令和2年3月24日 第三小法廷判決 平成30年(行ヒ)第422号 所得税更正処分取消等請求事件
補足意見
1. 原審は,租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべきであり,みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されないとし,通達の意味内容についてもその文理に忠実に解釈するのが相当であり,通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして適用することは許されないという。原審のいう租税法規の文理解釈原則は,法規命令については,あり得べき解釈方法の一つといえよう。しかし,通達は,法規命令ではなく,講学上の行政規則であり,下級行政庁は原則としてこれに拘束されるものの,国民を拘束するものでも裁判所を拘束するものでもない。確かに原審の指摘するとおり,通達は一般にも公開されて納税者が具体的な取引等について検討する際の指針となっていることからすれば,課税に関する納税者の信頼及び予測可能性を確保することは重要であり,通達の公表は,最高裁昭和60年(行ツ)第125号同62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁にいう「公的見解」の表示に当たり,それに反する課税処分は,場合によっては,信義則違反の問題を生ぜしめるといえよう。しかし,そのことは,裁判所が通達に拘束されることを意味するわけではない。さらに,所得税基本通達59-6は,評価通達の「例により」算定するものと定めているので,相続税と譲渡所得に関する課税の性質の相違に応じた読替えをすることを想定しており,このような読替えをすることは,そもそも,所得税基本通達の文理にも反しているとはいえないと考える。
もっとも,租税法律主義は課税要件明確主義も内容とするものであり,所得税法に基づく課税処分について,相続税法に関する通達の読替えを行うという方法が,国民にとって分かりにくいことは否定できない。課税に関する予見可能性の点についての原審の判示及び被上告人らの主張には首肯できる面があり,より理解しやすい仕組みへの改善がされることが望ましいと思われる。
2. 法廷意見で指摘しているとおり,所得税法に基づく譲渡所得に対する課税と相続税法に基づく相続税,贈与税の課税とでは,課税根拠となる法律を異にし,それぞれの法律に定められた課税を受けるべき主体,課税対象,課税標準の捉え方等の課税要件も異にするという差異がある。その点を踏まえると,所得税法適用のための通達の作成に当たり,相続税法適用のための通達を借用し,しかもその借用を具体的にどのように行うかを必ずしも個別に明記しないという所得税基本通達59-6で採られている通達作成手法には,通達の内容を分かりにくいものにしているという点において問題があるといわざるを得ない。本件は,そのような通達作成手法の問題点が顕在化した事案であったということができる。租税法の通達は課税庁の公的見解の表示として広く国民に受け入れられ,納税者の指針とされていることを踏まえるならば,そのような通達作成手法については,分かりやすさという観点から改善が望まれることはいうまでもない。
さて,所得税基本通達59-6には上記の問題があることが認められるものの、より重要なことは,通達は,どのような手法で作られているかにかかわらず,課税庁の公的見解の表示ではあっても法規命令ではないという点である。そうであるからこそ,ある通達に従ったとされる取扱いが関連法令に適合するものであるか否か,すなわち適法であるか否かの判断においては,そのような取扱いをすべきことが関連法令の解釈によって導かれるか否かが判断されなければならない。税務訴訟においても,通達の文言がどのような意味内容を有するかが問題とされることはあるが,これは,通達が租税法の法規命令と同様の拘束力を有するからではなく,その通達が関連法令の趣旨目的及びその解釈によって導かれる当該法令の内容に合致しているか否かを判断するために問題とされているからにすぎない。そのような問題が生じた場合に,最も重要なことは,当該通達が法令の内容に合致しているか否かを明らかにすることである。通達の文言をいかに文理解釈したとしても,その通達が法令の内容に合致しないとなれば,通達の文理解釈に従った取扱いであることを理由としてその取扱いを適法と認めることはできない。このことからも分かるように,租税法の法令解釈において文理解釈が重要な解釈原則であるのと同じ意味で,文理解釈が通達の重要な解釈原則であるとはいえないのである。
これを本件についてみると,本件においては,所得税法59条1項所定の「その時における価額」が争われているところ,同項は,譲渡所得について課税されることとなる譲渡人の下で生じた増加益の額を算定することを目的とする規定である。そして,所得税基本通達23~25共-9の(4)ニは,取引相場のない株式のうち売買実例のある株式等に該当しないものの価額を「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」とし,さらに同通達59-6は,その価額について,原則として,同通達(1)~(4)によることを条件に評価通達の例により算定した価額とするとしていることは,法廷意見のとおりである。そして,先に述べたように,通達に従った取扱いは,当該通達が法令の内容に合致していない場合には,適法とはいえず,本件の場合,譲渡所得に対する所得税課税について相続税法に関する通達を借用した取扱いが適法となるのは,そのような借用が所得税法に合致する限度に限られる。