ちょっと道産子というのでしょうか、体が太めの馬に見えました。
ソラからの伝言、2005年3月30日のお知らせ より1部を紹介します。
馬にまつわる情報です。
「物部の守屋が知らせます。
イシカミを信じていた頃には (日本にも) 馬はいたのです。
馬に乗って遠くまで行っていました。 (ラップ音)
けれども日本人が知らないだけです。
朝鮮から人が来るようになってから、馬は幸せではなくなりました。
それで日本には南 (と北?) の端にしか、(野生の馬は) いなくなったのです。
朝鮮から来たジンムの子孫がヤマトを治めるようになり、朝鮮の人に残らず食べられたのです。
それはなぜかと言うと、私 (物部) や仲間が馬で逃げ帰った* からです」
* 逃げ帰る = 倭の国の物部の守屋は、星述べの子供を連れて和平交渉をしに倭の国からヤマトへ出かけたが、ヤマトが強引に仏教を押し付けるので逃げて帰った。
「その為に馬はそれまで家で飼われていたけれど、“馬鹿” とか “邪馬” などの文字を残して馬はいなくなった* のです。
ただ物部と星述べが馬で逃げ帰ったと言うだけで (馬は) いなくなったのです。
今に思うと馬がいたので、遠くの人とも行き来が出来ていたのです。
石に幸せを求めて遠くまで出かけて行きました。
石に頼れば (当時は) 食べ物が与えられたからです。
それであちらこちらに (ストーンサークルが) 作られたのです」
* 馬 = 馬の埴輪があるのにその後馬の記載がない。
又古事記ではスサノオ = ジンムが馬の皮を剥いだという記録もあり、思いも寄らない情報ですが信憑性があると思います。」
ということです。
なぜ昔の人達が馬を遠くに移動する手段として使わなかったのか、また使えなかったのか、その謎が解けたように思いました。