空野雑報

ソマリア中心のアフリカニュース翻訳・紹介がメイン(だった)。南アジア関係ニュースも時折。なお青字は引用。

彼らの本質(のひとつ)が行動的ロマンチストである、とはっきり言えるであろう、そんな例

2016-05-11 22:02:04 | Newsメモ
BBC Australians planned to 'use small boat to join IS' 11 May 2016

 オーストラリア警察は5人ばかしのおばかさんたちを保護したそうな。クイーンズランド州北端から、フィッシングボートで船出して、なんとか海洋を渡りきってその先でイスラミック・ステート集団に参加しようと考えていたそうな。

 うちひとりは、悪名だかいnotoriousとまで有名なイスラムの説教師Musa Cerantonioだとか。

 しかしまあ、警察さんの広報が「"This activity is not related to any current or impending threat to the community."」とまで言うのは、なかなかのものである…。普通警察は、差し迫った危機や起こってしまった事件に対して行動するものであって、『この件は社会に対する現在的な・差し迫った危機にまーったく関係してないっすね』というのは、決然として危機を生起せしめんとして活動した(はずの)容疑者たちに対する、恐るべき侮蔑の言葉となりえる。

ABC Islamic preacher Musa Cerantonio among five arrested over alleged plan to join Islamic State 11 May 2016

 一応deepseaのfishingに適するのだそうだが、セコハンもいいところで、30年物だとか。

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7 コメント

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ヤバレカバレ (hilowmix)
2016-05-14 07:39:36
やっぱり「このまま生きているよりはリスキーでもなにかしたい」と思い詰める若者が増えるとマッポー的所行が増えるんですかね。インガ・オホー。
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Unknown ()
2016-05-15 11:08:55
なおその際、身と命をささげるに値する全世界的・全宇宙的価値などが提示されるとより動員が楽になる模様。
「権力者死すべし」
とかって。
でも多くの場合、あんまり高級なニンジャ・ソウルは降りないっぽくて、その微妙さに笑い泣く
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Unknown ()
2016-05-15 11:20:07
…しかし「思い詰める若者」の(気持ちを利用した)「マッポー的所行」にもいろいろ現れ方はあるなあ、とか
…なんでKAMIKAZE ATTACKという表現に反論したがるニポン人がいるかとか考えると、ちょっとだけ実りがあるかも。

神風特攻のひとの遺書とかに家族への思いが書き連ねられているあたりとか、あれ、実は表向きは・社会的には天皇陛下の御為に、という外装をつけてはいても、「親兄弟姉妹のために死ぬ」という理由付けがあったか。英霊の妹なら多少生きるのが楽だろう、とか。

パレスチナのカミカゼ君たちについては、しばしば遺族が、そこそこ見られる部屋にお兄ちゃんの遺影を飾っていたりする(プロパガンダ)写真を見たりする。
するとあれも、「オレが鉄砲玉になれば、父ちゃん母ちゃん弟たちはメシが食えるんだ」というインセンティブがあるものだろう

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Unknown ()
2016-05-15 11:23:17
パレスチナについては、そりゃまあ「テロリズム」ではあるが、どーも「抵抗運動」とか、価値観によっては+評価の表現をとりたくなるのは、そーいう、なんか人間的に理解・共感しやすいあたりがあるかなーと。
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Unknown ()
2016-05-15 11:25:47
…ということで、幼女爆弾とかヤク漬け爆弾とか、『君が爆弾になりたくないっていうなら、君のお姉ちゃんが何、されちゃうかとか知りたいかなー?』爆弾とかをKAMIKAZEと呼ぶのは
……うん、まあ。
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なぜ奴らはファック野郎なのか (hilowmix)
2016-05-15 15:07:46
なぜ私がISやらボコ・ハラムの連中を「ファック野郎」と呼んではばからないかと問われれば「彼らは父祖らの判断・選択への尊敬がないから」と答えるでしょう。彼らの祖先も、多くの人々と共存し、お互いに支え合って今日の世を子孫らに残してきたはずです。その選択のすべてが正しかった訳ではないでしょうが、そのおかげで彼らは生まれ、育まれた。父祖に敬意を持ち、その思いを子弟らに引き継いでいく責務が人にはあるでしょう。それを根こそぎ否定し、神の名を借りて他者を断罪し、殺す。これを救いがたき悪と呼ばずしてなんとするか(感情的だね)。
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Unknown ()
2016-05-15 19:24:32
あまり綺麗な表現ではないので、多少はばかったほうがよいかと!
私は「このような者たちは、自由と人権と民主主義の根源的敵であるばかりでなく、人間社会にとっての害悪であり、その細胞の最後の一片にいたるまで滅ぼし尽くすほどの必要がある!」と演説しますな。
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