所得税基本通達59-6は,取引相場のない株式に係る所得税法59条1項所定の「その時における価額」について,無限定に評価通達どおりに算定した額とするものとしているわけではなく,評価通達の「例により」算定した価額としていることは,法廷意見が指摘するとおりである。これは,同項の「その時における価額」の算定について評価通達を借用するに当たっては,少なくとも,譲渡所得に対して課される所得税と評価通達が直接対象としてきた相続税及び贈与税との差異から,所得税法の規定及びその趣旨目的に沿わない部分については,これを同法59条1項に合致するように適切な修正を加えて当てはめるという意味を含んでいると理解することができ,このことは,所得税基本通達59-6に,個別具体的にどのような修正をすべきかが明記されているか否かに左右されるものではない。
このような理解を前提とする限り,所得税基本通達59-6による評価通達の借用は,所得税法59条1項に適合しているということができる。因みに,同項の「その時における価額」の算定においても評価通達の文言通りの取扱いをすべきとする根拠は,同項にもその他の関連する法令にも存在しない。そして,所得税基本通達59-6の(1)は,少数株主に該当するか否かの判断の前提となる「同族株主」に該当するかどうかにつき株式を譲渡又は贈与した個人(すなわち,株式を取得した者ではなく,株式の譲渡人)の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数によると明記していることは原審判決も摘示しているとおりであるが,これは所得税法59条1項が譲渡所得に対する課税に関する規定であるため,同項に合致するよう評価通達に適切な修正を加える必要があるという理由から定められたものであることは明らかである。この理由は,評価通達188の(3)の少数株主の議決権の割合に言及している部分についても同様に当てはまる。なぜならば,譲渡人に課税される譲渡所得に対する所得税課税の場合には,譲渡の時までに譲渡人に生じた増加益の額の算定が問題となるのであるから,その額が,譲渡人が少数株主であったことによって影響を受けることはあり得るとしても,当該譲渡によって当該株式を取得し,当該譲渡後に当該株式を保有することとなる者が少数株主であるか否かによって影響を受けると解すべき理由はないからである。したがって,所得税法59条1項所定の「その時における価額」の算定に当たってなされる評価通達188の(3)を借用して行う少数株主か否かの判断は,当該株式を取得した株主についてではなく,当該株式を譲渡した株主について行うよう修正して同通達を当てはめるのでなければ,法令(すなわち所得税法59条1項)に適合する取扱いとはいえない。
補足意見
1. 原審は,租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべきであり,みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されないとし,通達の意味内容についてもその文理に忠実に解釈するのが相当であり,通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして適用することは許されないという。原審のいう租税法規の文理解釈原則は,法規命令については,あり得べき解釈方法の一つといえよう。しかし,通達は,法規命令ではなく,講学上の行政規則であり,下級行政庁は原則としてこれに拘束されるものの,国民を拘束するものでも裁判所を拘束するものでもない。確かに原審の指摘するとおり,通達は一般にも公開されて納税者が具体的な取引等について検討する際の指針となっていることからすれば,課税に関する納税者の信頼及び予測可能性を確保することは重要であり,通達の公表は,最高裁昭和60年(行ツ)第125号同62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁にいう「公的見解」の表示に当たり,それに反する課税処分は,場合によっては,信義則違反の問題を生ぜしめるといえよう。しかし,そのことは,裁判所が通達に拘束されることを意味するわけではない。さらに,所得税基本通達59-6は,評価通達の「例により」算定するものと定めているので,相続税と譲渡所得に関する課税の性質の相違に応じた読替えをすることを想定しており,このような読替えをすることは,そもそも,所得税基本通達の文理にも反しているとはいえないと考える。
もっとも,租税法律主義は課税要件明確主義も内容とするものであり,所得税法に基づく課税処分について,相続税法に関する通達の読替えを行うという方法が,国民にとって分かりにくいことは否定できない。課税に関する予見可能性の点についての原審の判示及び被上告人らの主張には首肯できる面があり,より理解しやすい仕組みへの改善がされることが望ましいと思われる。
2. 法廷意見で指摘しているとおり,所得税法に基づく譲渡所得に対する課税と相続税法に基づく相続税,贈与税の課税とでは,課税根拠となる法律を異にし,それぞれの法律に定められた課税を受けるべき主体,課税対象,課税標準の捉え方等の課税要件も異にするという差異がある。その点を踏まえると,所得税法適用のための通達の作成に当たり,相続税法適用のための通達を借用し,しかもその借用を具体的にどのように行うかを必ずしも個別に明記しないという所得税基本通達59-6で採られている通達作成手法には,通達の内容を分かりにくいものにしているという点において問題があるといわざるを得ない。本件は,そのような通達作成手法の問題点が顕在化した事案であったということができる。租税法の通達は課税庁の公的見解の表示として広く国民に受け入れられ,納税者の指針とされていることを踏まえるならば,そのような通達作成手法については,分かりやすさという観点から改善が望まれることはいうまでもない。
