突破力~完全復活までの記録~

この局面をどう乗り切るか
さあ、復活はすでに始まっている

◆5月30 彼は順調に回復しています。じっとしているのは勿体ないです。片足4Kgの負荷をかけて下さい。

2012-05-31 23:44:35 | 経過

息子は今週初めての”リハビリ”に行った。半月板の損傷もかなり癒えているようだった。
リハビリ療法士の先生は、息子の回復のスピードが予想どおり(っと言うか、その口調を聞く限り、予想を上回っているようだった)のようで、いくつかの”指令”を息子に与えた。


『クラブチームの練習に参加しているにおかかわらず、見学しているようですが、勿体ないです。』
と、言うことで、明日以降”ウォーキング”が許された。
更には、ある指示を受けた。
『コウスケは今、体がバージョンアップ中です。片足に4Kg(2Kg×2個)の負荷をかけて、トレーニングさせて下さい。彼の筋力は次のステージへの移行が必要です。』


”ウォーキング&4Kg”は、”新たな具体的な一歩”だったようだ。
『脚が棒になる。』
でも、嬉しい疲れになることでしょう。


◆『復帰して輝いている己を想像しろ!リハビリがんばれ!』 ~ありえない色紙が今、彼の手元にあります。

2012-05-29 23:54:05 | 復活への階段

今日(5/29)私のスマホに1通のメールが入った。
それは、いつも息子を励まし続けてくださっている小学校のスポ少のコーチからだった。
「お疲れ様です。先ほど、〇〇さんから色紙が届きました。今日、クラブチームの練習に持っていきます。」


そして、コウスケの手に、一枚の色紙が手渡された。
それは、サッカーファンならば、絶対に知っている、超大物サッカー選手が、わざわざコウスケに向けて書いてくださった色紙だった。



                     これが色紙です。↓

               


     『復帰して、輝いている己を想像しろ!』
       『リハビリがんばれ!』



ありえない色紙がコウスケの手元にある。

本当に有難いことだ。









                        このサインは誰のものでしょうか?
                        それは、改めて・・・・・



◆あいつは何なのですか?自分がケガで大変なのに、どうしてチームや仲間のことが考えられるんですか?

2012-05-28 23:16:51 | つぶやき

5月26日(土)息子のクラブチームの総会が開かれ、昨年度の会計報告や今年度の事業計画や予算が報告された。
その後、懇親会が催され、私も参加した。

サッカー小僧たちの育成の方々と、お酒を酌み交わすことはあまりないので、それぞれサッカー談議に花が咲く。
特に、学年が違う育成者の方々とは挨拶程度の会話はするが、なかなかゆっくり話す機会はない。私と話してくださる方々のほとんどの方が
「コウスケのケガの具合はどうなんですか?いつ頃から復帰できそうですか?」
と、訊いてくださる。そして大抵の方々が
「コウスケなら、大丈夫。きっと復活する。」
と言ってくださる。本当にありがたいことだ。

懇親会も終わり、二次会の会場へと歩きながら移動している時、偶然、監督さんと並んで歩く格好になった。
監督さんはいつだってコウスケのことをも守ってくださっている。監督さんはいきなり、
「コウスケ、あいつは何なのですか?自分がケガで大変なのに、どうしてチームや仲間のことが考えられるんですか?」と切り出された。そして、
「ボクはコウスケが帰ってくることを期待したり、信じたりしていません。帰ってくると決めてますから・・・。」
はっきりと言い切って下さった。涙が出るくらい有難かった。多分、涙が流れたと思う。暗くてよかった。


