前に滞在許可をもらってからあっという間にまた申請手続きの期限がせまってきた。
それというのも前回は申請してから許可の通知が来るまでなんと九ヶ月間もが過ぎていた。
許可された期間は二年間。もうすでに十年間も住んでいるので、今回は永住許可とはいかないまでもせめて五年間はもらえるものと期待していたのだ。
ところがたったの二年間、しかもすでに九ヶ月は過ぎているので、残りは一年と三ヶ月しかない。
その期間があっというまに過ぎてしまったのだ。
ああ、忙しい!
準備する書類は何か変化があるかもしれないので、まず日本大使館に電話をして確かめた。
それによると、「無犯罪証明書」というのを取らないといけないらしい。
これは最初にヴィザを申請するときに日本の警察から取り寄せて出した事があるが、今度はポルトガル国内での「無犯罪証明」が必要になったらしい。
それはどこに行けば発行されるのかというと、リスボンの場合は「シダダオン」という役所だけれど、セトゥーバルの場合ははっきりとは分らないということだったが、
住所を教えてもらったので、一応そこへ行ってみることにした。
住所をたよりにたどり着いたところはなんと以前お世話になったことのあるパソコンショップの隣だった。
二階建てのガラス張りのこの建物は人の出入りが多くて、以前から「何だろうか?」と思っていたのだった。
でも駐車場が全然見あたらない。
しかたがないので、大通りを渡ったショッピングセンターの駐車場に行ったところ、ちょうど出て行く車が一台あって、うまく駐車できた。広い駐車場は満車だ。
ところが「シダダオン」では「ここではない、メルカドのそばの裁判所へ行きなさい」とのこと。
がっかり! やっとの思いで駐車したのに!
でも急いで裁判所にいかなくちゃ! 昼休みになってしまう。
こうなると無料の駐車場など探している暇はない。
裁判所の横の有料駐車場に車を停めて事務所まで走った。
運良く受付はガラガラ、暇そうにしていた。
「ああ、これですぐにできる」と喜んだのもつかの間、係りの女性は「証明書の発行には一ヶ月かかりますよ」と言った。
「えっ、うっそー」
「うそではありません。ここで申し込むと一ヶ月はかかります。」
「そんなばかな!冗談でしょう?」
係りの女性はちょっと恥ずかしそうな顔をしながら、さらにこう言った。
「もしリスボンに行って手続きをしたら、一時間でできますよ」
「ええーっ?」
私は耳を疑った。ここで一ヶ月かかるのが、リスボンの役所で一時間でできるだろうか?信じられない。
とにかくリスボンに行くしか道は無い。
でも人から聞いた話によると、リスボンの役所で何かの手続きをしようとすると、どこでも長蛇の列で自分の番が来るまで一日仕事だという。
実際にTVのニュースでも何回も取り上げられている。
しかも、もうお昼。今からリスボンに行ってもそんなことだと話しにならない。
今日はセトゥーバルでできることをやってしまおう!
まず銀行に行って預金の残高証明書を取らなくちゃ!
銀行のまわりの駐車場はいつも空いていたためしがない。
ちょっと遠いけどメルカドの裏ならどこかにスペースがあるのでそこに行って車を停めた。
天を仰ぐと、抜けるような青空。でもとても冷たい風がびゅうびゅうと吹いている。震えあがる。
北の空にどす黒い雲の固まりが目に入った。でもこんなに晴れている、まさか雨にはならないだろう。
ところがメルカドまで来るか来ないうちに突然大粒の雨が地面にバッシバッシと降り出した。
またたくうちに大雨になり、二人で傘一本では間に合わない。慌てて軒下に雨宿り。かなり濡れてしまった。
回りには数人が逃げこんできて、濡れた髪や服をしきりに拭いている。まるで熱帯のスコールのようだ。
小止みになったので銀行まで走った。
銀行はたくさんの人でごった返していた。
おまけに昼の時間なので受付の行員は交代で食事に出かけて、窓口は半分しか開いていない。
窓から外を見ると、真っ青な空が見える。雨はすっかり上ったようだ。
小一時間ほど待たされてやっとビトシの証明書ができた。
次は私の残高証明書を取りに別の銀行に行かなくちゃ!
外に出て歩いている途中、ポツリ、ポツリ、ザーッとまたもや雨が降ってきた。
横なぐりの強風と雨で傘がさせない! べっとりと濡れて銀行に着いた。
さっきの銀行から十分ほどしか離れていないというのに。
次は証明書用の写真を撮ってもらわなくっちゃ!
市役所の隣の文房具屋へ。
ところが入口が閉まっている。
もう三時だから、昼休みは終って店が開く時間なのにまだ開いていない。
止んでいた雨がまた降り出した。慌てて市役所の軒下に逃げ込んだ。
しばらくして店主がようやく現われたころには、お客が7、8人ほどもたまっていた。
この広場のまわりには市役所の他にも警察や移民局などの役所がかたまっているので、提出する書類のコピーや写真を撮る人々がこの店にやってくるのだ。
先頭のお客がさっそく顔写真を撮ってもらった。
それが終ると、店主はそそくさとコーヒーを飲みにカフェに行ってしまった。
女店員ができあがったインスタント写真を持ってドライヤーで乾かし始めたとたん、ガタッと音がして電気がいっせいに消えた。停電だ。
なにしろ狭い店内に大型のコピー機が四台もあっていっせいにスウィッチを入れて、ドライヤーまで点けたので電気の容量がはちきれてしまったらしい。
女店員は慌てて店主を呼びに走って行った。
残された私たちお客はおとなしくじっと待つしかない。
女店員と一緒に帰ってきた店主は慌てることもなく、店の隅の壁を開け、電気のブレーカーを上げた。
お客はその間も一人、二人と増え続け、女店員は大忙し。
店主もカフェに引き返すのをあきらめたのか、まじめに働き始めた。
最初に写真を撮ったお客は出来上がった自分の写真を片手に持って、ドライヤーで乾かしている。
店主と目が合うと、ニヤッと笑いながら続けた。どうやら店の常連らしい。
やっと私たちの番がきて、店の隅っこの壁の前に立ち、女店員がポラロイドカメラを構えた。
ビトシは一発でOKだったが、私は思わず目をつぶってしまって取り直し。
どうも写真を写されるのはにがて。
二回目はうまくいって、証明書用の写真が四枚できあがった。
ああ疲れた。あっちに走り、こっちに走り、おまけに雨にまで降られてまいった、まいった!
