためにこそ小回りのきくバイクが必須なのです。まずは日本橋の得意先に顔を出してから秋葉原~神田明神下~不忍通りを経由して根津1丁目から谷中の狭い坂を駆け上がってバイクを歩道に留める・・・自動車には出来ない芸当です。

時刻は夕七つ(午後4時前)。振り返れば谷を隔てた弥生坂上の東大の黒々とした建物の向こうに燃えるような茜色の空が広がっています。この対比が空想力を掻き立てるのです。単に夕日が「美しくみえる場所」なら東京にいくらでもありますが「妖しく見える場所」は数少なく、その「一等地」のひとつが谷中周辺・・・。上野寛永寺の「子院」として次々と寺が建てられ、更に江戸の大火のたびに焼かれた寺が何故かここに「引っ越してくる」と言う曰く付の場所・・・しかも団子坂や動坂なんて坂道が更に風景を妖しいものにしています。「幻の地下空間」もこの辺りです。

真っ赤に染まる空を見ながら子供の頃にみた合板工場の大火を思い出し、見たことも無い「明暦の大火」を空想してカメラに収めます。風に舞う紅葉は勿論「火の粉」です。この間10分、あっと言う間に風景は闇に包まれます。次は路地のあちこちにある寺の「巡回」です。「運」がよければ暗い本堂に微かに揺れる炎に誘われてそぞろ出てくる「妖怪共」に会えるかも知れません。煩いカラスに混じって時折、得体の知れない鳥の鳴き声を聞いても「何科の鳥類だろう」なんて理科の頭にならず、「鵺(ぬえ)だな・・・こんな夜は辻斬りに注意せんとな・・・」なんて時空を超えるのがハイカラなのです。

いくら本を読んでもテレビを見ても「原体験」と言う感覚記憶がないと本当の楽しみを味わえる筈がなく、今日の社会のていたらくは、この当たり前の原理が判らない人間が増えたからさ・・・なんて悪態をつきながら闇夜を駆け抜ける老探偵団です。但し、バイクを降りてふらふらと歩いていると「徘徊老人」と見做されて「保護」される恐れもあるので「空想力」と「バイク」のない人は真似をしないで下さい。