◆躍動する姿

2012-05-25 01:10:25 | つぶやき

息子は、右ヒザのケガを抱えながら、いろいろなものに立ち向かっている。
今はひたすら復帰し、躍動するために”昇華”している。


そうしたら、コウスケの躍動するシーンに出会いたかった。
ある動画(You  Tube)に躍動するコウスケが記録されていた。



             躍動する姿←ここをクリックしてください。
             (ゼッケン5がコウスケです。



いつの日にか、ピッチへ復帰するコウスケへ向けて・・・


◆彼は自分の出した結論を私に丁寧に話した。その内容にホッと胸を撫で下ろすことができた。

2012-05-24 00:20:29 | 復活への階段

先日、ケガのことで本音を語り合ったあと、息子はこういった。
「しばらくボクに時間をください。」
その口調には”意を決する”響きが込められていた。



翌日、2週間ぶりの診断があったので、仕事を”午後半休”にして、息子と二人で病院へ行った。
主治医の診断は触診だけで、今後取り組む『リハビリテーション総合実施計画書』が手渡された。




----------◆リハビリテーション総合実施計画書(抜粋)◆--------

<診断名・障害名>
あまり見たくない漢字が羅列してあった。でも、これは逃げることなく、常に立ち向かう対象であり、我々にとっては克服し復帰するための”決意”のようなものである。

<評価項目>
・筋力低下 : 右下肢
・可動域制限 : 右膝

<Barthel  Index(0~100点)>
・100点

<リハビリテーションの方針・目標>
・右下肢の運動管理/可動域・筋力・柔軟性の改善

<本人・家族の希望>
・サッカー復帰

<担当医の意見>
・プログラム通りにすすめていきます。  ××(主治医の署名)

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診断が終わった後、リハビリが行われた。
術後約4週間経過。予定どおり、右ヒザへの”屈伸”と”負荷”がメニューに加えられた。
ハーフスクワット、ニューステップ、可動域訓練(他動伸張開始)
コウスケは、少しおぼつかない足取りで取り組んでいた。
後でリハビリ療法士の先生に訊いたところ、”おぼつかない動作”は重要であるとのことだった。
この”おぼつかない動作”を急いで、無理に矯正しようとすると、次のステップへの障害になるらしい。
明らかに今までとは違う、本格的リハビリが始まった。
コウスケは必死に取り組んでいた。


夕方は、クラブの練習に参加した。
もちろん見学だ。仲間が躍動する姿をじっと見る。それが2時間。




練習(?)から帰ってしばらくして、コウスケは私の前に立った。
「サッカーを続けさせてください。やっぱりサッカーがしたいです。」
凛とした口調で、はっきり丁寧に告げた。私は、
「ずっと応援し続けるから・・・。少しずつでいいので、頑張ろう!』そう言うと、コウスケは、
「応援お願いします。」とはっきり言った。
本当は抱きしめて「よく決意したな」と褒めてやりたかったけど、我慢した。
それをしたら、泣けちゃいそうだったから・・・・・・。




大きな一歩が踏み出された。


◆5月21日 ケガをした後初めて、彼は大きな声で泣いた。ある意味、我々も救われたかもしれない。

2012-05-22 13:49:31 | 47番の想い

くしくも右ヒザを手術してちょうど4週間が経過した今日(5/21)、あることがきっかけで、右ヒザのケガについて、息子と我々両親が話す機会があった。ケガをした後、コウスケは泣きごとの一つも言わず、運命を受け入れていたかのように、泰然としていた。

『痛くない』とか『大丈夫』とか『気にしなくていいよ』とか『頑張る』とか、いつもポジティブな対応で我々に心配をかけないように、めちゃめちゃ頑張っていた。監督やコーチやチームメイトやチームメイトのお父さんやお母さんに声をかけらた時も、明るく受け応えをしていた。でも、実はコウスケの体の中には涙がいっぱい溜まっていた。


夕食後、ちょっとしたきっかけで、右ヒザのケガの話になった。
本当にちょっとしたことだった。
我々両親は『腹をくくる』ことを要求するため、あるものを提示しようとした。
それを察したコウスケは涙を流しながら、大きな声で泣いた。今まで堪えていたものが、次々と言葉になって、泣きながら叫んだ。いや、叫びながら泣いた。
ケガをして2カ月、彼の中には、いろいろなものが、ごちゃ混ぜになっていたが、一生懸命に溢れることを堰き止めていたようだ。
そして、どれだけ我慢していたか、どんなに不安で、どれだけ怖いかを泣きながら訴えた。
息子は、大きな声で泣き続けた。今の境遇に押しつぶされそうな、普通の13歳の少年として泣き続けた。そして、思いのすべてをぶちまけた。
”我慢”と”不安”と”恐怖”は13歳のサッカー小僧をここまで追い詰めていた。

