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北九州市を中心に、福岡県とその周辺の情報を発信していきます。

桜で埋まる街角・・・北九州市八幡東区高見

2021年04月16日 18時44分35秒 | 

北九州市の中で、最も桜 がよく似合う街角、それは八幡東区にある高見というところにあります。



この街は、北九州市の中央に位置し、もともと明治時代、官営八幡製鉄所ができる時に
海外から招聘された技術者や製鉄所の幹部が住んだところでいわゆる高級街だったそうです。


この地区の家屋などの老朽化が目立ってきたころ、この地区が住みよい地区に再開発されました。

かって、壇具川沿いに飲み屋街など有り、大蔵到津線(おおくらいとうずせん)の道路越しに高見の街を見ることができませんでした。

飲み屋や古い家屋が退去し壇具川沿いの整備が終わり高見の街が見え始めて、
桜の咲く時期に初めて桜に埋もれた素敵な住宅街に出会ったときはその美しさに驚いたものです。

以下の地図は、現在と19年前のまだ家屋があった頃の地図の比較です。

現在の高見地区


2004年2月(17年前)の高見
黄枠の家屋がなくなっています。



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桜の雲に浮かぶように並ぶ住宅街


背後の山と住宅街と桜並木が平行に走っていてとても印象的でした。


皿倉山と桜並木と壇具川の水辺
桜の花見に行くと壇具(だんぐ)川周辺の広くて爽やかな水辺、皿倉山とのコラボした桜並木道が素敵です。


桜並木道
どこにでもあるような桜の並木道ですが、皿倉山と壇具川の水辺の芝生が一層素敵な景観をもたらしていました。



大蔵到津線の道路を通る度に、この区域だけが電線が地中化され
道路の向かい側はそのまま空を電線が走っていて不思議に思っていました。


高見地区の開発の一環だったようです。

今では、毎年この素敵な高見の街に桜の花見をして春の到来を味わっています。


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桜とネモフィラで色づく耶馬渓名勝地・青の洞門・競秀峰

2021年04月12日 11時36分46秒 | 

耶馬渓は、名勝地の多いところで一日ではとても回れないほど数も多く、かつ広いエリアに散在しています。

その数多い名勝地の中でも最も有名な名勝地は耶馬渓入口に当たる青の洞門と競秀峰が同時に見られる場所でしょう。

この地には、隠れた名所として日本一長い石橋の耶馬渓橋(別名オランダ橋)があります。



青の洞門は危険な競秀峰の岩壁を渡り、事故が多くそれを見た禅海和尚が手彫りでトンネルを掘ったという話は、
菊池寛の小説「恩讐の彼方に」でよく知られています。

今まで別に不思議に思わなかった「なぜそんな危険な岩壁を渡っていたのか」ということがわかりました。

深い歴史が有りましたので簡単に整理知ますね。

江戸時代になんとか農地を増やしたいということで青の洞門の下流に荒瀬井堰(あらせいぜき)を設けその水を田畑に引き込み増やしたそうです。
青の洞門以上に田畑への水路の建設が大変だったそうです。




この堰を設けたため、青の洞門のあるエリアの水かさが増え、今はそうでもないようですが青の洞門の前の山国川の水かさが上がり
「青の地区」の人々が山国川を渡ることができなくなり、仕方なく競秀峰の岩壁を伝って今の212号の道路のあるところに出てきたそうです。

