お茶を楽しんでおられるところがテレビで報道されることがあります。広島で言えば縮景園や安芸の宮島での茶会のニュース。また、何かのイベントの時お茶を楽しんでいるひとが写っていることもあります。
そのような時、タカ長の目が先ず行くのはお茶碗を持っている右手です。タカ長はこのようにお茶碗をべちゃッとした持ち方をしません。4本の指にふくらみをもたせ、手が小さく見えるよう指導されていました。
タカ長が習っていたのは上田宗箇流、武士点前です。今でいえば公民館活動のようなものですが、若者向けの茶道教室で、実際のお稽古は先生のご自宅で行われていました。
茶道教室に行くとべっぴんさんがいるから、と言うような不純な動機で通っている男子は他にもいて、男女共学の楽しい教室でした。
そこで男子が厳しく指導されたのはお茶の頂き方です。「これからの人生、お茶を頂く場に遭遇することが必ずあるから、そのとき慌てないよう頂き方だけは身につけるように」と指導されました。
その後の人生でそのような場に遭遇したこともあります。お蔭さまでそのとき慌てることはありませんでしたが、それより嬉しかったのはイベントなどでお茶席を見つけると、積極的に行くことが出来たことです。
ご存知のように茶道にはいくつもの流派があり、所作はそれぞれの流派によって違います。先生から指導されたのは、貴方たちは上田宗箇流の所作で頂くこと、自分のやり方が出来れば、他の人が違うやり方をしていても動ずることはありません。
冒頭のイラストはタカ長たちが習ったのとは違う茶碗の持ち方をしているように見えます。テレビで見ても違和感を感じることばかりですが、それはその人たちがタカ長とは違う流派の人だからで、あの人たちが間違っているとかいうことではありません。
自分の流派のことをシッカリ勉強しておけば何かの時に動ずることはない、と言う先生の教えは茶道以外にも通じることがあると思います。
先生には一日の受講時間のすべてを使って、受講者全員が厳しく叱られた(指導された)こともあります。その具体的な内容には触れませんが、その日のことは今もタカ長の体の中で生きていて、事あるごとに先生の教えを思い出し、自分が不肖の弟子であることを痛感しています。
先生は故人になられましたが、タカ長の中では今も健在で、何かにつけて話しかけています。