「いちご白書」・・・てっきりいちご農家の統計か何かと思ったら1968年のコロンビア大学の学園闘争を背景にしたS.ハグマン監督の青春映画だとか。なぜ「いちご」なのかと言うと、体制側の象徴である大学理事が「学生達の要求なんぞ、いちごについての談義みたいでとるに足らぬもの」と宣ったことに起因する、との説明です。「甘い」のはいちごではなく、この理事の頭の方・・・本当の「いちご」は怖いのです。
時は昭和27~8年頃、朝鮮戦争特需でようやくいつも腹を空かしている状態から抜け出しつつありました。しかしガキ=餓鬼とはよく言ったもので、腹が満たされると今度は「甘いもの」が欲しくなります。幸い地元特産品のみかん畑が斜面に広がっていて、割りと簡単に盗み食いできるのですが缶詰用みかんは実はそれほど甘くないのです。では何が「憧れ」かと言うと「いちご」です。今日の「あまおう」のような改良品種とは比べようがありませんが、当時はこれが「至高の果物」。ここからが攻防戦です。
駿河湾の久能海岸沿いに当時は全国でも珍しい「石垣いちご」畑が広がっていて、ここがガキ共の攻撃目標です。当然、貴重ないちごですから、警戒厳重です。何度か斥候を出すうち、裏山から回り込むと警戒も薄く、柵も子供の身体なら何とか入れそうな地点を発見、直ちに突入しました。あっけなく成功しましたが、そこはガキです。夢中で頬張っているうち見つかりました。「敵」はものすごい形相で迫ってきます。我々はかねて打ち合わせた通りクモの子を散らすように別方向に逃げる・・・ハズでしたが、必ず間の悪いガキがいるもので、もたついている間に彼は捕まりました。勿論、我々は必死に逃げます。集結地点でしばらく息を潜めていると彼が戻ってきました。足取りはしっかりしていますが、顔は思いっきり殴られて鼻血で真っ赤です。そして恥ずかしそうに言います。「いちごになっちゃった!・・・」これが昔のガキの凄さです。
その後、何度か攻防戦が繰り広げられましたが、やがて小学校の知るところになり全員、思いっきりビンタを食らいました。みんな「りんご」になりました。すると最初に捕まったガキが慰めます。「いちごになるよりいいよ!・・・」。尊敬のまなざしで見られたのは言うまでもありません。流石に「ざくろ」になる子はいませんでしたが、「いちごを食うか、いちごになるか」の攻防は今も甘酸っぱい記憶です。
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