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 ~ それでも世界は希望の糸を紡ぐ ~

早川太海、人と自然から様々な教えを頂きながら
つまずきつつ・・迷いつつ・・
作曲の道を歩いております。

ヒトツバタゴ

2020-05-17 15:13:50 | 音楽関係
城山八幡宮・拝殿に向かって左側に歩を進めますと、
大山祇神(オオヤマツミノカミ)を始めとする三柱の神々が、
それぞれ三宇の小社に祀られていて、その手前には、

ヒトツバタゴの樹が花期を迎えていました。(写真は5月9日)

この「ヒトツバタゴ」という名称の分節点を、
私は長らく「ヒトツ・バタゴ」と思い込んでおりましたが、
正しくは「ヒトツバ・タゴ」で「複葉ではなく、ひとつ葉のタゴ」、
という意味なのだそうです。分節点と言えば、
「ヘリコプター」は「ヘリコ・プター」
「キリマンジャロ」」は「キリマ・ンジャロ」等々、
正しい分節点を知って驚く類例は少なくありません。

そのヒトツバタゴの樹。
現況下にあって人数は少ないものの、訪れた参拝者の方々は、
降り積もった白雪のような花を見上げては、

「きれいだねぇ、気持ちが楽になるね」と感に堪えておられました。

               

コロナ禍による不安な日々の中、静かに立つヒトツバタゴの姿が、
束の間なりとも、その心に明かりを灯すのを見ております内に、
ふと脳裡をよぎりましたのは、折に触れて想いを巡らせる、

『音楽の由来するところは遠し。
 度量に於いて生じ、
 太一に於いて基づく。』

という、〈呂氏春秋〉に記された一節。
今を遡ること約2200年前に編纂された、この書の中において、
歴史上初めて『音楽』という言葉と文字が登場したと伝わります。

「度量において生じ」というのは、
音の高低(度)や音の大小(量)、又それらの様々な組み合わせ等、
主に聴覚で捉え得る音の組織や流れ、音響現象として生じ・・・、
という意味で、歴史の中で発展する音楽理論に依拠する音楽、
つまりは、人間が作ったり奏でたりする音楽のことを指します。

この人間が作ったり奏でたりする音楽には、
誰かを楽しませよう、勇気づけようといった願いや意思が入り、
悪意なく、むしろ善意を以って作られ奏でられるものだとしても、
そこには必ずや何らかの意図や作為というものが働きます。

それに引き換え、境内に立つヒトツバタゴの樹は、
人を喜ばそうとか、癒そうなどという意図や作為はさらさら無く、
只そこに在って自身の生命活動を紡いでいるに過ぎないものの、
結果的に、その姿に触れた参拝者の心身をして、
「気持ちが楽になる」という状態を導き出しています。

天地、いわゆる“ アメツチ ”の活動全体を音楽として捉え、
これを仮に〈大音楽〉と名付けて観想してみますと、
“ アメツチ ”が創り“ アメツチ ”が奏でる〈大音楽〉に比して、
人間が作り奏でる音楽は〈小音楽〉という風にも考えられます。

〈小音楽〉は、作為巧妙にして可聴の世界に成り立ち、
〈大音楽〉は、無為自然にして沈黙の世界に満ちる。

先の参拝者の方々が、
ヒトツバタゴの樹を観て「気持ちが楽」になったのは、
ヒトツバタゴの樹をよすがとして、
“ アメツチ ”が奏でる〈大音楽〉の一端に触れたから。
そのような気もしてくるのであります。

『音楽の由来するところは遠し。
 度量に於いて生じ、
 太一に於いて基づく。』

「〈小音楽〉の母体は〈大音楽〉なのだよ・・・」
いつもながらの浅はかな妄想とは知りつつも、
五月の風の中に、声なき声を聴く思いがします。


              







