5匹の子猫たちが最初にいた場所は、すぐ目と鼻の先に犬小屋があり、しかも散歩の犬がときどきやってくる、いわば子育てには最悪の場所だった。
そのうえもごもご動いている子猫たちを発見したマダレナおばさんが、両手に水と餌を持ってずかずかと隠れ家に迫っていったから、たまらない。
仰天した母猫は子猫たちをどこかに隠してしまった。
しばらく隠れ家がどこか分らなかったが、マダレナおばさんは知っていた。
母猫がグレ猫の餌を食べに来て、帰って行くのを見ていたのだ。
そこはゴムの大木が大きく枝を広げ、その下はアソーレス原産の蔦が一面にはびこる場所で、しかも道からは2メートルほどの高さがある。散歩の犬も絶対に来ない場所だ。マダレナおばさんもよじ登らないと入り込めないから、母猫にとって安心安全な場所だ。マダレナおばさんはさっそく母猫一家のために隠れ家の入り口に餌を毎日置き始めた。これで母猫はグレ猫の残り物を食べることなく、子育てに専念することができるだろう。
それからしばらく日にちが経って、いつものように空き地を眺めていると、小高い丘の上にもごもご動く生き物がいた。トウゴマの茂る場所で、枝の隙間に子猫たちの遊んでいる姿が見える。あの一家が引っ越してきたのだ。母猫が子猫を一匹ずつくわえて空き地のフェンスの中に運んできたのだろうか。それとも母猫の後ろをよちよちとついてきたのだろうか。
子猫たちはずいぶん大きくなって、5匹とも元気に駆け回っている。黄色が一匹と白黒が3匹、縞々グレイが一匹、母猫は黄色と黒の縞々。
5匹の子猫たちはトウゴマの枝によじ登ろうとしたり、失敗して落ちそうになり、必死でぶら下がっていたりする。黄色の子猫がいちばん身体が大きい。ずいぶん以前に、この子猫とそっくりで身体の大きな黄色い猫を時々見かけたことがある。たぶん野良猫ではなく、空き地の周りのどこかで飼われている猫らしかった。母猫の父親がその黄色い猫だったのではないか?もしそうだとしたら、黄色いちび猫のおじいさんになる。
子猫たちは小さな身体で取っ組み合いを始めた。5匹のうちで、黄色い子猫が一番強そうだ。その次が白黒の3匹のうち、いちばん身体の大きい子猫。そのほかの3匹はかなり小さい。
これは楽しみだ~と思っていたら、私はヘルペスになってしまって猫観察どころではなくなった。毎日ふらふらとして、すぐにベッドに横になっていた。
検査をしたり、処方された薬をまじめに飲んで、ビールもワインも飲まず、一ヶ月ほどしてようやく猫観察ができるようになった。
子猫たちはトウゴマの丘を下りて、空き地デビューをしていた。もう母乳を飲むのではなく、餌を食べるようになったのだ。しかし子猫たちは、3匹がいなくなっていた。黄色い子猫と白黒子猫の2匹だけ、姿が見える。いったいどうしたのだろう。餌を食べに行って、人間に捕まったのだろうか?もしそうだとしたら、家で飼われてすくすくと育つことだろう。
でも空き地には中型の犬ほどの大きさのオス猫が3匹ほどいる。
ライオンは自分の遺伝子を残すために、ほかのオスの子供をかみ殺すそうだ。そうすると、子供を亡くしたメスはすぐに発情して自分の子供を殺したオスを受け入れるという。
残った黄色と白黒の子猫は、丘の下に生えているトウゴマの茂みに隠れるようにしておずおずと外に出てくる。外には母猫が見張っていて、他のオス猫が近づいてくるとものすごい剣幕で追い散らす。かなり気の強いおっかさんだ。
気が強いといえば、黄色の子猫もかなり気が強そうだ。たぶんオスだろう。白黒の子猫はなんとなくおっとりしている。母猫にいつもべったりと甘えて、母猫も身体をなめたりして可愛がっている。
黄色い子猫も甘えたくて、おずおずと母猫に擦り寄っていくのだが、母猫はなぜか冷たい。なぜだろう?
それからしばらく経つと、子猫たちはいちだんと大きくなった。黄色い子猫は毛並みもオレンジ色に輝き、身体も母猫と同じくらいになった。白黒も大きくなったが、黄色の子猫よりひと回り小さい。性格もおとなしそうで、メスではないかと思う。
黄色の子猫と、白黒妹、そして黄色黒まだらのオカン猫
母猫はときどきいなくなり、ずいぶん経ってから帰ってくることが多くなった。
母猫が姿を現わすと、まず白黒の子猫が全速力で駆け寄り、黄色の猫はその様子を少し離れたところから見て、ちょっと遠慮深そうに走り寄る。白黒の子猫をいとおしそうになめ回していた母猫は、黄色の子猫をちらっと見るだけ。せっかく母猫に愛撫してもらおうと走り寄った黄色の子猫は、「なんでかな~」という様子で、すごすごと近くに座った。黄色の子猫は小説ジュール・ルナールの「ニンジン」ではないだろうか?母親に理由もなくうとまれ、ままこのようにあつかわれるニンジン!作者の体験談だそうだ。
ある日、黄色の子猫は母猫にべったり近寄って寝ていた。「黄色よ、よかったな~」と私は嬉しかった。
ところが突然母猫がむくっと起き上がって、頭突きで黄色の子猫の腹をボカッとたたき、何度も何度もたたいた。黄色の子猫は母猫に押さえつけられ、頭突きをくって、慌てふためいてやっとの思いで逃げ去った。水道タンクの草陰でうずくまっている。きっとぶるぶる震えていることだろう。白黒子猫は近くにじっとお座りして、困った様子だ。そのあと黄色の子猫の側に行き、「にいちゃん、だいじょうぶ?」と兄猫を慰めるように抱きかかえた。
黄色と白黒の猫だんごだ。黄色の子猫は白黒の妹と抱き合って泣いているにちがいない。
「どうして僕だけオカンは嫌うのだろう」
ところがある日、白黒とオカンが抱き合って寝ていた。目を覚ましたオカンはなにを思ったか、白黒の腹を頭突きで何度もがんがんたたき始めた。白黒はびっくりして、飛んで逃げていった。
その様子を遠くから眺めていた黄色の子猫は、決心したようにオカンにつかつかと詰め寄り、「オカン、なんでやねん?」と睨みつけた。
オカンはバツが悪そうにすごすごと何処かへ行ってしまった。
オカンのこの行為はたぶん、子猫たちの親離れをうながす意味があるのだろう。野生のチータでも子供が大きくなると、独立をうながすように子供達を追い払う。
でも~。オカンは失敗した。
黄色と白黒の子猫が仲良く猫だんごになっていると、遠くから近づいて行って、自分から猫だんごに加わる。3匹一緒に猫だんごだ。
もう子猫たちに親離れをうながすことも、自分が仔離れをすることも諦めてしまったかのようにみんな仲良く猫だんごだ。
3匹一緒の猫だんご
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