不肖Tamayan.com駄弁録

「英雄は自分のできる事をした人だ。凡人はできる事をせずに、できもしない事を望む。」byロマン・ロラン

Tamayan動静2005年1月1日から4月27日まで

2006年01月06日 00時19分26秒 | Tamyan動静バックナンバー
2005年01月01日 03時08分45秒 Tamayan動静
 いやはや明けましておめでとうございます。
 拙者この四日間、風邪で寝たきりになっており、やっとこさ回復基調の今日この頃であります。いったいなんのために実家に帰ったのか。はあ。
 まあそれはさておき新年ですよ。今年は最後の最後で伏せったせいか全然実感なし。紅白もみんかったし、ひたすら寝っぱなし。なんとも暗い2005年の始まりで。

2005年01月05日 23時27分43秒 Tamayan動静&お知らせ
 実家のPCと私の体調が悪かったので、更新を滞らせてしまいました。申し訳ない。
 結局、寝込みっぱなしの帰省でありました。昨日は地元の友人と会う約束をしていたのですが、体調が思わしくなく、結局中座。このままでは京都に戻ってこれなさそうなので、今日何とか帰京。とことん冷え切った京都と部屋の中で凍死しかけたので、急遽こたつ出動。なんとか寒さをのりきっている状況であります。これからこの寒さが続くのかと思うとやる気も失せる今日この頃であります。
 最後に、お知らせであります。
 昨年末に応募致しましたTamayan日記人気投票の件ですが、締め切りを今週中(日曜まで)といたします。まだ御投票されていない方、ふるって御投票ください。

2005年01月13日 00時34分26秒 Tamayan動静

 お久しぶりであります。あまりの寒さに凍死しそうでありますが、しぶとく生きています。最近やたらと忙しいので更新できておりませんでした。
 さて、今日は朝から終日、雪が降りました。信じられません。今朝もいつも通り、最近やたらと調子が悪いエアコンに悪態をつきながら起床。室温25度に設定しているのに、やたらと寒い。全然仕事をしない我が家のエアコンに仄かな殺意を覚えながら、しぶしぶ着替えて登校の準備。ここまではこの一週間の日常風景。
 しかし、今日は何かが違った。何かが頭にひらめき、「ブーン」と鈍い音を立てながらも仕事をしない我が家のエアコンに近づく。そして、空気送り出し口に手をかざしてみた。全身に悪寒が走った。エアコンから吹き出される風は、鬼のように冷たかった。思わずリモコンを確認する。表示は「暖房」となっていた。もしかして壊れてる?「チーン・・・」。
 京都独特の殺人的寒さの中、冷風を送り出していた我が家のエアコン。それに一週間気づかず、電気代を浪費していた俺。なんともアンニュイな寒さが我が家に漂っておりました。
 なんともいえないやるせなさを残しながら登校。帰宅してから原因究明委員会を発足させる。エアコンを「冷房」、「ドライ」と切り替えながら、噴出す風を調べる。しかし、この二つの仕事はきっちりこなす。そして、「暖房」に切り替える。一瞬、止まった後、ぬるいが暖かい風が出てきた。なんだ気のせいか、と安心し、コタツで今夜のニュースをチェックする。
 しかし、少し時間がたって、異変に気づいた。やはり寒い。再び空気送り出し口に手をかざす。案の定、我が家のエアコンから強力な冷風が吹き出ていた。即座に電源を切る。といっても何をしていいのか分からない。とりあへずなにやら汚れていたフィルターを取り外し、風呂場で洗浄。フィルターカバーの溝にたまった埃を、先をティッシュで巻いた耳掻きで掻き出す。埃が目に入るのに堪え、埃を排除する。
 後はフィルターが乾くのを待つのみ。結果は明日判明する。明日のTamayan動静を乞うご期待(するまでもないか)。

