横浜物語

横浜の一角から色々な情報を発信します。

あれから3年

2014-03-11 16:04:57 | 思う事
2011年3月11日14時46分

あれだけ強い揺れだったのに私はバスに乗っていて
その揺れを感じることは無かった。
突然路肩に止まった路線バス。

「大きな地震が来たようですのでバスを止めます」

運転手さんのアナウンスに外を見ると電線がまるで
縄跳びのように揺れていた。
そして家から飛び出してきて道路にしゃがみこんでいる
沢山の人々。
そんな光景にことの重大さを知った。

あの日は電車が全て止まり自宅に帰ることが出来なかった。



あれから3年

朝からどのテレビ局も特番で現地の様を映し出している。
時が止まったように何一つ変っていない光景もあれば
跡形も無く片付けられた景色もある。

遺構として被害のあった建物を残して欲しいという人。
悲しい思い出は見たくないから壊して欲しいと言う人。
どちらも正論であろう。

今日は夜まで特番の連続。
忘れないことは大事な事。


でも

この時期だけでなく何時も何時も私たちの心の中から
風化させないことが大事な事なのだと思う。

合掌。

神通力

2013-01-12 15:27:43 | 思う事
新年早々、ビックリしたこと。

私の会社は水曜定休。
というわけで昨日の日記も仕事の合間、合間に
書いたもの。

今日の昼休みに改めて自分の日記を読んでみてビックリ 
アップされた時間にご注目

2013-01ー11 16:16:16

ぞろ目の大好きなあきさんの神通力か?


皆様、嬉しい3連休ですよね。
私は今年初の「魔の3連休」

さー、おやつも済んだし後4時間頑張ります。  

祈り

2012-08-09 15:35:36 | 思う事
祈り (さだまさし作詩)

悲しい蒼さの 広い大空を

小さな鳥が一羽 海を目指してる

鳥を撃たないで 約束の町へ

ひたむきに羽ばたく夢を消さないで



誰もが時の流れに傷つき疲れあきらめそして

いつしか生まれた時の溢れる程の愛を見失う



この町がかつて 燃え尽きた季節に

私達は誓った 繰りかえすまじと

生命を心を 奪い去ってゆく

ちからも言い訳も総て許せない



私は祈る以外に知恵も力も持たないけれど

短い花の生命をささやかなこの愛で染めたい

曲はこちら

私の叔父は、8月9日爆心地に一番近い小学校で教師をしていた。
原爆を積んだ飛行機の音に子供らを防空壕に誘導をして間一髪命を
助かった。
男性教諭で助かったのは叔父一人、それが叔父にとっては一生の
十字架になった。
小学校の教師を定年退職した後、語り部としてくる日も来る日も
平和公園に立ち続けた。

http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2002/kiji/01/1301.html

亡くなってから丁度10年。

私は今でも叔父に会いたくなると平和記念館にある叔父の
語り部としてのビデオに会いに行く。

長崎は最後の被爆地。
この最後と言う文字がこれからもずっと続き続けることを
願っている。

私は元気です

2012-04-23 18:47:14 | 思う事
皆様、ご無沙汰しております。
スーが亡くなったショックが思っていた以上に後を引き
自分でもビックリしています。
ペットロスに陥るような性格ではないと自分では思い込んで
おりましたがやはり長年連れ添った相棒の死はこたえました。

ある方に生と死は反対言葉ではなく同じ意味を持つと
教えていただきました。
生きること、しぬること、どちらも私に寄り添っている命で
あると言っていただき救われた思いでした。
Yさん、有難うございました。

家に帰ると玄関のタタキに寝っころがって待っていたあの子が
いないと思うと家に帰る足も重くなります。
千の風に乗って来てくれるのにはまだ一寸時間がかかりそう。
夜、寝るときに家中の電気をつけて眠っています。
あの子が迷わずに帰ってこられるように・・・・

そして迷子にならないように家の近くの海が見える墓苑に
埋葬いたしました。

ご心配下さった皆様、私は元気です。お心遣い有難うございました。

緊急避難訓練

2012-02-03 23:06:10 | 思う事
お昼前に会社の許認可の申請があり東京都庁へ。

地下鉄のホームから直通通路を通りエレベーターを昇って行くと何時もとは違ってロビーの辺りが物々しい雰囲気。
行く手をガードマンの方に阻まれ仕方なく情勢を見ていると正面玄関中央には大勢の人が座り込み傍らには各社のテレビクルーの姿。




防災の日でも無いのに大地震の帰宅難民の訓練のようだ。



つい一週間ほど前から新聞やTVなどマスコミが一斉に東京直下地震の確率は四年以内に70%等と書き始めた、しかも其を発表されたのは東大地震研の平田教授と信頼性も高いもの。
そして追い討ちをかけるように富士山の麓での三連続地震。

何か嫌な予感。

でも
地震だけは遭遇した時に居る場所で状況は変わりますものね。

自宅に防災グッズを沢山用意しても会社にいたら家に何時帰れるかも分かりませんし帰宅難民になることもあり得ますしね。



ただ、緊急の時に慌てなくて良いように冷静な心の準備、此だけはきちんとしておきたいものです。

Shikinami活動休止発表

2012-01-21 06:56:32 | 思う事
そんな噂があるのは夏の頃から聞いていた。
「まさか、そんな事ありえない」
聞くたびに自分の中で打ち消してきた。

