クレムリンを出て、左手にクレムリンの赤茶の壁を見ながら歩いて行きました。
右側には普通の素敵な公園が広がっていました。

そしてクレムリンの端に行くと、第二次世界大戦の慰霊碑があり、警護兵が
厳格にきちっと立っていました。北方領土問題がすぐに頭に浮かびました。
領土問題は、両国の主張、立場が明確に異なりますから、これを解決する
のは大変だと思います。戦勝国と戦敗国・・うううむ!?

クレムリンを過ぎて右に曲がると、赤の広場の入り口がありました。
レーニン廟にお参りする方々が行列を作っていました。

赤の広場に入ると、広大な空間でした。石畳です。赤の広場は、本来は
美しき広場という意味だそうです。クレムリンの北東の城壁に面する
長さ700mほどの広場です、コンサートの会場が設営されていて、
意外と自由な雰囲気なのに驚きました。

歩いていって端には有名な聖ワシリー寺院があります。イワン雷帝が
16世紀後半に建立した大聖堂です。鮮やかな色彩が見事です。

これまでニュースや映画等で見たり聞いたりしてきたクレムリンと赤の広場、
実際に自分の眼で見て体感して、本当に良かったと思いました。
奥深いことはとても届きませんが、少なくとも、こういう場所なんだとさえw
分かれば、これからのロシアのことも少しは身近に感じられると思いましたよ。
これまで、余り行ってみたいと思ってはいませんでしたが、今回、本当に
行ってみて良かったと思います。
右側には普通の素敵な公園が広がっていました。

そしてクレムリンの端に行くと、第二次世界大戦の慰霊碑があり、警護兵が
厳格にきちっと立っていました。北方領土問題がすぐに頭に浮かびました。
領土問題は、両国の主張、立場が明確に異なりますから、これを解決する
のは大変だと思います。戦勝国と戦敗国・・うううむ!?

クレムリンを過ぎて右に曲がると、赤の広場の入り口がありました。
レーニン廟にお参りする方々が行列を作っていました。

赤の広場に入ると、広大な空間でした。石畳です。赤の広場は、本来は
美しき広場という意味だそうです。クレムリンの北東の城壁に面する
長さ700mほどの広場です、コンサートの会場が設営されていて、
意外と自由な雰囲気なのに驚きました。

歩いていって端には有名な聖ワシリー寺院があります。イワン雷帝が
16世紀後半に建立した大聖堂です。鮮やかな色彩が見事です。

これまでニュースや映画等で見たり聞いたりしてきたクレムリンと赤の広場、
実際に自分の眼で見て体感して、本当に良かったと思いました。
奥深いことはとても届きませんが、少なくとも、こういう場所なんだとさえw
分かれば、これからのロシアのことも少しは身近に感じられると思いましたよ。
これまで、余り行ってみたいと思ってはいませんでしたが、今回、本当に
行ってみて良かったと思います。