2005年01月14日 00時58分38秒 Tamayan動静

 昨日の続報であります。
 今晩帰宅後、昨日洗浄したフィルターを我が家のエアコンに再装着。さらに、設定温度も上げて我が家のエアコンを再起動。その結果や如何に。
 恐る恐る空気送り出し口に手をかざす。暖かい空気が送り出された。昨日の経験を踏まえ、一時間ほど様子を見る。我が家のエアコンは、暖気を送り出し続けていた。ホッとした。
 原因はいまだによく分からんが、とにかく我が家のエアコンはその使命を果たすべく復活した。これで安心して朝を迎えることができましょう。

2005年01月20日 01時34分40秒 Tamayan動静

 えーやっぱり不眠に悩んでいる拙者でございます。
 昨日はいい加減頭に来たので、論文を書いて一晩過ごしました。午前七時から仮眠をとって、二限に出勤。授業に参加。その後は、ゼミの先輩の修士論文の添削をやり、後は自分の研究に没頭。久しぶりに多忙が慢性化しておる今日この頃でございます。
 今日は事務室に呼ばれ、来週から始まる冬季集中の必修予習教材が配布される。鬼のような分量で、かつ全部英語であります。今月末のM1論文締め切りに、授業のテスト、そして冬季集中で必ず課されるであろうレポート、さらに就活対策と課題がてんこ盛りのなか、出された鬼教材。プリントの匂いからして、出したのは十中八九西京極に御住まいのなまず先生。仄かな殺意がめらめらと燃え上がるのであります。
 こんな状況で久しぶりに言いたい。ほああ。

2005年02月02日 02時26分20秒 Tamayan動静

 いやはや昨日日記更新しようかと思いきやサーバーメンテナンスのため更新できず。気を取り直して今日更新。
 昨日はM1論文締め切り日でありました。前の日から徹夜で仕上げてやっとこさ終了であります。さすがに疲れました。もはや徹夜一つするのもやっとの老いぼれ気味であります。
 昨日は学部ゼミの新歓コンパがあったので、院生の身分で参加。いやはや若いねえ。全然話についていけませんでした。三年前は拙者もああっだのかと思うと・・・。

2005年02月20日 01時08分57秒 Tamayan動静

 昨日は四階の住人の方々とその関係者と銀閣寺道の焼肉屋へ。以前ゼミの先輩に連れて行ってもらったその店は、値段は高いがその値段を払うに惜しくない肉を提供してくれるのであります。二回目とはいえ、やはりうまかった。食に煩い人々に大変喜んでもらい、幹事としては至極満足。また機会を作って行きたいものです。

2005年02月20日 21時52分58秒 Tamayan動静

 今日は四階の友人達と愛宕山へ登山に行きました。山に登るのは、中学校のとき富士山に登って以来です。愛宕山は標高約千mとそんなに高くはないですが、なかなか厳しい登山道でありました。しかも頂上付近は吹雪で、気温も氷点下二度。髪の毛もカチカチに凍りました。
 下山したときには、膝が諤々し、握力も無くなっていました。今日は意識を失わないうちに日記を更新する今日この頃です。

2005年02月22日 01時12分00秒 Tamayan動静

 昨日の登山の疲れか、昨夜は久々に日付更新線を京都市がまたぐ前に就寝。夢も見ないほどの安眠を貪る。そして朝六時に目が覚める。ここまではよかった。しかし、やはり恐れていたことが起こった。運動によって生じた筋破壊に伴う炎症(定義筆者)、俗に言う筋肉痛である。
 気持ちよく目は覚めた。しかし、体を動かした途端、強烈な激痛が全身を襲う。起きれない。さらに、昨日転倒した際に腰を打ったせいか、腰も痛い。挙句の果てには、昨日大して使っていないはずの右上でも痛い。必死の思いで立ち上がり、必死の思いで登校の準備をする。その姿はなんとも無様である。
 悪いことは重なるとはよく言ったものである。鏡を見れば、髪の毛がまさに爆発していた。ここまではよい。問題は、寝癖が治らなかったことである。懸命の回復作業もむなしく、結局モヒカンチックな髪型のまま登校する羽目になった。
 途中イズミヤの小川珈琲へ寄って豆を買う。しかし、不自然な歩き方に意味不明のモヒカン頭に店員も俺に対して回避行動をとっていた。いつもは向こうから「何をお探しですか?」と聞いてくるが、今日は避けられているので、拙者から店員に「アラビアンモカ200gください」と声をかける始末。その光景、もはやネタを飛び越え、かなりシュールな空気が漂っていた。

