一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『何者』 ……就活で露わになる、平成生まれの若者たちの実態……

2016年10月21日 | 映画


【注意】
ネタバレしている箇所があります。
本作『何者』を見に行く予定の方は、
映画鑑賞後にお読み下さるよう、お願いいたします。



御山大学演劇サークルで脚本を書き、「人を分析するのが得意」な拓人(佐藤健)、


拓人とルームシェアをしている、「お気楽系」の光太郎(菅田将暉)、


光太郎の元カノで、拓人が思いを寄せる、「実直」な瑞月(有村架純)、


瑞月の友達であり、語学堪能な「意識高い系」の理香(二階堂ふみ)、


「就活はしない」と宣言している、理香と同棲中の隆良(岡田将生)、


瑞月の留学仲間である理香が、拓人たちと同じアパートに住んでいるとわかり、
理香の部屋を「就活対策本部」として定期的に集まるようになった5人。


海外ボランティアの経験、サークル活動、手作り名刺などのツールを駆使して就活に臨み、
それぞれの思いや悩みをSNSに吐き出しながら就活に励む。


SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする本音や自意識が、
それぞれの抱く思いを複雑に交錯し、人間関係は徐々に変化していく。




「私、内定もらった…。」
やがて「裏切り者」が現れたとき、
これまで抑えられていた「妬み」や「本音」が露になっていく……




映画『何者』は、
就職活動を通して自分が「何者」であるかを模索する平成生まれの若者たちの姿を、
平成生まれの作家・朝井リョウが描いた同題の小説を原作としている。
平成生まれということは、
物心ついた時にはもうパソコンも携帯も存在していた世代である。
私が生まれた頃は、
パソコンや携帯はおろか、テレビさえ無かった。(笑)
家に無かったということではなく、
世の中に無かった。(もう製品化はされていたが、田舎にはまだ出回っていなかった)
テレビさえ存在しない時代を知っている貴重な世代になりつつ私なので、
生まれた時からパソコンも携帯も存在している現在就活中の若者たちの心情は、
映画を見ただけでは、正直、なかなか解らないし、推し量るのも難しかった。
そこで、映画鑑賞後、原作である小説『何者』も読んでみた。
読んでみて、ようやく映画の方も理解できるようになった。(笑)
以下は、映画を見て、原作である小説の方も読んだ上での感想である。


いつからか俺たちは、短い言葉で自分を表現しなければならなくなった。フェイスブックやブログのトップページでは、わかりやすく、かつ簡潔に。ツイッターでは140字以内で。就活の面接ではまずキーワードから。ほんの少しの言葉と小さな小さな写真のみで自分が何者であるかを語るとき、どんな言葉を取捨選択するべきなのだろうか。
(単行本の小説の54頁)


平成生まれの若者たちの言葉は、短い。
小説でも、映画でも、短い言葉で表現されている。
その多くは、ツイッターでの言葉。
同じ場所にいても、わざわざ別々の機械(パソコンや携帯)で別々のことを発信している。
常に、ツイッターなどで、自分の努力を実況中継していないと不安なのだ。
だが、その言葉は、次第に、現実の自分と乖離していく。


ほんとうにたいせつなことは、ツイッターにもフェイスブックにもメールにも、どこにも書かない。ほんとうに訴えたいことは、そんなところで発信して返信をもらって、それで満足するようなことではない。だけど、そういうところで見せている顔というものは常に存在しているように感じるから、いつしか、現実の顔とのギャップが生まれていってしまう。ツイッターではそんなそぶり見せてなかったのに、なんて、勝手にそんなことを言われてしまうようになる。自分のアイコンだけが、元気な姿で、ずっとそこにあり続ける。
(単行本の小説の147頁)


建前のツイッターとは別に、
本音を語る、もうひとつのツイッターのアカウントをもつようになる。

プロフィールを全部伏せて、誰にも正体を分らないようにして、本音を吐き出す用のアカウントを持ってる人ってけっこういるんすよ。ツイッターとかで。
(単行本の小説の170頁)