作曲家カルロ・ジェズアルド

2019-09-08 15:07:00 | 音楽関係
今はまだ魚の形状には見えませんが、秋彼岸の頃には

広大な空の海に、イワシの大群を仰ぐものと思われます。


気ノ森の住人、カサの直径は20㎝ほど・・・

けっして触れてはいけません。

               

本日9月8日は、ルネッサンス後期を生きた作曲家、
カルロ・ジェズアルド(1566~1613)の命日。

作曲家カルロ・ジェズアルドと聞き、
音楽史上、最も奇怪な事件を想起される方も多いかと思います。

ジェズアルドは、
イタリア・ヴェノーザ公国君主の家系に生まれ、二十歳の時、
貴族令嬢のマリア・ダヴァロスと結婚しますが、
程なくしてマリアは、貴族ファブリツィオ・カラーファ公と、
道ならぬ関係に。

その事実を知ったジェズアルドは怒り心頭に発し、
妻とカラーファ公との密会現場に押し入って、二人を惨殺します。

この一件の為にジェズアルドは、楽曲によってではなく、
「殺人を犯した作曲家」として後世に名を遺すことに。

肝心の楽曲ですが、ジェズアルドは、
マドリガーレ(イタリア発祥の歌曲形式)や宗教音楽を
数多く作曲していて、特にその宗教音楽は響きが美しく、
個性的な半音階進行を伴ったポリフォニーが特徴的で、
400年の時を超えて現代にまで命脈を保つものであります。

幾つかの楽曲は神々しく、とてものこと、
殺人を犯す人間の手になる音楽とは思えませんが、
音楽作品とはそうしたもの。

現代社会、特に日本においては、
モノづくりに携わる人間が何らかの罪を犯すと、
その人が創造した作品、関わった作品等も断罪されます。
そこには商業的価値や企業イメージと言った、
オトナの事情もあるのでしょうが、創作者と創作物とは、
やはり分けて考える方が自然なのではないか?と、
個人的にはそのように思います。

               

巷間よく知られているように、
バロック期の画家カラヴァッジョ(1571~1610)は、
その人格に精神病理的な問題を抱え、
ついには殺人の罪を犯し、逃亡犯として生涯を終えます。
しかしながら、その手から生まれた宗教絵画の数々は、
普遍的な光を放ちながら今なお人間の魂を下支えしています。

創作者と創作物を同体と見做して、その罪を糾弾する方々は、
殺人犯ジェズアルドの宗教音楽も聴かず、
逃亡犯カラヴァッジョの宗教絵画も観ない方々なのでしょうが、
ずいぶんと勿体ない気がします。

いよいよ来月、カラヴァッジョ展が名古屋に巡回します。
今はただ、その絵画に触れることだけを楽しみとして、
日々を越えてゆくものであります。


今朝、気ノ池の畔に

アオスジアゲハの群生地を見つけました!


              








ヘンリー・マンシーニ

2019-08-04 14:16:06 | 音楽関係
梅雨が明け、晴天に蝉しぐれを聴けるのは有り難いのですが、
いざ夏の門が開いてみれば、東海地方は連日の猛暑日。

名古屋は、南側から湿った熱風が流れ込み、
その流れを北部の山々が堰き止める為か、暑熱が沈滞し、
市川市在住時には味わった事のない息苦しい暑さを感じます。

名古屋の中心部を訪れましたところ、

大通りの一画にヒマワリが咲いていました。


左手に「両」の看板を掲げたビルがありますが、

名古屋の老舗和菓子店「両口屋」の商標と思われます。


こうずっと向こうには、

名古屋・テレビ塔が見えます。

               

さても陳腐な連想・・・と、自身でも呆れるものの、
ワタクシめはヒマワリを目にしますと、条件反射のように、
名匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督(1901~1974)の、
イタリア・フランス・ソ連合作映画、
「ひまわり(原題 : I Girasoli)」を想うのであります。