おまけ
 筋肉痛の定義を調べようと、利用しているインフォシークツールバーの辞書機能で検索した。そしたら「大辞林」曰く、「筋肉の痛み。筋痛。」と出た。・・・・・・・。拙者が云わんとしていることは読者の方々に察していただきたい。

2005年02月25日 01時42分33秒 Tamayan動静

 今日は、とある元首相の講演会を聞きに、昼から永田町の自民党本部へ行っておりました。ものものしい警備の中、日本を仕切っている集団の本部施設へ入る。会場となったホールには、歴代の総理総裁の肖像画が壁に貼ってあり、歴史を感じました。
 肝心の講演会でありますが、件の元首相、御年八十七にも関わらず現役時代の熱意と気合を感じさせるものでした。まあ、内容の多くは回顧録に書いてあるものと変わらないので新鮮味はありませんが。
 ただ、最後に彼が述べた言葉、「国防の基本方針」第四項を改定せよとの主張。この点は、私が彼を研究する最大の理由でありますが、彼が代議士としては死んでも政治家としては死んでいない事実をまざまざと感じさせられました。
 たった一時間の講演の、たった5分ほどのその講演箇所から分かったこの事実。この事実を知っただけでも、ない金をはたいて日帰りで東京へ足を運んだ価値がありました。

2005年03月01日 00時30分42秒 Tamayan動静

 今日は某大手新聞社主催のフォーラムへ参加するため朝から東京大手町へ。アーミテージがスピーカーとしてくるからというのが参加理由。なんとミーハーな、という批判を頂戴しそうですが、まあ拙者がよいのだからよい。
 駄弁に埋め尽くされる前に本題に移ります。肝心の講演会のお話です。東京大手町の経団連会館が会場。各階案内には、やたらと大手業界団体の名が連なり、まさにこの建物が日本財界の中枢にてロビーの巣窟でもあるという実感を覚えながら会場のホールへ。あるともないとも言えないいい加減な警備をクリアし、ホールの中へ。
 できるだけ前の席を確保したかったので前列の方へ向かっていくと、お茶の間のTVでよく見かける人物が座っていた。横田夫妻である。横田夫妻に配慮してか、いや配慮して開演数分前に部隊袖から安倍晋三を後ろに従えて、なんともこの世のものとは思えない風貌の巨人が現れ、なにやら横田夫妻に挨拶をしている。
 そう、彼こそアーミテージである。ずんぐりむっくりしてはいるが、決して肥満体ではない。かつて米海軍特殊部隊で鍛え上げられ、ベトナムから生還した末に獲得した強靭な肉体である。常人が着れば布団並みの背広をはちきらんとするその肉体。彼が動く様は、まさに「山が動い」ているようである。
 彼はきっと人間ではない。人間ではありえない。そう、まさに彼は「巨神兵」である。そうに違いない。そうとしか思えない。しかし、彼は筋肉馬鹿ではない。講演が始まってから、その弁舌すさまじいものがあった。もはや閣僚でないにも関わらず、米国の国益擁護のために他の講演者に対してするどい主張を投げつけるのさえ厭わなかった。その迫力と知性ゆえに、きっと多くの外交官が彼の前にひれ伏したのだろう。
 恐るべしアーミテージ。