その時に落下事故が多発し、見かねた禅海和尚が青の洞門を掘ったということらしいです。
青の洞門の「青」は、「青の地区」の青だそうです。

今もその荒瀬井の堰のおかげで田畑や飲水など役立っているようです。

青の洞門と山国川
ネモフィラが色を添えて、耶馬渓の景観、青の洞門、川下の遠くに耶馬渓橋の橋桁が見えます。
その少し手前に荒瀬井堰があります。


耶馬渓橋の橋桁と212号線の橋
奥の橋が耶馬渓橋で212動線の橋との間に荒瀬井堰があります。


山国川を挟み青の洞門と桜


 青の洞門
向こう岸が当時の手彫りの部分で明かり取りの窓になります。
こちらの川辺にはネモフィラが爽やかさを演出します


競秀峰全景
いつ見ても感動させる岩山の偉容です。
右下の桜が色を添えています。


 競秀峰の偉容と桜
横に走る白い部分がかって人が鎖を持ちながら通りしばしば落下事故があった道です。


人が通った道の拡大
残念ながら鎖がうまく写っていませんね。



何度も来ていますが、来る度に深い歴史が少しずつわかってきます。

競秀峰と青の洞門、山国川が一体となって深い歴史を創ってきていることがわかりました。

この時期の桜もネモフィラも圧倒的な競秀峰の偉容と雄大な山国川、歴史を忍ばせてくれる青の洞門に添えられた花のように感じました。


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耶馬渓・渓石園の春

2021年04月05日 18時40分14秒 | 

大分県の景勝地・耶馬渓は北九州からおよそ2時間で行くことができます。

日帰りとしてちょうどよい距離で桜の咲く季節はぜひ行きたいところです。

耶馬渓にはたくさんの桜と奇岩の見所がありますが、1987年、耶馬渓ダムを完成した記念として造られた渓石園は
2万平方メートルの敷地を利用して耶馬渓の渓谷を表した日本庭園です。



散策ルートと撮影ポイント
本文を読む際の参考にしてください。


① 男滝、女滝
園内を流れた小川の水がこの滝を流れ落ちます。
この名前は最近ニュースを賑わせているジェンダーについて想起させます。


②-1 石柱と桜
耶馬渓の石を12万個持ち寄って配置したそうです。


②-2 東屋兼展望台と桜
この東屋県展望台が景色の溶け込んでいました。


③  朱の橋と東屋と桜
青い空に北部九州では珍しい落葉樹の山々が朱の橋と東屋と桜を守っているようでした。


④-1  山と桜に包まれた東屋兼展望台
地味な色の東屋兼展望台は桜ととても調和していました。


④-2 しだれ桜とソメイヨシノ
色の強く姿はしだれて弱いしだれ桜、色は優しく上に外に向けて咲くソメイヨシノが対照的でした。


⑤  耶馬渓ダムと桜
何度も渓石園に来ているのですが、ここまで来たのは初めてです。
渓石園からダムを初めて見ました。


⑥山移川を挟んで満開の桜
山移川(耶馬溪ダムに流れこむ川)の沿って両側に満開に咲いた桜が素晴らしかったです。
この散策路は渓石園から降りていく方法がわかりにくく足腰が健康でないと散策に難しいコースのようです。


何度も来ていますが、初めて気がつく景色などに遭遇すると、嬉しくなり来た甲斐を一層強く持てます。

今回は、こちらでは珍しい落葉樹特有の薄い色の山々、いつもは地味な存在だった東屋兼展望台、
見ることはできないと思っていた耶馬渓ダムなどを見てそんなことも感じました。


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黒田官兵衛の築いた中津城の桜で埋まる春

2021年04月01日 18時49分32秒 | 

黒田官兵衛が築いた中津城は桜の名所です。

自宅から遠いのですが、コロナ禍の中、人出の少ない平日を選んで花見に行きました。


中津城は、大分県中津市にあり藩主を黒田家の後、細川家、江戸時代になって奥平家になり、
現在は経営上の理由から手放され現在に至ります。

日本3大水城(他の二城は香川県高松城、愛媛県今治城)としても有名です。

場所



中津城の桜花見のコース
本文を見る参考にしてください。



① 中津城と桜
駐車場から降りてすぐ素敵な桜と中津城のコラボを見ることができます。


② 桜のトンネル
例年、ここでは宴会などで賑やかですが、コロナ禍の影響で少数の方達がささやかに弁当を食べていたくらいで寂しいものでした。
今年は寂しい寂しい桜の花見になりました。