その本音を語る裏ツイッターの存在が、
映画『何者』でも、小説『何者』でも鍵となっている。

俺は就活しないよ。去年、一年間休学してて、自分は就活とか就職とかそういうものに向いてないなって分かったから。いま? いまは、いろんな人と出会って、いろんな人と話して、たくさん本を読んでモノを見て。会社に入らなくても生きていけるようになるための準備期間、ってとこかな。原発があんなことになって、この国にずっと住み続けられるのかもわからないし、どんな大きな会社だっていつどうなるかわからない。そんな中で、不安定なこの国の、いつ崩れ落ちるかわからないような仕組みの上にある企業に身を委ねるって、どういう感覚なのだろうって俺なんかは思っちゃうんだよね。
(単行本の小説の61~62頁)


そう語る隆良(岡田将生)は、
皆に隠れて必死に就活しながら、
裏アカウントの「忘備録」で、就活中の不満をぶちまけている。


そして、5人の中から、内定者が出てくると、
表面上はお祝いしながらも、
裏では、妬みが露わになっていく。
内定した企業を「ブラック」や「2ちゃん」で検索したりする。

ラストで、主人公の拓人(佐藤健)の裏ツイッターも、
理香(二階堂ふみ)から暴かれて、こう言われてしまう。


ほんとは、誰のことも応援してないんだよ。誰がうまくいってもつまらないんでしょ。拓人くんは、みんな、自分より不幸であってほしいって思ってる。そのうえで自分は観察者でありたいと思ってる。
(単行本の小説の258頁)

あんたは、誰かを観察して分析することで、自分じゃない何者かになったつもりになってるんだよ。そんなの何の意味のないのに。
(単行本の小説の263頁)

いい加減気づこうよ。私たちは、何者かになんてなれない。

自分は自分にしかなれない。痛くてカッコ悪い今の自分を、理想の自分に近づけることしかできない。みんなそれをわかってるから、痛くてカッコ悪くったってがんばるんだよ。カッコ悪い姿のままあがくんだよ。
(単行本の小説の264頁)

思ったことを残したいなら、ノートにでも書けばいいのに、それじゃ足りないんだよね。自分の名前じゃ、自分の文字じゃ、ダメなんだよね。自分じゃない誰かになれる場所がないと、もうどこにも立っていられないんだよね。
(単行本の小説の270頁)

カッコ悪い姿のままあがくことができないあんたの姿は、誰にだって伝わってるよ。そんな人、どの会社だって欲しいと思うわけないじゃん。
(単行本の小説の271頁)


小説でも、映画でも、
最後の最後に、
拓人(佐藤健)の裏アカウント「何者」に書いていた文章が、
次々に現れては消える。

就職活動を通して自分が「何者」かを模索する5人の大学生たちが、
お互いを励まし合いながらも、
友情、恋愛、裏切りといった様々な感情が交錯し、
シビアな就活の実態が明らかになっていく。


平成生まれの若者たちのリアルな就活の模様は、
そんなこととは無縁の私にも、
身につまされるほどに切実なものとして感じられた。


監督は、
若くして演劇界で数々の賞を受賞している三浦大輔。

音楽は、
Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅなどを手掛ける音楽プロデューサー・中田ヤスタカ。
主題歌では、今話題沸騰中のアーティスト・米津玄師と初コラボ。
ダイナミックなダンストラックが映画を盛り上げる。


内定をもらえれば、自分が何者かになれたように感じるのかもしれないが、
入社後も、常に、「自分は何者か?」を問い続けなければならないし、
定年後に、本当の意味での「自分は何者か?」が問われるようになるのだが、
それはまた別の話。(笑)
そんな先のことまでは、今の若者は考えられないだろう。

映画と同世代の若者が見れば、
共感できる部分が多いだろうし、
年代が離れた私たちの世代が見ても、
いろいろ考えさせられる部分が多い作品であった。
「ネタバレします」と言ったのに、ここまで読んだあなた、
たまには映画館へ、ぜひぜひ。


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