2005年03月06日 23時46分12秒 Tamayan動静

 今日は黒衣の堕天使さんと河原町へ映画を見に行きました。本当はM永氏もくる筈でしたが、体調不良のためドタキャン。
 さてさて、今日見た映画の題名は「ローレライ」であります。福井晴敏の「終戦のローレライ」を映画化したものであります。私は、彼の前作「亡国のイージス」(これまた映画化決定。2005年夏公開予定。)を一回生の時に読んでめっぽう感動した経緯があり、公開二日目にして見に行く決意を固めました。ちなみに堕天使さんは、「終戦のローレライ」をお読みになられてから参加。
 肝心の中身はどうであったか。結論から述べると、結構よかったと思います。件の堕天使さんは、殊更ご満悦のようでありました。小説を映画化した場合、原作をだいぶ省略するので面白くないというのが世の定説。案の定、試写会参加者の評価も芳しくありませんでした。幸い、私は原作の「終戦のローレライ」を読んでいないため、最初からその辺のギャップを意識する必要がありませんでした。
 しかしながら、原作読破済の方でも最高とは言わないまでも満足できる内容ではなかったかと思います。原作とのギャップをキャストの演技力でカバーしきった感が否めません。特に役所公司さんの功績によるところが非常に大きかったです(ほんまに渋かった)。このようなやり方賛否両論あるかもしれませんが、原作を殺さないようにする努力の賜物として肯定的に評価しております。実際、既に原作をお読みになられた堕天使さんが大変満足しておられるのですから。
 さて、こうなってくると次の映画版「亡国のイージス」も非常に楽しみであります。なにせこの「亡国のイージス」は、今をもっても私の中の小説ランキング一位でありますから。キャストも真田広之、中井貴一、佐藤浩一、寺尾聡と実力派揃いであります。夏が待ち遠しい今日この頃。

2005年03月09日 00時35分12秒 Tamayan動静

 日曜日から所用で実家に帰っておりました。拙者の親父がちょいとした病気で入院したため、見舞いに行くのがその目的であります。病気で入院といっても命に関わるほどたいそうなものではありません。件の親父は、月初めで忙しいときの入院だけあって、体よりも仕事を心配していらいらしておりました。ともあれ、親の老いを痛感する今日この頃であります。
 今日昼過ぎに実家を離れ、帰京。直接下宿には戻らず、河原町にて、臀部のいたるところに穴が開いてどうしようもないジーパンの後任を買い求めました。そういや五年もおんなじのを履いていたんですな。もののあはれをも感じる今日この頃であります。


2005年03月24日 01時10分56秒 Tamayan動静

 久々の更新であります。
 先週より毎年恒例の追い出しコンパ期間を迎え、昨日終わりました。GSG、大学院ゼミ、学部ゼミ、卒パと目白押しでありました。今回の追い出しで、完全に私の同期がいなくなりました。基礎演以来の友人、一回生以来の友人、ゼミの後輩など今まで特に親しかった人達が学校を離れていくのは、うれしいようで寂しい複雑なものです。
 彼等彼女達の前途に幸ありますように。

2005年03月25日 01時38分35秒 Tamayan動静

 今日黒衣の堕天使さんの隣人さんが京都を離れました。黒衣の堕天使さんはとっくに離れたそうな。M永君もバイトが決まり、週一回来るかこないかという状況だそうです。
 我らの四階北側が寒くなった今日この頃。


2005年03月27日 01時45分10秒 Tamayan動静

 今日は三宮にて中学校の同窓会。久々の集まりであります。いやほんまに。もうすでに社会に出た者、所帯を持った者、道を踏み外した者...。その歩き方は様々ですが、それぞれの道を歩いている彼ら彼女たちの話を聞いて、思わず十何年前にはじけていた彼ら彼女たちの姿を重ねてみました。かつての恩師から拙者はおっさん臭くなったが、変わっていないと言われました。納得。結局変わっていないのは拙者だけのようですな。