③ 桜の雲海に浮かぶ中津城
三年目に初めて気がついた撮影ポイントで城から少し離れて初めて見ることができました。


④-1 海側から見た中津城と石垣
黒田時代と細川時代の石垣が並んでいます。




④-2 中津城の石垣
左が黒田時代、右が細川時代に造られた石垣です。



④-3 黒田官兵衛ご夫婦像
歴史上、ほとんど奥様のことは表に出ませんでした。



⑤ 中津城と花見場所
駐車場の車も例年に比べて少ないです。


⑥ 城内から見た中津城




⑦ 中津城 マイベイストビュー
城内から池を挟んだところからの中津城がと桜のコラボが最も好きです。



中津城までは、自宅からおよそ車で2時間かかります。

運転の疲れも中津城と桜の素敵なコラボを見ると吹き飛びました。

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垣生公園の春は桜で埋まる太鼓橋と埴生神社と電車で満喫

2021年03月27日 19時08分22秒 | 

2021年の春はコロナ禍の中で気が滅入ることも多い日が続きますね。

気晴らしを兼ねて、北東部九州で有数の桜の名所の福岡県中間市にある垣生(はぶ)公園に桜の花見に行きました。

垣生公園の場所



この公園の存在を知ったのは、40年も前になる在職中の花見の時期です、
北九州市でも桜の花見といえば「垣生公園」の事をよく耳にしていました。

実際に桜の花見に来たのは5年ほど前になります。
毎年桜の追っかけをしていて、そのコースに初めて組み込んで来て見て驚きました、
素晴らしかったので春の桜の花見コースに常時組み込む事になりました。

この垣生公園の桜の花見の見どころは、朱の太鼓橋、埴生(はぶ)神社、
30分間隔で桜の並木道の横をまたたく間に走り抜くける筑豊電車とのコラボが最高です。


垣生公園内の散策順路と撮影ポイント
写真の説明を見る時の参考にしてください。



① 紙灯籠と朱の太鼓橋と垣生池
コロナ禍で平日でしたが人出は例年より少なめで、垣生池にいつもなら浮かんでいるボートがなくて寂しかったです。


② 朱の太鼓橋(延壽橋)
この橋の中央の階段は一段一段の高さが高くあるきにくかったです、中央の手摺は助かりました。
太鼓橋は延壽橋とも言われどう読むのかわかりませんでした。「えんじゅばし」と読み「壽」は「寿」の旧字でした。


③ 埴生(はにゅうまたははぶ)神社への階段
階段の数は108段あるそうで煩悩の数に合わせているのかもしれません。
埴生神社は、もともと埴生(はにゅう)神社と呼ばれていたそうです。
時を経て、今では「はぶ」神社とも呼ばれるようになり、この地域が埴生から垣生、「はにゅう」が「はぶ」となったそうです。


④ 桜のトンネル
桜のトンネルは、この時期の最も印象的なワンシーンです。


⑤ 桜のトンネルの横を走る筑豊本線の電車
30分に一本くらい走るのですが、またたく間に入り抜けるので撮影に一苦労します。
この電車は、特殊な新型車両でハイブリット型で、若松駅から折尾駅まではかってはディーゼルでしたが蓄電池に貯めた電気で走っています。


⑦ 太鼓橋
別の方向から見た太鼓橋、鳥居が見え埴生神社の参道になっていることがわかります。


⑧ 別の場所から見た太鼓橋
終点付近で見た太鼓橋です。
桜と朱の太鼓橋のコラボはどこの角度から見ても素敵でしたね。


今回は、桜の花見以外に収穫がありました。

垣生公園、埴生神社の歴史を少しわかり、太鼓橋の別名「延壽橋」を初めて知りました。
壽はどこかで見た記憶があるのですが、読み方がわからず、調べるのに苦労しました。

歴史がわかると、一層愛着が深くなるものですね。

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