かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

「ご先祖様の人数」について

2010-05-18 | 随想
最近ある機関誌の依頼を受けて書いた随想を転記します。この機関誌には「視点・論点」「木葉木莵(コノハズク)の呟き」などの項があり、この稿は「コノハズク=森の老賢者」に寄せたものです。


「ご先祖様の人数」のお話

 先月は偶然にも親戚の法事が二度もあり、大切な日曜日がつぶされました。毎日が日曜日の身とはいえ、日曜日には特別な予定や思いがあることに変わりはありません。

 最初の家でお目にかかったお坊さまは、お見受けしたところ傘寿を超えた高僧で恰幅もよく、低音の読経も家中に響き渡っていました。読経が終わったらお坊さまが着替えをされ、みんなが揃ってお墓参りに出かけるのがこの地方の慣例ですが、この日はお経のあと短いお話がありました。
 「今日はみなさん、お忙しいところを、こうやってお参り下さって、いい供養をしてちょうだぁしたなも」から始まって、要するに私たちが今生きているのはご先祖様のお陰で、そのことに思いを馳せ常々感謝しながら毎日を過ごさなければならない、というお話でした。
 「一人には二人の親がおり、その親にもそれぞれ二人の親がおり、そのまた親にも二人の親がござるわけで、ここまででも2×2×2で、8人の人の血が私らあの体に流れておるわけで、そのうちの誰が欠けておっても今の私らはここに居らんわけだなも。こうやって、まあ10代遡っただけでも、2×2×2と2を10回かけんならん、そうすると1024にもなるそうで、そう考えると命というものは本当にありがたいものですわなあ」と続きました。2の10乗は確かに1024です。このころから私は少しむっとしてきましたが、曹洞宗の老僧に免じて、不快を顔に出さないように努めていました。

 ところが二週間後の日曜日に出かけた二軒目の親戚でも同じ話を聞かされました。こちらは浄土宗で、このお坊さまは30歳代後半で、5年ほど前会社員をやめて親の後を継いだ人でした。なにしろ2を10回かけて1024になるところまで同じでした。

 「ちょっと待って下さい」と言いだしそうな衝動を抑えるのに、どんなに苦労したことか。お行儀よく聴いている中学生や高校生もいるではないか。こんな話を聞かせてこの子たちの人生が間違うかもしれないぞ、と思ったものです。
 これは多分、宗派を超えた仏教会のような機関が、遅ればせながら布教の一環として、年忌法要の機会を捉えて檀信徒に話すべき小話のマニュアルを作ったのではないか。そこに10代遡って1024の話が載っているに違いない、と思いました。

 もしそうだったとしたらお粗末なマニュアルだといわなければなりません。1代を30年として10代で300年です。この計算で2000年前まで遡るとご先祖様は、2の66乗(2000÷30=66、6……。以下少なく見積もるためにどんどん切り捨て)ですから、ちょっと対数計算をして少なくとも1000京(京は兆の一万倍)を超えます。現在の世界人口を70億として、この数は現在の人口の10億倍以上、多分すべての人が平野に立っているだけでも海にこぼれる程の人数でしょう。なにしろご先祖様の誰一人が欠けていても今の私たちはいないのですから。さらにいうと、一人のご先祖様が1000京人です。このマニュアルを作った人はこんな簡単な矛盾に気がつかなかったのでしょうか。対数(普通なら高校一年生で学習)がちょっと苦手であったとしても、アダムとイブの子孫が現在の人類だとする教義と対抗するわけだから、それに備える論理が必要だ、くらいの問題意識があって当然です。

 掛け算が使えるのは「重なりがない」場合です。小学校で教えるときの最留意点です。
「従兄結婚」はいうまでもなく、何代遡っても血縁でない婚姻の場合のみ掛け算が利用できますが、狭い島や村の中で何百年もの間営々と守り継がれた民族の歴史の中で、そんな婚姻は不可能です。さらに民俗学が明らかにした、外からの血を求めての「鬼祭り」や「旅人接待」の習俗に思いを馳せれば、1024の怪しさにすぐ気づくはずです。これをもとに、仏教会の硬直化や退廃にまで言い及ぶのは乱暴でしょうか。それでも仏教フアンの私としては、何とかして欲しい気持ちも強いのです。

 実は、若い方のお坊さまは親の代からよく知っている人で、気軽な間柄でもあります。
二軒目の法要を終えた日の夕食時、私は思い余って家内にこの話をしました。そして思い切って若和尚に進言しようか、とまで言いました。しかし家内は即座に「止めなさい!あなたの話はいつも角々している。ありがたいお話じゃない。誰もあなたのようなことは考えていないわよ」といいました。こうなってはもう断念するしかありません。
 この話題は「木葉木莵の呟き」にも不向きだったかもしれません。曲げて「ヒキガエルの呟き」ということでお許しを頂きます。


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