2005年04月02日 02時06分13秒 Tamayan動静

 昨日、TNK氏よりSkypeを推奨され導入。これがまたすごい代物であります。いやはや世の進歩は目覚しいものがありますな。もはや自力でついていっていない今日この頃であります。
 そういや今日から新年度スタートですな。拙者にとってはなんの変わり映えもしない一日でありましたが、今日から霞ヶ関の住人になられる黒衣の堕天使さんに今日から院生になるその隣人さん、そして今日から社会人になる友人に後輩。彼らの前途に幸ありますように。

2005年04月04日 00時26分40秒 Tamayan動静

 なにやら最近歯が痛い。左側下奥歯から三番目の歯が痛い。なにやら鈍い痛みが断続的に続いている。しかも、いつも夜から朝にかけて痛む。おかげで夜、ただでさえ悪い寝つきがさらに悪くなった。
 でも虫歯ではないようだ。虫歯独特のあの鋭い痛みではなく、とにかく鈍い痛みが続いている。虫歯の鋭痛もたまらんが、この鈍痛も堪える。じわじわじわじわ痛い。うーん。まいった。

2005年04月06日 00時22分38秒 Tamayanからのお知らせ

 今日、ふと見上げると学校の桜が咲いていました。まだ、つぼみのものも多いですが、そろそろ満開も近いと思われます。まったく、いつから咲きはじめだしたのかわかりません。それぐらい私がいつも下を向いているということでしょうか。上を向いて歩けるようになりたいものです。

2005年04月07日 03時54分02秒 Tamayan動静

 今日は昼から学部事務室の仕事に従事。二時間の予定が情勢変更により結局四時間拘束される羽目に。これで無給です。給料ほしい。
 今日は夜から久しぶりにGSGの後輩と飯+軽く一杯。その後、店の外で三時間、後輩相手に教鞭(駄弁)をふるう。三時間も後輩を拘束するほどものを語るようになった自分。年をとったとつくづく思う今日この頃です。


2005年04月12日 01時06分58秒 Tamayan動静

 今日は先週の水曜日に続き、大学のお仕事。しかも、朝から昼まで。とっくに任期は終わっているはずなのにお仕事。しかも、無給。職員の方は担当が替わったため、まったくお仕事を知らず。つまり、俺に回ってくる。しかも、無給。次のリーダーに引き継いだのに、件の職員さんは俺が離れるので心細いとのたまう。結論、給料くれ。

2005年04月16日 23時05分22秒 Tamayan動静

 昨晩、四階にようじが出現した。なんでも彼女さんとのデートへ向かうついでにきたのだとか。それでもうれしい限りです。相変わらず元気そうでした。それも何よりです。
 ところで、最近人生漂流気味の今日この頃。自分の将来にかなり悩んでおるのであります。あまりに精神に負担がかかりまいりそうになっていたので、家に帰ってから家の周りで走りまくる。走りまくったおかげで楽になったのでそのまま安眠。久しぶりに朝早く目覚めて登校。
 昼食後、春の陽気で眠くなったので外へ出る。外は春爛漫。桜はほとんど散り、葉桜ともいえない状態。しかし、気持ちいい風が吹き、暖かい日差しが体を包む。そういやこの二年間、外の世界を体で感じることなどなかった。ひたすら走っていた。それも慣性で。気がついたらぼろぼろだった。ふと、自分の手をみると病人の手のように青白かった。
 30分ほどその場でタバコを二本消費しつつはんなりして、四階へ戻る。しばらくするとこうたと恵美がやってくる。さらに後にはかせもやってくる。今日は彼らとよく話した。そういや仕事の話はよくしたが、人生について対等な立場で話したことはなかった。それ自体、先輩である私にとっては情けない話である。
 しかし、有意義だった。相変わらず拙者は自分のことばっかりしゃべって、彼らにとって有意義であったかどうかは疑わしい。これまた情けない。それでも少なくとも私には有意義だった。恵美とこうたが人間として成長している様をみてうれしかった。彼らと胸襟を開いて話せてよかった。
 結局、今日は新聞読んだ以外勉強もせず、自己分析もしなかった。しかし、なんかすがすがしい満足感が残った一日でした。いい一日だった。

