すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第2章14

2006年12月13日 | 小説「雪の降る光景」
 全てが予定通りだった。ハーシェルの侵入から10日ほどが過ぎ、私はいまだ治療継続中の、左肩の傷と右足首骨折のみを伴って退院した。ボルマンは約束通り私を迎えに来てくれて、改めて私の回復力に感服していた。私はボルマンに付き添われ、その足で党本部に向かった。
党本部で私を待っていた総統は、松葉杖をつき、左肩の傷をかばいながら敬礼をしている私に近づき、哀願するように両手を差し出して握手を求めた。
「御心配をおかけしました、総統。」
「ハーシェルは、党を裏切り、私を殺そうとした。君はその裏切り者に傷を負わされながらも、私に代わって彼に制裁を与えてくれた。」
総統は、私の手を強く握りしめ、瞳を潤ませた。
「たった1匹のネズミに傷を負ってしまって、お恥ずかしい限りです。」
「ハーシェルは死んだ。君は私の命の恩人だ。」
ボルマンが手配してくれた通りだ。総統は、ハーシェルが私の病室に忍び込んで来た際、私が彼をその場で殺したのだと思い込んでいた。現に、総統のデスクの上に置いてある党新聞の一面には、「裏切り者は死んだ!」と書かれた見出しと、私とハーシェルの写真が紙面の大部分を割いて載せてあった。1人は国民的な英雄として、そしてもう1人は国民的な裏切り者として。しかし、どちらもやっていることに何も変わりは無いのだ。

 私はその後ボルマンと別れ、1人で収容所へ向かった。アウシュヴィッツの独房に居るハーシェルに会うためだった。その、サンプル用の地下牢に、我が愛しのゲシュタポがうつろな眼をして膝を抱えて座っていた。彼は最初、私が誰かすっかり忘れてしまっているようだったが、私の足の先から頭のてっぺんまでゆっくりと視線を移していくうちに、ゆらっと立ち上がり、鉄格子越しに私を睨みつけてつぶやいた。
「いつかおまえを殺してやる。」
「おまえに“いつか”は来ない。」
彼は鉄格子から両手を伸ばして私の喉元をかき切ろうとしたが、それが失敗に終わると今度は鉄製のドアに体当たりして私への怒りをぶつけ始めた。


(つづく)



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