我々両親も思いをぶつけた。
そして、私が最も告げたかったことを、穏やかに言葉にした。
『主治医の先生や、リハビリの先生や、監督やコーチやいろいろな人が、君の情熱を何とか実現させてあげたいと思ってくれているんだよ。』
今のコウスケには、たくさんの人の想いがいっぱいつまっていて、いろいろな”おすそ分け”をいただいていることだけは理解して欲しかった。


泣き止んだコウスケは、冷静に、いろいろな事を喋ってくれた。
そして、最後にこう言った。
「ボクにちょっとだけ考える時間をください。」
時計は、深夜の1時を指そうとしていた。

コウスケは我々が思っているより、遥かに大人になっていた。
そして、絶対に息子を守り続けることを再度認識した。

ケガをした後初めて、彼は大きな声で泣いた。心を吐露してくれた。コウスケが泣いたことで、ある意味、我々も救われたかもしれない。
そして、”避けては通れない問題”は更なる”強い絆”になった


◆本当はもっと感謝の意を伝えるべきだったが、なぜだかそれが出来なかった。でも許してもらえると思う。

2012-05-21 00:02:20 | つぶやき

今日(5/20)第27回日本クラブユースサッカー(U-15)選手権大会 山口県大会決勝戦が行われた。山口県最強の対戦相手との戦いは、一進一退のゲーム展開で延長戦に突入。延長戦でも決着がつかず、PK戦となった。5人全員が成功。サドンデスになった。結局、我がチームの7人目が外してしまい、勝利はするりと逃げ去った。
2月の新人戦のリベンジをされた格好になった。
2月の新人戦はピッチで躍動し、PKを決めた息子は、躍動することを許されず、右ヒザに大きなサポーターを装着して、ビデオ撮影をしていた。


試合会場で、何人かのお父さんやお母さんに久々に会った。ライバルチームやトレセン仲間のお父さんやお母さんだ。
皆さん、息子を見かけると、声をかけていただいたようだ。そして口々に、「コウスケと話したら、涙が出そうになった」と言いながら、励まして下さった。

コウスケのために YouTubeの動画を作ってくださった友人にも出会った。
しかし、動画のお礼を言うことができなかった。本当はもっと感謝の意を伝えるべきだったが、なぜだかそれが出来なかった。感謝の意を言葉にしてしまうと、思いが薄れてしまうように思えた。今までと同じように、ごく普通に会話を交わした。私の中では『でも、その方が正しかったのかもしれない。』と、漠然と思った。そして、別れ際に、握手をしていただいた。握手した手に、最大の感謝の意を込めた。

トレセン仲間のお父さんやお母さんともサッカーを観ながら会話した。
手術の日にお見舞いにきてくれたサッカー仲間のお父さんは、いつもの笑顔で接してくれた。
別の方は「メールで状況を確認したかったが、なかなか、できなかった。」と、我がことのように心配してくれていた。
そして、口々に「コウスケが明るく話してくれた。」と、私に教えてくれた。

でも許してもらえそうな気がする。
本当は、もっと感謝の意を伝えるべきだったが、なぜだかそれが出来なかった。でも、でも許してもらえそうな気がする。
また、サッカー場で会って、いつもと同じサッカー談義をすることが、サッカー仲間にとって一番自然な姿だから・・・・・。
いつの日にか、ピッチで躍動する息子を観ながら、それができることを待っておくことにしよう。



