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 ~ それでも世界は希望の糸を紡ぐ ~

早川太海、人と自然から様々な教えを頂きながら
つまずきつつ・・迷いつつ・・
作曲の道を歩いております。

うつろい ~ キンモクセイの章 ~

2016-09-28 17:15:32 | 音楽
相次いだ台風と活発な秋雨前線は季節を進め、
見上げれば頭上遥かにイワシの大群が泳ぐようになりました。

日ごとに高さを増してゆく空の下、
当地ではキンモクセイが美しい音楽を醸しています。
初秋の大気に漂う、作為の無いその旋律と響きには、
只々聴き惚れるしかありません

キンモクセイは、
花芽を付けてから開花して散るまでの期間が、
特に速い樹木のひとつだそうです。

確かにキンモクセイを観察しておりますと、
その移ろい方は、まるで何かに追われるかのようで、
キンモクセイを通して秋が走ってゆく・・・
そんな感覚に捉われます。

               

今回ご視聴をお願い申し上げますのは、
連作「うつろい」から《キンモクセイの章》。

ヴァイオリンは、遠藤百合さん。
ヴィオラは、西村葉子さん。

お二人も又、
その人柄・演奏・佇まいの全てから馥郁たる香気が溢れ、
接する人々の心に喜びと明るさを灯してゆかれます。

お二人の演奏から薫る、高く伸びやかな香気は、
私の楽曲では充分にお伝えできませんが、
その一端なりともお楽しみ頂けましたら幸いに存じます。

うつろい ~ キンモクセイの章 ~





今後なお一層精進致します!
皆さま、良き日々でありますように



             











TMWO第4回定演

2016-09-16 18:46:34 | 音楽
熱血トロンボーン奏者・笠川由之さんと
ソノリティー・トロンボーン・カルテット(STQ)の皆様には
「銀河吹奏」「生命に捧げるファンファーレ」
「風のあとさき」等の楽曲に命を授けて頂きました。
心から感謝申し上げております。

その笠川さんが主宰しておられます
ザ・ミューズウィンドオーケストラ(TMWO)
『第4回定期演奏会』が下記の通り開催されます。

日時・2016年9月19日(月・祝)18:30開場 19:00開演
会場・千葉市生涯学習センターホール
交通・JR総武線「千葉駅」徒歩10分
料金・大人2000円(小学生以下500円)
出演・ザ・ミューズウィンドオーケストラ
客演・喜多原 和人氏(指揮 & バストロンボーン)

プログラムをお尋ねしましたところ、
コンサートの流れは以下、

フル編成による
フレデリック・ファンファーレ / 早川太海
陽はまた昇る / フィリップ・スパーク
イギリス民謡組曲 / ヴォーン・ウィリアムズ

アンサンブルによる
ペリのファンファーレ / ポール・デュカス
花は咲く / 菅野よう子
崖の上のポニョ / 久石譲   他

金管五重奏による
トランペット吹きの休日 / ルロイ・アンダーソン
熊ん蜂の飛行 / リムスキー・コルサコフ
ドレミの歌 / リチャード・ロジャーズ   他

フル編成による
「指輪物語」より第1&第5楽章 / ヨハン・デ・メイ

といった盛りだくさんな内容だそうです
(変更等もあり得ます事を御了承下さい)。

メインプログラムの、
ヨハン・デ・メイ作曲「指輪物語」は、
トールキンの物語世界を、そのまま耳で味わうような
壮大で豊かなシンフォニック・スコアですが、
物語を知らずとも音楽と共に心躍る冒険を楽しめる
吹奏楽の名品であります


皆さま、ご都合よろしければ是非!




              







聴くということ

2016-09-11 21:24:16 | 日常
リオ・パラリンピックが開催中です。

先日閉会したオリンピックとは又違う感動に、
胸躍らせながら御覧の方々も多い事と思います。
ワタクシめもそのひとりであります

他の競技同様、
視覚障害者柔道においても日本選手は躍進しておられますが、
勝敗云々はさておき、その闘い方の深さ・不思議さというものに
すっかり魅せられております。

視覚障害者柔道は、
相手の道着を掴み、組み合った状態から開始されます。
それゆえ『始め!』の合図で始めていたのでは遅過ぎ、
相手の道着に指先をかけて握り、
また自分の道着に相手の指先が触れた瞬間から、
精神と肉体の全てを用いた攻防が始まっているのだそうです。

今回、男子柔道66キロ級で銅メダルを獲得された
藤本聰選手の試合を拝見し、その闘いぶりを観るにつけ、
双方の選手が、大変な集中力で相手の全てを聴いている、
手指・足先・腕・肩・腰で聴いている・・・

それも音を聞くというより、何かもっと違うもの、
選手の中で鳴っているものを聴きながらの試合、
そのように思えてなりませんでした。

               