2005年04月18日 22時47分29秒 Tamayan動静

 今日はゼミ初日。今年はM1が多いので先生の個研もかなり窮屈な感じであります。うちのゼミにしては珍しく研究テーマの領域がかなり重なっている。議論しやすいので結構であります。
 ゼミ後に先生から言い渡されていた課題について先生にご説明申し上げる。自分にしてはかなりいいできだと思っていたので、これでGOサインがでると確信していました。そんな拙者の自信に対する先生の回答、「駄目」。全否定であります。ちーん。
 新たな課題を言い渡され、頭を抱えながら新入生達と食事をとる。いやはやかなりキャラの濃い後輩達です。この点は、うちのゼミらしい。今年のゼミもかなり楽しくなること間違いない。

2005年04月20日 23時02分13秒 Tamayan動静

 今日は松永さんに誘われ、地裁に裁判を見学しに行きました。
 まず、公文書偽造・行使の判決を見る。判決言い渡しは、たったの十五分。淡々と裁判官が主文と量刑理由を述べる。九割以上はまったく理解できず。
 その後、殺人事件の証人尋問を見学。これはきつかった。恐らくこんなに精神的に堪えた経験は、ほとんど見当たりません。殺人事実は確定しているが、加害者が精神異常の疑いありのため、争点は責任能力の有無でした。証人は加害者の母親、震える声で証言を進める。事件に至る経緯、事件時の様子、凶器、背筋が凍り始める。証人である母は、息子の行為に対する罪悪感がにじみ出る他方、やはり息子をかばおうとしている姿勢も目立つ。そんな姿を見て、母の思いを垣間見る。
 しかし、視線を傍聴席に目を向けると、涙をぬぐう遺族の姿が…。審理を終えて法廷からでる加害者の母に対し、遺族は「人でなし」と罵倒する。心を抉られました。その涙、その一言が想像を絶する重さを持っていた。今まで新聞やニュースで、なんとなく分かっていたようなつもりだった。
 あまりに甘かった。

2005年04月25日 01時07分02秒 Tamayan動静
 昨日は某大学職員募集の応募書類を提出する。提出時に簡単な面談、反応は微妙。一部細かい、かつ場合によっては致命的なミスもおかしつつ、三十分ほどで終了。終了後は四階に戻り後輩諸君と歓談かつ食事。最近彼らと過ごす時間が増えた。そういや彼らとしょっちゅう話すのは02GSG以来か。いやはや時の流れを痛感します。
 今日は朝から洗濯、布団干、長年着て黄ばんできたカッターの漂白に時間を費やす。黄色くなったカッターが白くなって地味に喜ぶ。白いってすばらしい。生活的仕事が終わってからは、いつも通り学校へ。一人恒心館四階で勉強。誰もいない四階はさぶいものです。 

2005年04月27日 00時38分00秒 Tamayan動静
 最近寝る前に走っております。1キロ弱ほどでしょうか。家の周囲を走るのが日課となっております。大学に入ってから、というか大学受験期間に入ってからろくに運動していないので、1キロですらしんどいのであります。走り終わるころには肩で息をし、足はがくがく、何故か手も脱力感に覆われる。手は使っていないのに・・・。そして、家に帰るころには風呂が沸け、入浴して寝る。これが最近のパターンであります。
 大した距離ではないにしろ、やはり疲れます。おかげで最近寝つきがよくなった。毎年四月から五月にかけて不眠症に悩まされてきたのに、今年は今のところありません。実にすばらしい。しかし、1キロでばてるのにはショックです。かつて、普通に10キロぐらい走っていたのに。再び10キロ走れるようになるのだろうか。



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