戦争の悲惨さを訴える普遍的な名画でありますが、
何と言っても、名画を名画たらしめている要因の一つは、
ヘンリー・マンシーニ先生(1924~1994)の音楽。

1960~80年代の映画音楽には、旋律の饗宴という側面があり、
ジョン・ウィリアムズ先生(1932~)・
ジェリー・ゴールドスミス先生(1929~2004)を始め、
旋律職人の巨大恒星たちが天空を彩り強靭な光を放ちますが、
マンシーニ先生も又、旋律の力と実験的手法とで、
映画音楽という大銀河の一角に輝きを点じました。

マンシーニ先生が楽曲を担当した、おそらくは唯一のSF映画が、
「スペースバンパイア(原題 : LIFE FORCE)」。
ツッコミどころ満載のB級スペースホラーにもかかわらず、
マンシーニ先生は、壮大かつ重厚なスコアを書き上げ、
ロンドン交響楽団を指揮して印象に残るサントラを完成させます。

特にテーマ曲冒頭で、全弦楽器のユニゾンによって奏でられる
「ザンザカザカ・ザンザカザカ・ザンザカザカ・ザッザッザッ」
という、6連符の刻みは衝撃的で、後進の作曲家に影響を与え、
例えば、ジョン・オットマン先生(1964~)作曲の、
「X-men」シリーズ、特に「アポカリプス」エンドテーマには、
「スペースバンパイア」から受け継がれた6連符刻みによる、
マンシーニ先生へのオマージュを聴くことが出来ます。

マンシーニ先生が楽曲を担当したミュージカル映画に、
「暁の出撃(原題:Darling Lili)」があります。
興業的には失敗したそうですが、
ジュリー・アンドリュースが歌うテーマ曲は美しい逸品。

大作曲家の多くは気難しい性格であり、
ゆがんだ性質やイビツな個性の持ち主も少なくないことは、
ほんの少し音楽史を紐解けば一目瞭然の中、
マンシーニ先生は、温厚かつ人情に篤い人格者だったそうで、
大勢の音楽家が、ヘンリー・マンシーニという大樹を慕い、
そのもとに寄り集まったと伝えられています。

「LIFE FORCE(邦題:スペースバンパイア)」サウンドトラックCD

CDにはマンシーニ先生の楽曲だけが収められていますが、
映画本編では、
若き日のマイケル・ケイメン(1948~2003)が作曲した、
補助・追加音楽も使用されていて、後にケイメン先生が担当する、
「ダイ・ハード」シリーズに用いられることになります。



              











音楽を聴いて目が回る?

2019-06-02 16:30:00 | 音楽関係
お断りするのを忘れておりましたが、
先週のブログ記事に掲載させて頂きました写真は、
撮影許可のある展示物であります。

その「人体大解剖の旅」展に展示されていた、
中央の矢状面(しじょうめん)で分けられた脳(撮影許可あり)

間脳・中脳・橋(きょう)・延髄等々の経路も、
こうした模型を見ると分かります。


三半規管と蝸牛(撮影許可あり)

先週のブログにも書かせて頂きましたが、
平衡感覚と聴覚という異なる感覚情報は、
極めて接近した領域で扱われています。
領域が接しているだけではなく平衡感覚と聴覚は共に、
リンパ液の動きを有毛細胞によって捉えるという、
共通のシステムを有しています。

               

出典は忘れましたが、
若き日のベルリオーズ先生(1803~1869)が、
ベートーヴェン師(1770~1827)の交響曲第6番を聞いた時、
第4楽章「雷雨、嵐」の演奏中に眼が回り始め、
身体が投げ出されるような感覚に襲われ、
椅子にしがみ続けていた・・・、
と自らが語った手記を読んだ覚えがあります。