動きを聴き合い、察知し合う姿に、ふと思い出しましたのは、
触れた部分から相手の動作や気息を測る《聴勁(ちょうけい)》
という中国武術で重要視されるトレーニング。

《勁》は「チカラ」という程の意味ですが、
押したり引いたりするチカラの度合いや運動の方向を、
視るのではなく全身全霊で感じ取ることが大切らしく、
もちろん視てもいいのですが、
見ることによって観えなくなるものがあるという事で、
視・聴・触・感といった感覚行為の全てが、
《聴勁》の「聴」の一字には込められている、
とそう伺ったことがあります。

               

医師のシンボルと言えば聴診器ですが、
聴診器は「聴くことで診察する器具」の略であります。
心臓の鼓動なり血流のざわめきなりを聞くのはもとより、
それらの音を通して訴えられる
患者さんの内なる声・臓器の悲鳴・心身の不協和音等を
真摯に聴く事を誓っている象徴的な器具だと思います。
『医は仁道』と申しますが、本当に《仁の道》を歩む医師の方は、
患者さんから発せられる有形無形の情報の全てに対して、
耳を澄まし、耳を傾けることの出来る人なのかも知れません。

               

宮城谷昌光先生の「侠骨記」は、
西暦紀元前685年、古代中国・春秋時代の物語。
主人公の青年が、魯の国の貴族に拝謁するシーンがあります。

「うつむいたままその声に耳を澄ませていた(主人公)は
 すこしほっとした。
 声音のなかに性質と人格とはあらわれる。
 (貴族)の声についていえば、やや高い声だが耳ざわりでなく、
 質はよい。
 また語りくちはやや速いが、抑揚を適度に効かせている。
 これは非情の人ではないということであった。」
            (宮城谷昌光著「侠骨記」講談社刊)

拝謁中は、
顔を上げることが出来ないので、耳を澄ますことによって、
自分の命を託すに足る人間かどうか?を推察する、
このくだりには《聴》の凄味を感じます。

               

仏教の様々な経典には「聴す」と書いて「ゆるす」と出てきます。
聴くことは、許すこと。
ましてや音楽に携わる人間は、聴くことを本義として生きる以上、
許しの大道を歩まなくてどうするのか・・・

と頭では分かっておりましても、
不肖不徳のワタクシめには大変難しいことであります。

紛争・テロ・領土領海問題等々、世界には争いが絶えません。
反発し合う原因のひとつには、お互いが、
聴く耳を持たないことにあろうかと思います。

「聴くことは、許すこと」
そんな境地があるという事だけは頭の隅に置きながら、
自分なりに歩みを進めてゆくしかありません



皆さま、良き日々でありますように!






         












93年前の今日

2016-09-01 22:22:53 | 日常
富岡八幡宮の境内に立つのが、こちらの復興記念碑


1923年9月1日・午前11時58分に発生した
関東大震災により八幡宮の社殿は灰燼に帰し、
昭和2年から復旧工事が開始され、
昭和11年に復興事業が成就された事を記念して
立てられたものだそうです。

背面には、
復興事業に携わった方々の血の滲む御苦労と共に、
事業総費用:75万円・・という数字が刻まれています。

昭和初期の75万円が、
現在の価格でいくらぐらいなのかは単純には申せませんが、
大雑把に換算しても5億円を超える額にはなろうかと思います。
それらの多くが、大震災で被災し御自分達の生活もままならない
氏子の方々の寄進によって賄われた、と記されています。

天災・戦災・人災は、
ほとんど一瞬で人命を奪い、家屋を破壊しますが、
そこからの復旧には時間がかかり、復興には歳月を要します。

しかしながら災害が無くなるという事は、あり得ません。
受けた災害・もたらされた試練に、どういう意味を見出し、
どう乗り越えてゆくかが最も問われる所であります。

復興記念碑には、関東大震災で被災し、
流し尽くされた涙の果てに見出だされた意味、
とでも受け取れるような文章が刻まれています。

『輪奐の美 旧観に倍す』

文意は、
「《輪奐の美(聖なる空間にふさわしい荘厳な美しさ)》は、
 震災によって滅んだ旧社殿の何倍も素晴らしい。」

この短い一文には、社殿が再建されたという事に寄せて、
人間の歴史が、天災・戦災・人災の度に叩き潰され、
又そこから力強く復興してきた、のみならず、
少しずつ前へ進んで来たんだ・・・という想いが溢れ、
未曾有の震災から立ち上がり、新生へと転じていった
当時の人々の不撓不屈の精神が宿っているように感じます。

              ===◯===

93年前の今日発生した関東大震災は、
死者・行方不明者:およそ10万5千人(諸説あり)と聞きます。
震災物故者の御冥福を祈ると共に、
東日本大震災・熊本地震からの復興・復旧を、
心から祈るものであります。