次の日は朝九時に家を出た。出勤時間帯を避けたつもりが、家を出てすぐに渋滞に引っかかった。
高速道路に入るとスムーズに流れ始めたので、これならいつもどおりの時間で行けると安心していたら、リスボンの入口に架かるヴァスコ・ダ・ガマ橋を降りたところから渋滞に突入してほとんど動かなくなってしまった。
そこから万博会場だったガレ・オリエンテの駐車場まで延々四十分以上のろのろ運転。
いつもなら十分もかからない場所なのに。
メトロに乗って二回乗り換えて、カンポ・ペケェーニョの駅から地上に出ると、また雨が降り出した。
しかも嵐のような強い横殴りの雨と風に持っていた傘がそっくり返ってしまったほど。
目指す役所はどこなのだ!
通りの角には道の名前を記したタイルが建物の壁に張られているのだが、一階の店のテントですっぽり隠れてしまって見えない。
ビルの軒先で雨宿りをしている人に尋ねて、ようやく目指す役所にたどり着いた。
もう十一時。
たくさんの人でごった返しているだろうと覚悟してドアを開けたら、ガラーンとして誰もいない。
受付の女性が三人、暇そうにしていた。
「あっ、また違う所に来てしまった!」と、一瞬ドキリとしたのだが、係りの女性は愛想良く、「ここですよ」と言ってくれたので一安心。
持ってきたパスポートを出すと、すぐにコンピューターに入力して書類を作り、それにこちらがサインして手数料を払うと、彼女はにこやかに笑って、「これで終わりましたよ」と、書類を渡してくれた。
「ええっ、これで全部終り?」
ものの五分と経っていない。
一日仕事だろうと覚悟していたので、あまりの簡単さにびっくり、拍子抜けがしたほど。良かった、良かった。
でもこんな簡単な事がセトゥーバルの事務所では何故一ヶ月もかかるのだろう?不思議?
翌日、いよいよ「外国人登録局」に出かけた。用意した書類はこれで全部そろったと思う。
申請書 1 |
Requerimento 1 |
申請書 2 |
Requerimento 2 |
パスポートコピー |
Passaporte fotocopia |
滞在許可書コピー |
Autorização de Residencia fotocopia |
滞在許可書オリジナル |
Autorização de Residencia original |
写真2枚 |
Fotografia |
無犯罪証明書 |
Certificado registo criminal |
銀行残高証明書 |
Banco com Sald medio mensal |
セトゥーバルの事務所は町のど真ん中にある。
小さな古いエレベーターは毎日たくさんの人たちが乗り降りするので、四階のボタンだけがひどく磨り減っている。
事務所には順番を待っている人が十数人いた。さっそく番号札を取ると、37番。
待っている人に「今何番の人が手続きをやってるの?」と尋ねたら、18番だとのこと。
ということは私たちの番が来るまで、一人あたり5分かかるとして100分はかかる。
外に出て一時間ほど時間をつぶすことにした。
商店街は一月の10日ぐらいから冬のバーゲンセールが始まる。
いつもなら20%引きから始まって、徐々に30%、50%、70%と割り引いていくのだが、今年は始まってそうそうにもう50%引きの張り紙を出している店もある。
不況のせいだろうか、あまり買物客が群がっている店を見かけない。
ひとまわり歩き回って、その後ボカージュ広場にあるカフェに入ってコーヒーを飲んだ。
いつもなら外のテーブルに座るのだが、風が冷たいので中に入り、日当たりの良い席を見つけて座った。
何人かの老人たちが空になったコーヒーカップを前に何をするでもなく座っている。常連客ばっかりだ。
その中にどこかで見かけた顔があった。
文房具屋の店主だ。どうやらこの店が彼の行きつけのカフェらしい。
おとといの停電した時も、女店員がここに彼を呼びに来たに違いない。
一時間ほど経って、もうそろそろ私たちの番が近づいてきたころだろうと腰を上げた。
エレベーターから出て事務所に入ると、驚いた事に待っている人は数人しかいない。
「今何番の人?」と尋ねると、43番だと言う。
しまった、もう過ぎてしまった!
待っている人たちが口々に私たちに「何番を持ってるのか?」と聞くので、番号札を見せると、「もう過ぎてしまったよ」「また新しく取り直さないと」と言う。
思ったより早く進んだようだ。仕方がない。また番号札を新しく取り直した。
それから数人が終るまで待って、準備してきた書類を出すと、すんなりと終った。
「これで受け付けました。あとは自宅に郵便で通知がきたらそれを持ってまたここに来てください」
「いつごろになりますか?」
「さあ、それはわたしには判りません」
何ヵ月後に通知が来るのか判らないが、申請中の書類があるのでだいじょうぶ。
旅行も自由にできるし、日本にも往復できる。
これで安心、安心。
それにしても、ああ、疲れた!
MUZ
©2003,Mutsuko Takemoto
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(この文は2003年2月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに少しずつ移して行こうと思っています。)