緩くスピリチュアリティな道を生きる…TAO

いつでも自分らしく…魂の感じるままに…気づいて行く…素直に表現する…そして楽しむ…

本気モードになる……とは。

2023-09-07 | スピ的視点
  子育て中のエピソードの一つに、「本気になる」という事はどんな事かという例があって、学んだ事がいっぱいある。
他愛もないしょうもない事だけど、そんな中にも気づきが。
どんな事でも「本気」って大切で、
本当に本気で向き合うって「言うは易し行うは難し」なんですが。
人生の中で必ず小さい事から大きな事まで常に起こっている。
特に子育ての時には本気で向き合わないとやってけない事ばかり。
でも中々気づかない、
気づかないでいるともっと大変な事へと発展していく。
こんな事の繰り返し。
それでまた本気を知っていく……みたいな。

例えばホントしょうもない事だけど、
夕方になりご飯時に近づくと、私はご飯の支度をしながら「もうそろそろお片付けしなさいねぇ~」と声掛けをする。
それでも中々片づけに入らない、ゲームを続けたり、オモチャを出しっぱなしでいたり、
二度三度は「ねぇ~~」とこっちも手も止めず、バタバタとしながら優し気に。
段々とその「ねぇ~~」が「ねっ!」とトーンが変わる。
そして子供たちはまだ聞いてるのか聞いていないのか状態、
そしてその感嘆符の数が増えていく「!!!」と。
声のトーンも厳しく激しく大きくなり、子供とも目を合わせて顔つきまで!!
そうなればやっと子供たちの変わり身の素早い事 (^^;)

最初のうちは母親の言葉なんてBGMでしかないんです、
そして5度目ぐらいに本気モードに入ると子供の態度はシャキッと変わる!!


こういうほのぼのモード(当時はかなり怖いけど)の出来事ではこんなもんですと言えるけど、
これが出来事によると問題も課題も様々で大変な事態を招くこともあります。
いわゆる無難が小難に、小難が大難に……と。
大難になると手に負えない事態になったりもします。

それで親も子供も本気モードを知るんですよね (^.^)
よく子供が不良になったりして、子供のせいだとか親のせいだというけれど、本質のところはお互いに本気で何か向き合わなければいけない事があったり向き合いたいから起こっている出来事だと思う。

私は子供に関しては常に本気モードだったかも知れません。
その頃は向き合う事が子育てしかなかったからかも知れないし、
子育てで、自分を知る頃だったからなんでしょう。
そんな頃は全力の気が子供に向かってて、
子供にとっては重たい母親だったかも (^^;)
今ではそんな事を子供たちと笑ってか、言い訳がましくか、話します、めちゃ重たかったなぁ~って感じで (^.^)

子供との間ではいつも本気モードだったと言えるけど、
夫婦とか他の人間関係では中々言えない自分とか変な配慮などに気を回してた自分もいました。

でも、いつも話していますが、自分に本気で向き合うようになってからはそれも徐々に変わって行きました。
自分の意見は言うように努めるようにもなったし。
その根底には他者の事も尊重するという事を大切に考えるようになって行って、
そうなると自分の意識の変化も気づき解りだし、
冷静に考える事も出来るようになって、
意識の障壁や状況の変化も自然に変わり出すようになりました。

最近はその「本気」が「覚悟」なんだなと思うようになったんです。
小さな「本気」が小さな「覚悟」を出せるというか、
その後には大きな「覚悟」が大きな「本気」へと変わって行ってるなと。

普段からも小さな選択って常にしているもんですが、
小さな「本気」へ変わると小さな「覚悟」になり状況が変わっていたりするんです。不思議なんですが。
多分自分の意識が変わってるんでしょう。

例えば、
問題が起きて悶々として何か人に言いたいことが出て来ても中々言えなかったりして我慢して悶々とする気持ちが堂々巡りして、それでも自分の事も理解して相手の事も理解して、よっしゃー!絶対言う、絶対こうする!と本気で決めて覚悟すると、不思議だけど状況が一変するという事が起こるんです。
その一変したことが正しいとか間違いとかではなく、どちらがどうのこうのという事でなく。
悶々と堂々巡りしていたことを打破する。

多分相手というより自分の道が決まるんでしょう。
次はこっちだよとか、次の課題へ進みなさいとか。
自分の意識が変わったんだなと。

普段の生活にでも小さな本気と小さな覚悟は必須なんだなと。 !(^^)!




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