すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第2章10

2006年12月01日 | 小説「雪の降る光景」
 「あの時・・・。」
「あの時?」
「そうだ、あの時だ。君が、仲間と一緒に私を襲い、そして呆気なく気を失ってしまったあの時、・・・あの時と同じだ。」
ハーシェルは何も答えなかったが、彼の銃を握る手に力が入った。・・・もう少しだ。
「あの後、君は誇らしげにあの時のことを教官に報告した。が、君は褒められるどころか腰抜け呼ばわりされ、私は君の軽はずみな密告のおかげでナチ党幹部に抜擢された。」
「しかし今度は違う!今度こそおまえは!」
銃を持つ右手が小さく震え始め、彼は銃を持つ手を左手で支えた。9時20分。・・・よし、今だ。私はハーシェルの真似をして、空を見上げて大声で笑った。
「引き金を引いてみろ!腰抜けめ!!」
そう言って私が微笑んだその瞬間、彼の理性が消え、銃が火を放った。
 私は撃たれた反動で後ろに仰け反り、手すりを越えてそのまま真下へ落下した。体中が燃えるように熱く、全身から血が噴き出すような衝撃を感じた。私は薄れていく意識の中で、ハーシェルの奇声を聞いた。
「まだまだだ、ハーシェル・・・。」
そうつぶやくと、私は静かに目を閉じた。


 私は指示通りの時間に駆けつけた部下によって、軍病院に運び込まれた。無数の打撲傷や、弾丸が貫通した穴が速やかに処理され、数時間後に麻酔が切れて私が幹部専用の特別室で目を覚ました時には、すでにボルマンが駆けつけてベッドの横で医師と話をしていた。ボルマンは布の擦れるかすかな音を聞き、ベッドに寝ている私に視線を落とした。そして、私が目を開けているのを知ると、急に顔を近づけてきてこう言った。
「誰にやられた?」
「ゲシュタポだ。」
私のその一言で、ボルマンは何かを察したようだった。
「彼は今どこにいる?」
「わからない。が、私がここで生きているのを知れば、必ずここにやって来るはずだ。いいか、ボルマン。党内部には、私は瀕死の重傷を負って病院に運び込まれた、と伝えてくれ。怪我を負わせた犯人は現在不明で、私が意識を取り戻し次第モンタージュを作り、指名手配捜査を開始する、と。」
「しかし、ハーシェルがそんな罠に掛かるとは思えんが。もう少し慎重に計画を練った方が・・・。」
ボルマンは、計器のチェックを終えた医師が病室から出て行くと、改めてコートを脱ぎ、来客用の椅子に腰掛けた。
「ボルマン、私の話を聞いてくれ。彼はすでにゲシュタポとしての平常心を失っている。私に怪我を負わせた頃に退行しているのだ。君が流した噂を聞けば、私に一刻も早くとどめを刺そうとするだろう。でないと自分が殺られる、ということで頭が一杯になるはずだ。自分をおびき出すための罠だということなどに、頭は回らないのだ。」
「わかったよ。」
ボルマンは、私の言う内容に納得がいったのではなかった。私の言う理屈が誰を以ってしても曲がらないことをわかっているのだ。私は、最初の提案にボルマンの了解を取り付けたことで、気を良くして言葉を続けた。
「おとりは使わなくても大丈夫だ。生死をさまよっているはずの私が、まさか自分を取り押さえようとは思ってもみないだろうからな。」
「・・・よし、では、彼が腰を抜かした後、直ちに逮捕し連行するために、病院に2人だけ兵士を残しておこう。」
「ありがとう。助かるよ。」
私は立ち上がって公務に戻ろうとするボルマンに握手を求めた。

(つづく)

コメント (2)
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