皆さん、有難う。



◆5月17日 彼の体の中にあるサッカーへの本能を呼び起こすための風船シュート

2012-05-17 23:16:48 | 復活への階段

息子は昨日(5/16)のリハビリトレーニングで、リハビリ療法士の先生から、”風船リフティング”を薦められたらしい。
私は、その場にいなかったので、このように推測した。

<リハビリ療法士の先生が風船リフティングを薦めたと思われる理由に関する推測>
(1)いつも同じ規則的なトレーニングだと、集中力が薄れ、効果の希薄化を招くことを防ぐ。
(2)風船という、ボール状で、極めて”軽い”素材からできている物体はヒザへの負担を最小化に留める。
(3)自然な動きで、無理なくヒザの可動域の拡大を獲得する。
(4)ボールを蹴ることから離れている息子の、サッカーへの本能を呼び起こす。

<これによって得られる、第二次的効果に関する考察>
(1)得意でない、右足でのキックの精度の向上が期待できる。
(2)ケガをしていない”左足”を軸にすることで、今までとは逆の体幹を獲得できる。
(3)体の部分的な動きになりやすいリハビリと異なり、体全体を使った本来的運動を実現できる。
(4)サッカーへの生理的な枯渇欲求を幾分か満たすことで、ストレスから解放する。


なんだか、学術的で難しい表現になったが、端的に言えば『蹴れないジレンマを緩和し、蹴りたい欲求を満たす』ということなのだろう。
息子は、子供のように、はしゃぎながら、風船と戯れた。


                              



また、一歩前進した。



◆5月16日 彼が頑張るとリハビリのメニューが増える。そしてすごい秘密兵器が取り入れられるらしい。

2012-05-16 23:08:14 | 経過

今日(5/16)も、病院でリハビリトレーニングに行った。
リハビリセンターで同じクラブの一つ上の先輩と、クラブは違うが、一つ下の後輩と一緒になった。
さしずめ、U-15 / U-14 / U-13揃い踏み(?)ということか?

息子も順調にメニューを消化しているようだ。また、新しいメニューが加わった。
バランスシートとバンラスポールを使用して、より”サッカーらしい”動作のメニューが取り入れられた。そして更に、新しいリハビりアイテムが”秘密兵器”として取り入れられそうだ。
それは・・・・・”ふうせん(=風船)”である。痛めた右足に負荷が掛からず、しばらく遠ざかっているサッカーの感覚を取り戻すため、”風船リフティング”をメニューに取り入れることになった。

息子が小さかった頃、よく部屋の中で、風船リフティングバレーをやった。
今、考えると、それだって、立派なトレーニングになる。ヒザへの負担はゼロに近い。
でも、風船を確実にミートしないと、予期しないところに飛んで行ってしまう。
明日、どこかで風船を買ってこよう。
さて、どこで手に入れようか?
ニコニコと嬉しそうに風船リフティングをする息子が目に浮かんできそうだ。
当たり前のことが当たり前にできない今、こんな遊びが極めて重要で、有効に思える。


◆5月15日 体と心のリハビリ。新たな出会い。

2012-05-15 22:54:00 | 経過

松葉杖が取れてちょうど一週間の今日、5月15日は病院でリハビリをした。
だんだんとメニューが追加され、エアロバイクが開始された。
手術した右ヒザの可動域を広げたり、少しずつ負荷もかけ始めたようだ。


             
                    ↑ こんな感じだ。


右ヒザと同時に、心のリハビリもしていただいてるようだ。
息子も中学2年生。反抗期になってもおかしくない。
特に、ケガをしている今、素直になれないことだって、たくさんある。
そんな今だから、リハビリの先生とのふれあいが、彼の心をなぐませてくれる。
リハビリの先生とは、いろいろな共通点もあり、(何と、息子の担任の先生は、リハビリの先生の中学3年の担任だったり、チームメイトのお父さんの友人だったりする)いろいろな会話が弾む。もちろん、最大の共通点であるサッカー話題のになると、二人の目が輝く。
こうやって、いろいろな人に支えられながら、前進している。