アレンテージョに大規模なダムが完成した。
モンサラスの麓を流れるグアディアナ川をせき止めて、そこにダムを作ったのだ。
グアディアナ川は地図を見ると、スペインのトレド山あたりに源流を発し、バダホスで国境を越えてポルトガルに流れ込み、エルバスからモンサラスの麓を通り、モウラ、メルトーラと、アレンテージョ地方を南下してアルガルベ地方のサント・アントニオで大西洋に注ぎ込む。
もう6~7年前になるだろうか、モウラに泊まった時のこと。
夕食で入った中華レストラン「熊猫(パンダ)飯店」のウェイターが、私たちが日本人だと知ると、「この町にも日本人が一人、ホテルに長期滞在している。毎晩この店に食事に来るよ」と言った。
こんな内陸の小さな町で長期滞在して何の仕事をしている人だろうと不思議に思って尋ねると「この近くでダムを作ってるそうだ」と話していた。
次の朝、ホテルの朝食のサロンに行くと、私たちと入れ替わるように急いで出かけていく、作業着姿の数人を見かけた。
その中に東洋人が一人いた。
どうやらその人が前夜ウェイターが言っていた日本人だったのだろう。
日本の企業がこんな所まで来てダム建設を請け負っているとは、かなりの驚きだった。
その時、私たちはモウラからバランコスのヌーダール城を訪ね、それからルス(LUZ)という小さな村からちょっと奥にある城跡に行った。
いつもそうだが、私たちの旅は地図に載っているお城のマークをたよりに探して行く。
そこにどんな城がどんな姿であるのか全然知らずに訪ね歩く。
LUZ(光)村を通り過ぎて野原の中をずいぶん走った。
雑木林にさしかかった時、アライグマのような動物が罠にかかっているのを見かけた。
そのあとすぐに、ものすごい爆音を轟かせて砂ぼこりを舞い上げながら走って来る旧式バイクとすれ違った。
見かけたのはそれだけで、やがて道は急に途切れて終ってしまった。
しかたがないのでそこに車を停めて、目の前にある茶褐色のちょっとした岩山に上ってみると、そこにはスレート状の自然の石を積み上げて作られたLUZ城の跡が残っていた。
片方は断崖絶壁ではるか下の方にグアディアナ川の流れが見え、吹き上げて来る風が心地良かった。
スペインとの国境に近いので、昔は兵隊たちが、川を下ってくる敵がいないかいつも見張っていたのだろう。
LUZ城は断崖の上に立つ砦だったのだ。
帰りに、罠にかかっていたアライグマはどうしているかと気になって注意して見たけれど、もうどこにも姿は見えなかった。
ひょっとしたら、旧式バイクに乗っていた男が持って帰ったのかもしれない。
アライグマの尻尾の付いた毛皮の帽子は露店市で時々売っている。
このあたりは野生の小動物が多いのだろうか…。
旅から帰って数ヶ月が過ぎた頃だったと思う。
TVのニュースを見ていると、大掛かりなダムの工事を報じていた。
その中で突然LUZ村が出てきたので驚いた。
LUZ村がダムの底に沈んでしまう…という。
村全体で新しい土地に移転させられる計画が進んでいるらしい。
村の老人たちは「生まれ育ったこの村が水没するのは悲しい!」と淋しそうな顔でインタビューに答えていた。
そして今年、いよいよダムは完成した。
LUZ村では村の人口の何倍もの人々が押しかけて最後の盛大な祭が開かれた。
村の古くて小さな礼拝堂は移転できずにそのまま残され、アレンテージョ地方の伝統的な造りの村の家々も廃虚となって水の底に沈んでしまった。
LUZの城跡も沈んでしまったのだろうか?
よく判らない。今度確かめに行ってみよう。
日本でも、「五木の子守唄」の古里、熊本の五木村がダムの底に沈むらしい。
反対運動を押し切っての決定だという。
何十年も村の子供たちを見守ってきた、古い木造校舎も取り壊されるというので、子供たちがその校舎の姿をみんなで木版画として残した。
そして村に伝わる「正調、五木の子守唄」をなんとか保存していくために、小学生の男の子二人が村の古老に教わって、五木小学校の最後の卒業式でそれを唄って披露した。
それは私が知っている「五木の子守唄」とはかなり違って、もっとゆっくりしたテンポの素朴で哀調をおびた唄だった。
これは今日(2003年3月28日)のNHK国際放送のニュースで見たひとコマである。
ダムに沈んだLUZ村はアレンテージョ地方に属する。そこにも、とてもいい唄がある。
農家の男達が十数人で歌う力強い合唱で、まるで日本の「木やり節」を聞いているような気持ちよさがある。
無伴奏で、次々に掛け合いのように唄い、絶妙なハーモニーで、聞く者の胸に響く。
町や村によって少しづつ調子が異なるようだ。
LUZ村にもひょっとしたらこうした唄があるのかもしれない。
あるとしたら一度聞いてみたい…。
ところでこの二、三日、ちょっとした騒ぎが持ち上がった。
ダム湖に沈んだ山のてっぺんが島となって残り、そこに小動物が取り残されてしまったのだ。
そこで、動物愛護団体がボートで救出に乗り出した。
でも相手は野生動物だからすばしっこく逃げ回ってなかなか捕まらない。
おもに兎が多いようだが、中には追い詰められて水の中に飛び込んでしまうのがいて、哀れ、溺れ死んだのが三匹いたらしい。
こんなこともあった。
兎の巣穴に手を突っ込んでも捕まえられない。
そこで一計を案じて、小さな黄金色のイタチを巣穴に入れてイタチのしっぽをつかんで引っぱったら、やっと兎を巣穴から引き出せた。
ところが兎を持ち上げると、兎に噛み付いたイタチがいっしょにぶら下がって、いつまでも放さない。
「もういいんだよ、放せ、放せ!」
動物愛護団体の男性はとても困っていた。
こんなに苦労して保護した兎たちはモンサラスの野原に放す計画らしい。
でもモンサラスの農夫は困っていた。
「兎がこれ以上増えたら牧草を食い荒らすからなあ」と、とても迷惑そうだった。
ダムから救い出された兎たちはいったいどこに行けばいいのだろう…。
MUZ
©2003,Mutsuko Takemoto
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(この文は2003年4月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに少しずつ移して行こうと思っています。)