前にも増して個人活動が増えていくのを見て
寂しいと思う反面、各々の勉強の時だろうと
理解もしていた。

初めて会ったのはLEGENDのコンサートの舞台。
歌うような今ちゃんのヴァイオリンの音色に
魅了された。
それから3年、数々のコンサートを見に行った。

性格の良い3人の若者。
どの曲も優しさと癒しに溢れていた。

活動休止
この文字に打ちのめされる。
分かっていたとはいえ、ショックも大きい。

彼らの曲の中で一番好きなのは「アゲイン」
再びこの曲が演奏される日が来るのを夢見て
更に大きくなったShikinamiの帰ってくるのを待ちたい。

野口君、今ちゃん、つっぽん
楽しい時間を沢山下さってありがとう。

努力

2012-01-04 08:50:19 | 思う事
駅伝、皆様ご覧になりましたよね。

東洋大の優勝
「立派、凄い、偉い」

褒めても褒めたりません。

今年の4年生は4年間に3回の優勝。
それもスターは柏原君だけ。
昨年、21秒差で優勝を逃した翌日から
今年の優勝を目指して練習を始めたとか。

柏原君に頼っていたチームが今年は往路復路6区間で
区間賞を達成など全員で頑張った結果が2位を
9分以上離すという快挙です。

昨年優勝の早稲田は今年は4位。
何処のチームも打倒早稲田を合言葉に頑張って
きたのでしょうが早稲田に驕りがあったのも
事実だと思います。
主将をはじめスター選手が怪我や体調不良で
出場できませんでした。
きつい言い方かも知れませんがきちんと節制を
して箱根に照準を合わせていたら10分以上
離される実力ではなかったとそれが残念です。

努力は報われるということを若い東洋大の選手達に
教えられました。

これは自分にも言えること。
年の始めの戒めにしたいものです。

休みも今日一日、又新たな気持ちで仕事に取り組みます。
あ、6日はLEGENDの歌い初め。
お昼休みにいけるといいナーー。

泣いても笑っても今日一日

2011-12-31 17:32:42 | 思う事
天地異変に翻弄された2011年も残すところ今日一日。

誰の心の中にも暗い陰を残した一年でしたね。
手を差し伸べたいと思っても何も出来ずに無力さを感じた
出来事でした。
頑張っていられる方たちにこれ以上「ガンバレ」と言えない思い。
一過性ではなくこれから何十年も見守っていきたいと誰しみが
感じたことでしょう。


対極的に頑張ったから成し遂げられた事。
なでしこジャパンの世界制覇
あきらめないということを真の髄まで教えられた
快挙でした。


私的な事としては多くの方の支えで会社をはじめ
完売に喜び、思いもかけない不渡りに泣き
人の温かさを知った一年でした。
3件の物件を販売代理でお預かりし2件は完売
秋に始まった物件も残すところ後3戸。
年明けには4件目の日本橋の物件が始まります。

前社時代、毎年年間50回以上見ていたLEGENDも今年は
半分に・・・・・・・
仕事と重なればやはり仕事を選ばなければなりません。

買ってあったのに行けなかったデイナーショーは2回(長野、東京)
コンサートは3回(東京、飯田、神楽坂)十字屋も3回欠席。

自分が自制できるようになったのは大きな進歩です。

駆け足で振り返りましたがこんな一年でした。

このブログも休みの日にしか書けませんが楽しいことが沢山
書けるように来年は心がけたいと思っております。

皆様、お世話になりました。
又、来年も宜しくお願い申し上げます。

幼なじみ

2011-12-15 21:09:33 | 思う事
歌を生活の糧にしている幼なじみが
突然脚光を浴びてしまった。
元々は母親同士が大の仲良し。



今から42年前。
童謡歌手だった彼女が大人の歌手としてデビュー
その時のデビュー曲に突然光が当てられた
IーTUNE部門全米一位



1969年
これは今回発売されたCDのタイトル

私と彼女が1ヶ月違いで嫁いだ年。
そして「夜明けのスキャット」デビューの年。

あれから42年、お互い山あり谷あり。
その都度、慰め慰められ。

今回の事も一番ビックリしているのは
当の本人。

「何だか、めまいがしそう」
「貴女それは年だからよ」

そんな減らず口も平気で言える間柄。
幼なじみのよさですね。
お互いの母親は同じ平成11年に4ヶ月違いの同じ日に逝った
そこまで一緒でなくても良かったのにね」
残された娘達は愚痴ったものだ。

少し、落ち着いたらゆっくり「おめでとう」と言って
あげられるかな。
今はそっとしておいて上げたい。



全米ツァー初日、共演のトーマスさんと(ワシントン)



ツアー二日目、ラジオ出演スタジオ(ニューヨーク)

年の最後に

2008-12-31 11:48:34 | 思う事
ご無沙汰しています。

11月の初めに本社に転勤になり往復2時間余分に
通勤に時間がかかるようになり帰宅するとバタンキューで
ついついブログが疎かになってしまいました。。

学生時代の授業終了までの10分はとてつもなく長く感じた
ものなのに1年間の早いこと。
100年に一度の大不況と言われる今年でしたが来年も
明るい兆しは感じ取ることが出来ません。
社内では若い社員、そして来春入社の内定者の心の
動揺が多く見られます。
そんな若い子達と時間をかけて何度も何度も話をこの
1ヶ月してきました。まだ数年は砂嵐が吹き荒れるでしょう。
こんな時こそ、社内の絆を深めて皆で進んで行きたい
ものです。

忙しい忙しいと言いながらこの1ヶ月。
しっかりと心の洗濯もしていました。
何度かのコンサート、何度かのクリスマスディナーショー、
所用での広島行き、久しぶりの石亭の料理、そして
暮れも押し詰まってから韓国旅行も楽しんできました。

皆様、一年間お世話になりました。
来る年もよろしくお願い申し上げます。