すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「雪の降る光景」第2章17

2006年12月23日 | 小説「雪の降る光景」
 最期を迎えるまでの1週間、ハーシェルには、朝夕のわずかな食事と共に私への憎悪が与えられていったが、それが逆に食事から得られるカロリーを食い潰して、日に日に彼の中に増殖していった。
 今の彼にとっては、全てが私のせいなのだ。こうやって、捕らえられて私の前に膝まづいているのも、ひもじい思いをしながら1週間生き恥をさらされているのも、病室で私を襲う破目になったことも、銃で私を撃ったことも、総統が自分に裏切り者のレッテルを貼ったのも、前線から本国へ送り返されたのも、ゲシュタポとして数多くの人間を殺してきたことも、そして、いつの頃だったか、自分が私と出会ったことも。・・・全てが私のせいなのだ。そうでなければ、この実験は失敗に終わる。この憎しみが無ければ、彼はとっくに朽ち果てているだろう。憎悪というエネルギーに、彼は生かされているのだ。

 その日私は、今まで味わったことの無い興奮を感じていた。次の日にピクニックを迎える子供のようであった。心がウキウキしているのがわかった。

 ハーシェルは、その日の朝、食事が与えられなかったことに気づいてはいなかった。彼の胃は確かに空腹を感じてはいたが、彼の意識は、いつ果てるかもわからないほどの私への憎悪で一杯だった。
 彼は、サンプル№1057としてその部屋に連れて来られ、壁から数メートル離れた所に立たされた。有無を言わせず両手両足に着けられた枷は、4つともそれぞれ太い鎖で彼の背後の壁の四隅へと繋がっていた。ハーシェルが、立っているのも精一杯でフラフラしながら鎖をカチャカチャいわせているのを、私は隣の部屋から眺めていた。
 今日の実験が私の一存でいきなり決まり、サンプルとその実験内容が最初から指定されていたことについて何か聞きたそうな顔をして、部下が数名私の背後から近づいていたが、ハーシェルのいる部屋を一望できる目の前のガラスに視線を移して、1人が足を止めた。
「所長・・・。」
そう言いかけた自分の顔の横で、殺気立った私の顔がガラスに映っていたのだ。


(つづく)

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