さて,所得税基本通達59-6には上記の問題があることが認められるものの、より重要なことは,通達は,どのような手法で作られているかにかかわらず,課税庁の公的見解の表示ではあっても法規命令ではないという点である。そうであるからこそ,ある通達に従ったとされる取扱いが関連法令に適合するものであるか否か,すなわち適法であるか否かの判断においては,そのような取扱いをすべきことが関連法令の解釈によって導かれるか否かが判断されなければならない。税務訴訟においても,通達の文言がどのような意味内容を有するかが問題とされることはあるが,これは,通達が租税法の法規命令と同様の拘束力を有するからではなく,その通達が関連法令の趣旨目的及びその解釈によって導かれる当該法令の内容に合致しているか否かを判断するために問題とされているからにすぎない。そのような問題が生じた場合に,最も重要なことは,当該通達が法令の内容に合致しているか否かを明らかにすることである。通達の文言をいかに文理解釈したとしても,その通達が法令の内容に合致しないとなれば,通達の文理解釈に従った取扱いであることを理由としてその取扱いを適法と認めることはできない。このことからも分かるように,租税法の法令解釈において文理解釈が重要な解釈原則であるのと同じ意味で,文理解釈が通達の重要な解釈原則であるとはいえないのである。
これを本件についてみると,本件においては,所得税法59条1項所定の「その時における価額」が争われているところ,同項は,譲渡所得について課税されることとなる譲渡人の下で生じた増加益の額を算定することを目的とする規定である。そして,所得税基本通達23~25共-9の(4)ニは,取引相場のない株式のうち売買実例のある株式等に該当しないものの価額を「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」とし,さらに同通達59-6は,その価額について,原則として,同通達(1)~(4)によることを条件に評価通達の例により算定した価額とするとしていることは,法廷意見のとおりである。そして,先に述べたように,通達に従った取扱いは,当該通達が法令の内容に合致していない場合には,適法とはいえず,本件の場合,譲渡所得に対する所得税課税について相続税法に関する通達を借用した取扱いが適法となるのは,そのような借用が所得税法に合致する限度に限られる。所得税基本通達59-6は,取引相場のない株式に係る所得税法59条1項所定の「その時における価額」について,無限定に評価通達どおりに算定した額とするものとしているわけではなく,評価通達の「例により」算定した価額としていることは,法廷意見が指摘するとおりである。これは,同項の「その時における価額」の算定について評価通達を借用するに当たっては,少なくとも,譲渡所得に対して課される所得税と評価通達が直接対象としてきた相続税及び贈与税との差異から,所得税法の規定及びその趣旨目的に沿わない部分については,これを同法59条1項に合致するように適切な修正を加えて当てはめるという意味を含んでいると理解することができ,このことは,所得税基本通達59-6に,個別具体的にどのような修正をすべきかが明記されているか否かに左右されるものではない。
このような理解を前提とする限り,所得税基本通達59-6による評価通達の借用は,所得税法59条1項に適合しているということができる。因みに,同項の「その時における価額」の算定においても評価通達の文言通りの取扱いをすべきとする根拠は,同項にもその他の関連する法令にも存在しない。そして,所得税基本通達59-6の(1)は,少数株主に該当するか否かの判断の前提となる「同族株主」に該当するかどうかにつき株式を譲渡又は贈与した個人(すなわち,株式を取得した者ではなく,株式の譲渡人)の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数によると明記していることは原審判決も摘示しているとおりであるが,これは所得税法59条1項が譲渡所得に対する課税に関する規定であるため,同項に合致するよう評価通達に適切な修正を加える必要があるという理由から定められたものであることは明らかである。この理由は,評価通達188の(3)の少数株主の議決権の割合に言及している部分についても同様に当てはまる。なぜならば,譲渡人に課税される譲渡所得に対する所得税課税の場合には,譲渡の時までに譲渡人に生じた増加益の額の算定が問題となるのであるから,その額が,譲渡人が少数株主であったことによって影響を受けることはあり得るとしても,当該譲渡によって当該株式を取得し,当該譲渡後に当該株式を保有することとなる者が少数株主であるか否かによって影響を受けると解すべき理由はないからである。したがって,所得税法59条1項所定の「その時における価額」の算定に当たってなされる評価通達188の(3)を借用して行う少数株主か否かの判断は,当該株式を取得した株主についてではなく,当該株式を譲渡した株主について行うよう修正して同通達を当てはめるのでなければ,法令(すなわち所得税法59条1項)に適合する取扱いとはいえない。