その一文に触れた時は、
「さすがベルリオーズ先生、感受性が鋭いなぁ」
などと感じるにとどまりましたが、その後、
ソプラノ歌手・佐藤しのぶ先生と作曲家・西村朗先生の対談で、
西村先生の現代音楽が世界初演された際、
聴衆の何人かが演奏中に嘔吐するのを、
西村先生御自身が御覧になった、という逸話が語られるのを聞き、
腑に落ちるものがありました。

つまり上記事象は、
常識を覆す現代音楽の音響に聴覚が翻弄され、
三半規管にフィードバックされることで、
聴衆の何人かに一種の〈乗り物酔い〉状態が起こり、
嘔吐はそれに由来するものではなかったのかと。

そう考えてみますと、
ベルリオーズ先生が田園交響曲・第4楽章を聴いて目が回り、
椅子にしがみ続けたという述懐が、ただの感想ではなく、
実際の身体感覚として読み取ることが出来るように思います。

               

平衡感覚と聴覚の情報が軒を接する三半規管と蝸牛。
音楽を聴いて身体が動き出し、音楽に合わせて体を動かす、
そうした当たり前の現象の中に、
尽きせぬ不思議と秘密とを想うものであります。


              









名古屋テレビ塔

2018-12-09 15:10:00 | 音楽関係
こちらは

名古屋市の中心部・栄(さかえ)に聳え立つテレビ塔


脚部から見上げますと

180mという高さに圧倒されます。

名古屋テレビ塔は、日本初の集約電波塔として、
1953年9月に着工され、翌1954年6月に完成しました。
以降、名古屋のシンボル的存在として64年。
2019年1月6日を以って一旦閉鎖され、耐震工事が行われた後、
2020年7月にリニューアルオープンの予定です。

中日新聞 H30年11月28日朝刊の一面に

「名古屋テレビ塔の原図あった」

の見出しが躍り、
改修工事に向けて進められていた塔内資料整理の際、
テレビ塔の設計原図(トレーシングペーパー30枚ほど)が、
見つかったとありました。

ご承知置きの通り、
テレビ塔を設計したのは、内藤多仲博士(1886~1970)。

内藤博士は1954年完成の名古屋テレビ塔を皮切りに、

『その後の10年間で
 通天閣(大阪市)・別府タワー(大分県別府市)・
 札幌テレビ塔(札幌市)・東京タワー(東京都港区)・
 博多ポートタワー(福岡市)の「六兄弟」を設計し、
 「塔博士」と呼ばれた。建物の耐震構造にも詳しく
 「耐震建築の父」とも呼ばれる。』
     (出典及び引用元:中日新聞H30.11.28朝刊)

               

さて関東在住時、
早川が作曲した音楽に命を授けて下さった演奏家に、
チェロ奏者・柚木菁子さんがいらっしゃいます。

この柚木菁子さんの曾祖父が内藤多仲博士なのであります。
前述の如く、東京タワーも内藤博士の設計。
柚木さんは小さな頃から東京タワーのそばを通る度に

「ほら、おじいちゃまが見てるよ」

と言われて育ったのだそうです。

また柚木さんの祖母、つまり内藤博士の御息女は、
名古屋テレビ塔を訪れた際、偶然にも千人目や一万人目という、
いわゆる〈記念入場者〉になったのだとか。

柚木さん本人から、
そうした不思議かつ心温まる話を教えて頂きますと、
遠くからでもひと際目立って見える電波塔が、
実は電波だけではなく、心の波とでもいうようなものをも、
発信・受信している〈心波塔〉のように感じます。

               

柚木菁子さんがチェロを演奏して下さった
「それでも世界は希望の糸を紡ぐ」


柚木さんは東京および関東圏を中心に、
クラシック・ポップス・タンゴ・フリージャズ等々、
ジャンルを超えた演奏活動を展開されておられます。

私は名古屋に転居し、東に上ることがなくなりました。
もっとその演奏を耳に留め、チェロという楽器の本質を探り、
チェロの書法を深めるべきであったと今にして思います。